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生まれてこのかた、自分の思い通りにはならなかった事ばかりです。仏教では、これを「苦」と云うそうで、人生は苦の連続なのだそうです。そして、どうしようもない最大の苦が、自分の死なのだそうです。だから、死を受け入れなければ苦から解放されず、死ぬ瞬間まで苦しまなければなりません。
もちろん、子供達の教育に、責任がある世代は、出来る限りの責任を果たすために、少しでも延命しなければなりません。でも、いつかは死を受け入れて諦めなければならない時が来るのです。 最期の瞬間まで、勝てる見込みのない病と戦うのは、はたして幸せでしょうか、思い通りにはならないことと戦うのは止めて、その日と、それまでの短い時間を大切に穏やかに過ごすことも大切ではないでしょうか。 人にはそれぞれの考えや思いがあり、最期の迎え方も自由ですが、最後まで病気にかてず、奇蹟も起こらなかったと悲しみのなかで死を迎えるよりは、穏やかな気持ちでいられるのではないかと思い、参考にしてもらうため投稿しました。 |

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peroさん、逝くこと考えていたら気が滅入ってしまいませんか?
私が仕事を続けているのは少しでも命に関して考えなくてもいい時間が出来る、休日子供達の部活動試合を見に行くのは子供達の笑顔が見たいから。
最後逝くときは穏やかでいい顔だね〜って言われたいし、そのために今やれること、やらねばならぬ事は精一杯生きること。私は今を生きることだけ考えます。
peroさんも奥さんも尋常ではない病との格闘があると思いますが、子供の笑顔を1日でも長く見れるよう精一杯頑張りましょう。
2012/5/29(火) 午前 8:20 [ コウ ]
死は、受け入れてしまえばとても楽です。
おっしゃるとおりだと思います。
2012/5/30(水) 午前 6:30 [ アルビノ ]
コウさんへ
一つずつ、回答させてもらいますね。
死ぬことを考えていたら、滅入りませんかということですが、そんなことは全然ありませんよ。誰にでも明日訪れるかもしれない死を身近に考えることは、今日1日を生きるうえで、僕にとっては、むしろ安らぎを感じます。仕事については、それで死のことを忘れていたい方には良いかもしれませんが、僕の場合は、時代にも逆行しているかも知れませんが、会社の仲間に迷惑をかけたくなかったからです。うちの会社は福祉も充実しているので、ポジションを変えて貰うことも出来たし、後輩の指導だけでもいい、と言ってくれた上司もいましたが、所詮戦力低下は目に見えているので退いたのです。
勿論、僕だって生きている間にすべきこと、しなければならないことは一生懸命しているし、生きることにも精一杯の努力をしているんですよ。でも、死ぬ瞬間まで勝てる筈のないがんと戦って、死から逃げ回って、挫折感のなかで死にたくはないんですよ。
僕も家内も、自分達のガンのことを、あなたの言うような「尋常じゃない病との格闘」などとは考えていないし、今日1日、この今を、大切にして普通に生きているだけなんですよ。
2012/6/1(金) 午後 11:53 [ pero ]
アルビノさんへ
僕の気持ち、理解してくれる人もいて嬉しいです。
やはり最期はきちんと死を受け入れて、穏やかで静かな時間にしたいです。
親から頂いた大切な命ですから、生きる努力も精一杯しなければいけませんが。
2012/6/2(土) 午前 0:26 [ pero ]
peroさん、こんばんは
アナフィラキシーショックを起こしてから・・・私にとっても・・・
死はいつ訪れるか判らない身近な物になりました
普通に生きられる事がどんなに幸せか・・・
私も、今を大切に生きたいと思っています
peroさんのブログに頷く所多いんですよ
peroさんご夫婦が
心も身体も穏やかでありますように・・・切に願っています
2012/6/7(木) 午後 11:11
みいさんへ
ありがとうございます。僕の気持ちに理解を示してくれる方は、少ないと思いますが、いろんな考えがあってもいいですよね(^o^)
これからもよろしくお願いします。
2012/6/8(金) 午後 6:45 [ pero ]