モーターホームライフ

モーターホームが有る生活を楽しんでいます。

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 2012年7月に我が家に来たプレジャーウェイですが、遂に先日メインバッテリーがダメになったようで、エンジン始動が出来ませんでした。

 プレジャーに装着されていたのは、ボッシュの115D31Rで国産車用の形式でした。もっとも装着方法が国産車と同じなので、アメ車用を購入する必要はありません。

 一応充電して、バッテリーテスターで調べたところ、完全にダメになっていました。

 
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 購入したのは、パナソニックのカオスバッテリーで145D31Rです。
 早速取り付けてみました。

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 エンジン始動したところ、勢いよくクランキングして無事動かす事が出来ました。

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 前回のボッシュバッテリーは、プレジャーが我が家に来た2012年から最低でも6年以上使用できた訳ですので、十分働いてくれたと感じます。
 カオスも頑張って頂きたいと思います。

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 妻のラングラーサハラにはドライブレコーダーを取り付けてあったのですが、私のルビコンにも取り付けてみました。

 選択した機種はサハラに付けたのと同じケンウッドのドライブレコーダーにしました。
 最近あおり運転等で、後方も録画した方が良いので、2カメラ商品が欲しかったところへケンウッドからDRV-MR740が発売されたので、取り付けることにしました。

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 これに、駐車場監視時に必要となるCAーDR150電源ケーブルを購入しました。

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 このケーブルはサハラにも使用したので配線等は同じです。

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 まずは、リアカメラから着手しました。ラングラーは屋根が取り外し可能なため、リアワイパー関係の配線がここで切り離す事が出来るようになっています。
 本来カメラの配線もここで着脱可能だと良いのですが、配線に延長ケーブルが用意されているのか分からないため、今回はここから配線を引き込むことのみにしました。もっとも屋根を外す事がこの先あるのか?微妙なところです。その際には配線をカメラから引き抜けば何とかなるでしょう。

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 当初はこの、ワイパー関係の配線と同様この穴から出す予定でしたが、ここですとカメラまでの露出配線が長すぎリアガラスに挟んでしまう恐れもあるため、中央まで引くことにしました。

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 中心より少し右側に穴を開けて、そこから配線を出しました。カメラは熱線を跨いで取り付けるように、両面テープが上下に分かれています。

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 配線が長く露出しますが、これぐらいないと窓の開閉ができません。
 後は、ワイパー系配線に沿わして、助手席足元まで配線を引き込みました。

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 フロントは各パネルを外すところから始めます。

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 メーター周りのパネルを外せば、ナビにたどり着くので、今回はナビの配線から常時電源・ACC・アースと3本取りました。但し、駐車監視時が不要の時に、電源ケーブルの設定スチッチを毎回いじるのは面倒なので、スイッチを増設し、エンジンスタートでONになる場合と常時ONにしたい場合の切り替えを出来るようにしました。

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 配線は、左側Aピラーに這わせて、フロントガラスの中央まで引き込みました。

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 電源ケーブルのアダプターはグローブボックス内に設置しました。
 配線類を束ねて、パネルを元に戻して完成です。

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 フロントはリアモニターにもなると思い、運転席前に設置しました。

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 リアは、外からはあまりカメラが見えませんが、映りはとても綺麗です。

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 そして、ドアシル傷防止を張り付けました。

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 フロント側は、ジープの側面イラストが入っています。

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 リアは、フロントのイラストが入っています。
 少しずつ、ルビコンが自分仕様になっています。

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 オール電化に合わせて庭にソーラーカーポートを設置しました。
 2年前に突然、「タダでカーポートをつくりませんか?」と営業さんが飛び込みでやってきました。話を聞くと、カーポートの上にソーラーパネルを載せて、余剰電力を売電して、安くなった電気代と売電分でカーポートがタダになり、むしろ儲かります。という内容でした。

 明らかにうまい話過ぎると思いましたが、ガレージが狭くなってきたのでプレジャーを入れるカーポートが欲しいと思っていたところでした。それから、ソーラーについて色々調べて、確かに利益はあるようなので、カーポート分とオール電化分が多少負担しても安く付けば良いと思い動く事にしました。

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 しかしながら、高額な工事のため、最初来た業者には、他社でも見積もりを取る事を伝えて、5社位同条件で交渉しました。やはり価格には大きな差があり、結果的には自分の条件に合った業者と契約を交わしました。
 契約を交わしたのが、2016年12月ですので、完成まで2年弱もかかってしまいました。
 なぜ2年もかかったかというと、その原因は全て東京電力のずさんな仕事のせいでした。

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 庭の南西側が日当たりも良く、スペース的にも丁度良いので、ここに建てる事にしました。

 
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 2m位の杭を入れて、それをベースにアルミ角材で組んでいきました。

