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儒教とは何か(3)

加地伸行著「儒教とは何か」中公文庫

周王朝は封建制国家でした。各地に諸侯が王となって独立した国があり、周王朝が覇権を握っていました。
それに対し秦王朝は郡県制国家を作りました。皇帝の派遣する高級官僚が長官となって各地の郡・県を治める制度です。
このとき始皇帝は法家を採用し、法治の中央集権国家をつくり、徳治を求める儒家に対して焚書坑儒で弾圧し粛清しました。
この改革には抵抗がつよく、始皇帝の死後、各地で反乱がおこり、わずかに20年ほどで秦は滅亡しました。
秦の後を襲った前漢王朝は直轄地は郡県制とし、遠方は諸侯の自治をみとめる郡国制国家をつくります。
郡国制は皇帝にとってはあくまでも妥協案の国家であって、国内の国の大きな共同体は、次第に分解され、中小の共同体の上に官僚を派遣する中央集権国家になってゆきます。
中央集権国家の官僚は中小自治体(諸侯国)から推薦して採用する形から始まりましたが科挙の制度が採用されて、試験で官僚を選ぶようになります。
科挙で試験する内容は書経、易経などの古典の博識を問う内容で、次第に儒家に握られて、儒教による政治が主流になっていきました。
官僚が科挙で採用される(隋・唐時代)となると皇帝から直に採用されると言うことで、推薦母体から後押(前漢・後漢時代)しされた官僚より、はるかに皇帝に対する忠誠はたかくなります。
孔子による儒教は周の時代に基づいていたのが、規模の大きくなった前漢・後漢王朝では指導原理として合わなくなり、儒家は解釈を工夫して、対応するようになります。
秦の焚書坑儒事件で、古典文書が失われますが、儒家の記憶から古典は再構成されて今文尚書がつくられ、焚書から逃れて家屋の壁などから発見されたとして古文尚書がぞくぞくあらわれます。
不思議なことに古文尚書あたらしい規模の大きな時代に合った内容だったりして、偽造文書も多かったようです。
これらの古典に対する解釈が経学として活発に論争がおこり、儒家の思想が活性化しました。

宋王朝になって天使直属の科挙官僚のシステムが完成しました。そして儒学も宋学(朱子学)としてあたらしい展開をします。
前漢時代に儒教は国教となりましたが、後漢の後期になって、仏教・道教という強力なライバルが登場します。特に仏教は緻密な論理をもっており、変転極まりない魏・晋・南北六朝の時代に、道教とともに生活苦にあえぐ大衆を救済しました。
儒教は仏教・道教が持っている宇宙論や形而上学がありませんでした。そこで朱子は無(無極)にして有(太極) 宇宙には物質がもともと存在していたと考えます。太極が運動すると陽が発生、静止すると陰が発生する。陰陽は木・火・土・金・水の5行を生み出す。
太極は理である。陰陽は気である。陰陽は永遠の過去から、永遠の未来まで存在している。生物は気が集まることによってこの世に生まれ、気が散じることによって死ぬ。人間は気の中でももっとも優れた気の集まったものである。


*******

このあたりで小生の理解の限度を超えてしまいました。

物質がビッグバンで発生したとする、西洋型の論理よりも解りやすく、納得しやすいように思います。



Tom 2010年02月17日 22:13  大化の改新で日本は中央集権化を目指したわけですが、それよりも1000年近く前に中国では、秦によって中央集権国家が出来上がるんですね。結局、大化の改新もその流れを汲むものなのでしょうが。中央集権国家は統治者にとっての一つの見果てぬ夢なんでしょうね。焚書坑儒は、愚ですね。タリバンによる仏像破壊も似ています。
 「気」の考えは、東洋医学にも受け継がれていますね。武術にも。一つの哲学かもしれませんね。