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 カーポートの大きさは、幅11m奥行10mで、その上にソーラーパネルを90枚乗せます。ヴァーノンでも入るように最低地上高は3.8mにしてもらいました。

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 中央にも柱が入らないと重量的に無理の様です。ペースの骨組みが完成すると同時にパネルも設置されました。

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 この状態でも、屋根付きカーポートの様ですが、雨が降るとパネルの間からポタポタと水が垂れてしまいます。

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 ヴァーノンは約5トンあるので、それに耐えるようにコンクリートを打ってもらいます。砕石を10cm、その上に鉄筋を組みコンクリートを20cm入れました。

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 メッシュより鉄筋の方が耐久性があるという事で、鉄筋を組みました。

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 ミキサー車で何度も生コンを運び、コンクリートを流していきます。

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 ビルの工事で使っているような車両まで入れて、どんどんコンクリートを流し込んでいました。

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 職人さんが綺麗にならしてくれます。滑ると嫌なので、細かいすじが入る仕上がりにしてもらいました。

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 この状態で、高さ3.8mを確り確保してもらいました。

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 コンクリートが厚いので、2週間ほど乾燥させて枠を外し土間は完成となりました。

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 その後、下からガルバリウムを張り、3面に鼻隠しをして、南側(後ろ)に雨樋を設置して完成となりました。

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 雨樋は、升を埋けてそこに流れるようにしてくれました。

 なぜ2年もかかったのかというと、まず売電するためには、ソーラーの配線を東電のトランスに繋ぐ必要があり、そこまでは自己負担となります。トランスが売電対応でない場合や離れているとトランス本体も自己負担で購入させられます。東電から繋ぐための金額が提示されるまで、申し込みから1年かかりました。
 やっと提示されたので、直ぐに振込を行いましたが、東電はお金だけ取って半年間も繋ぐための部品を発注していませんでした。当初繋がるのは、2018年11月半ばと回答があったので、何故振込から1年もかかるのかと問い合わせたところ、必要となる部品が無いため、部品が届くのが11月過ぎとサラリと回答されました。
 では、その部品は何時注文したのか尋ねると、負担金を支払ってから半年後でした。余りの職務怠慢に少し教育してあげたところ、一月だけ早まりました。

 この交渉の最中も、「折り返しお電話を差し上げます。」と言われましたが、一向になく3日後に、此方からかけなおすといった状況で、今回は東電への不信感が募るばかりの体験でした。
 福島の苦い体験は全く社内で活かされてないようなので、また同じ事を繰り返すであろうと恐ろしくなりました。

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 約2年待ってやっと、変わったトランス。四角い箱が付いていました。

 色々とありましたが、無事完成し売電も始まりました。収支については、計画どおりにはうまく運ばないと思っていますが、頑張って発電してもらおうと思います。
 広さに余裕があるカーポートなので、ここで洗車ワックスなど行えて、夏の炎天下でもボディーが暑くならないので、安心してワックスが塗布できます。また、冬場も霜が降りないので通勤車のフロントガラスが凍らないで済みそうです。
 
 

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 今年で11年、走行距離112000kmとなったエブリイワゴンのオイル類を交換しました。
 デフオイルやギアオイルの交換時には注入する際、スペースがある車両でしたら漏斗等を使って入れ、漏斗が入るスペースが無かったり上側にオイルジョッキが入れられない場合は、注射器を大きくしたようなオイルシリンジという工具を使用していました。

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 しかし、結構漏れやロスが多く使い難いと感じていました。
 そこで、まず最初に工具を作成してみました。

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 5リットルのガソリン携行缶でポリタイプの物です。それに太めの物と細い耐油ホースを用意しました。

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 携行缶にホースを差し込む穴をきつい位の大きさで開けました。太い方のホースは底に付く位まで差し込み、もう一方の細いホースは3cm位差し込み、穴とホースをゴム状で固まるボンドで固定しました。作業はオイル交換の3日位前に行いボンドが乾くのを待ちました。

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 先ずは、オートマチックトランスミッションオイルとフィルター(ストレーナー)の交換です。

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 アメ車と違いオイルパンにドレンが付いているので、そこから抜きます。約2リットル排出されたので、レベルゲージの穴から2リットル新しいATFをいれました。
 エブリイワゴンはフルタイム4WDのため、4輪全てをジャッキアップして、約5分間エンジンを掛けながら、シフトをRやNそしてDや1・2と動かし、各レンジに新しいオイルを回します。
 その後、またドレンから抜き、ATFを入れるという作業を3回繰り返します。

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 そして、オイルパンを留めている10mmのボルトを外し、レベルゲージ用の管を留めている12mmボルトを外せばオイルパンが外せます。しかし、ドレンからでは抜けきらないオイルが1リットル程あるので、注意して外さないとオイルを被る事になってしまいます。
 今回は、被りはしなかったものの、少しこぼれてしまいました。

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 結構な量のオイルが残っています。

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 ガスケットを剥がして、オイルを流します。

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 コルクのガスケットですので、液状とは違い綺麗に剥がれます。磁石が2個付いていて、それぞれに鉄粉が見られます。オイルパンの状態は思っていたより綺麗でした。ドレンの形状からも、オイルパンにかなりのオイルが残ってしまうのが分かります。

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 ミッション側はバルブボディーとフィルターが見えます。

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 フィルターは10mmのボルト3本で固定されています。ボルトを外して引き抜き、Oリングが残ってしまうので、それも撤去して新しいフィルターを取り付けます。
 フィルターはアメ車のように繊維ではなく、細かい金属の網でした。メッシュ部分には少し細かい物が溜まっていました。アメ車に乗るようになるまで、オートマのフィルターなど交換する必要が無いと思っていたので、エブリイ以外の国産車のフィルターがどういったタイプか知らないのですが、明らかにアメ車のフィルターの方がゴミ吸収は良さそうです。
 今回部品購入のため、スズキのディーラーに行った際、ミッションのフィルターが欲しい事を伝えたのですが、あまり交換したことが無いようで、図での説明が必要でした。

 
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 オイルパンや磁石を掃除して、新しいガスケットを着けてトルクレンチでボルトを均等に固定したのち、レベルゲージ用の穴からATFを3リットル程入れて完了しました。

 次にトランスファーのギアオイルを交換しました。

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 こちらも、綺麗な状態でした。
 トランスファーのギアオイルを注入する際には、作成した携行缶オイル注入器がとても調子良く簡単に入れることが出来ました。

 続いてフロントデフとリアデフのオイル交換です。今回唯一フロントデフオイルだけが水が浸透したような色になっていました。大雨で冠水した道路を通過した際にエアー抜きの所から浸水したと思われます。

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 携行缶注入器ですが、まずは携行缶にギアオイルを入れて、太い方のホースをデフ注入口へ、細い方はコンプレッサーガンを差し込みます。携行缶の口でしたら、チョットした漏斗で簡単にオイルを移す事が可能です。金属の方が膨張しないので、金属にするかポリにするか迷ったのですが、ポリでしたら内部のオイルが減っていくのが見えるだろうとポリにしてみました、エアーを断続的に少しづつ入れるとポリタンクが膨張するのですが、オイルも結構なスピードで注入されていきました。

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 これの良い所は、狭いスペースにある注入口でも、簡単に入れられる。そして、規定量となり溢れ出したときには、ガンノズルをホースから外せば圧が抜けて直ぐに止まる事です。

 携行缶+ホースで2000円もしなかったので、これは今後も活躍しそうです。

 エンジンオイルは先日11万キロで交換しているので、今回はこれで終了しました。

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予科練平和記念館

 平日に妻と休みが一致したので、ドライブに出かけることにしました。目的地は妻が以前より行ってみたいと思っていた「予科練平和記念館」です。

 我が家からは、70km程の距離なので丁度良いドライブになるとルビコンで出かけました。

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 霞ヶ浦の側で、陸上自衛隊土浦駐屯地に隣接して、平和記念館はあります。公園もあり外は明るい感じです。

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 ゼロ戦の模型が展示されています。内部は撮影禁止なので写真はありません。
 予科練とは14歳半から17歳までの少年を選抜試験で集め、海軍予科飛行練習生として、教育訓練を行ったところです。15年間で24万人が入隊し、そのうち約2万4千人が飛行練習生課程を経て、戦地に赴きました。驚くことに特攻隊員として出撃した者も多く、戦死者は8割にものぼるそうです。

 厳しい選抜試験に合格し、飛行訓練で空を飛んだ喜びを家族に伝えた手紙が展示されています。しかし、最後には覚悟の飛行を迎えた手紙に代わって家族への心配や想いが綴られていました。

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 予科練平和記念館を出ると自衛隊駐屯地内に雄翔館があります。自衛隊員さんの警備小屋前を通過し、戦車が並ぶ脇を通って雄翔館へ向かいました。

 雄翔館には、予科練戦没者の遺品や遺言が展示されています。皆18歳から20代の若者が、覚悟を決めて飛び立った記録が、切実に伝わってきます。そして、残されたノートやメモを見ると、とても優秀な若者が選抜されていたことが分かります。

 両施設を合わせても決して大きな所ではないのですが、見入ってしまい3時間以上経過していました。昼食も摂っていなかったので、お腹が空いて身体は軽くなったのでしょうが、気持ちはドット重くなりました。

 皆「お国のため」と胸を張って飛び立っていったのですが、その犠牲はあまりに大きすぎると感じました。次回は子供達を連れて行き、戦争を知らない世代しか居なくなった時に、同じ事が起こらないように話したいと思います。

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