花水の蛍 2010年02月17日 23:41 Tomさん 厄介な議論にコメントありがとうございます。

経書・経学の経という字は縦糸を言うのだそうです。現実に基づいてプラグマティズムのように唯物論的に理性的な議論を展開します。
それに対して緯書というものがあり緯というのは横糸を意味するのだそうです。天の動きと地上の事柄を連動して仮借する占星術、宇宙の神秘と人間の社会や歴史を結びつける考察、人間の超能力の世界を今から見ると荒唐無稽と思われることを議論する書物を緯書といい、後漢の時代から大量に書かれたのだそうです。これらの緯書から緯学といわれる空想的で壮大な議論が学問になります。こうした議論から朱子の宇宙論が作られてゆくようです。

日本でも奈良・平安時代は陰陽師が跋扈し、言霊を恐れ、怨霊を恐れる時代でした。中国の影響でそうなったかは良くわかりません。

大化の改新は中国の中央集権に倣ったものですね。日本では神道による祭政一致の連合国から皇室中心の中央集権国家になり、祭祀は皇室の専権行事になってゆきます。

津軽藩が南部藩から独立したときに、それまでの文書を集めて焚書したそうですが、支配者が正当性を主張するときに実行されます。
古事記・日本書紀をまとめるにあたって、家伝を提出させたのも一種の焚書ですね。物部氏の伝承などもこのときにあいまいになってしまったようです。



Tom 2010年02月20日 16:38 なかなか面白いです。一時流行った言葉で、垂直思考、水平思考という言葉がありました。ちょっと似てるなと思いました。
 現象の中から法則性を見つけていく、そしてその法則性を利用するということは、高度な脳を持った生物がよくやることですが、(たとえばカラスが固い木の実を車道に落とし、車に轢かせて中の実を食べるのも、そういう認識法の一つの利用のように思うのですが)人間の脳の優れている点は、それらの法則のさらに奥にまで踏み込んで、法則を引き起こしている実体は何かというところまで追求し、現象と実体との関連性を検証する。それが出来ることのような気がします。
腐ったものを食べれば必ず腹をこわす。では腹痛を引き起こす実体は何か?病原菌だ。病原菌と腹痛との間にはどんな因果関係があるのか?というふうに。儒学は、実体への迫り方が西欧に比べてやや手ぬるかったということはないでしょうか? 法則性には強い関心を示したものの、実体究明へと向かわず、思弁、形而上学の段階で留まることが多かったというような。
 朱子学の背景が分かって面白いです。天体は人間にとって大いなる環境。外界と接して生きている生物である人間は、自分を取り巻く環境に強い関心を払ったのでしょうね。その中で、最も遠い距離にあって最も大きい環境が天体。遠く大きいだけに空想が膨らむのでしょうね。今だってそうですけど。(天体の運行法則は実用的な意味もありますし)
 陰陽師 朱子学の影響、ありそうですね。
 >神道による祭政一致の連合国から皇室中心の中央集権国家になり、祭祀は皇室の専権行事になってゆきます
 その辺の流れが大変面白そうですね。人間社会に共通しているように思います。
 >津軽藩が南部藩から独立したときに、それまでの文書を集めて焚書
 焚書(過去の抹殺・消去)は、お前が支配するか、オレが支配するか。二つに一つだ。式のいわばゼロサムゲームみたいですね。近代になると、悪い歴史もよい歴史も歴史は歴史。そこから教訓的にいろいろ学ぼうとします。広島原爆ドームを残しているのもそういう思想なのかなと、ふと思いました。
 >物部氏の伝承などもこのときにあいまいになってしまったようです。
 近、現代の人間からみればとても惜しいことですよね。

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★★大変勉強になりました・・・

2010/2/21(日) 午後 11:46 [ コトブキ ]

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kotobukiさん 原文では例をあげてわかりやすく説明しています。
わたしの要約ではわかりにくいかもしれません。本をお読みになることお勧めします。

2010/2/22(月) 午後 9:44 甲斐駒


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