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不景気の風が巷を吹きすぎて、失業者が溢れ始めた頃。
繊維産業はまだ花形の地位を保っていた。
ある日
イギリス製生地の輸入を一手に引きうけていた問屋、大正洋行の片山課長と、テーラー今西の社長
今西譲一郎が、祖父に告げた。「女物をやろう思うんやが、お前どうや?」
アッパッパと呼ばれる女性用の簡単な洋装が市場に浸透しつつあるこの時期、百貨店と呼ばれる
大手小売業から、女性向けの洋服を手がけてみないかという要望があり、紳士服中心のテーラー今西でも、試しに小規模縫製工場を作り、女性物新市場への進出を考えることとなった。
そこで、遊ぶことを知らずいつも働く姿しか見せたことが無い仕事一筋な祖父なら、多少の困難はあってもやり遂げてくれるだろう、と、白羽の矢が当たったわけだ。
「女物は、、。」「でけへんか?」「いいえ、やらしてもらいます」「ほうか、ほな、きばってや。」
「中道に作るさかい、お前が工場長やな。」「えっ、工場長!て、そんな、先輩をさしおいて、田中さんや吉永さんとか、、」「あかんあかん!お前さっきやらしてもらいます言うたやろ。」「それは、」
「それにな、お前や、わしがお前や言うたら、お前や。」「、、、」「ほな、詳しいことは専務と、片山はんとで相談して、あんじょうやってや。」、、、、、、、そうして、会社では最年少の工場長が誕生することになった。

1918年 アメリカへの旅は、大阪への旅と変わったが、初めての旅路はその年頃の少年にとって、
わくわくするものであったようだ。少年はその時、初めて汽車に乗ったのだ。
大阪駅に着くと程なく、書き物を振りかざした洋服店の専務に拾われ船場のテーラー今西へと向かった、、。この当時まだ一般的ではなかった洋装の仕事に出会えたのは、亡き両親の導きだったのかもしれない。第1次世界大戦後の軍需景気が終わりにさしかかるぎりぎりの年であったことも幸運のひとつであった。大阪へでて2年後、日本は低成長期に突入していく中、古い経済は合理化の波にさらわれ洋風は時代の象徴としてもてはやされて行く。1921年に女子の制服がセーラー服となるなど。1929年の世界大恐慌までの8年間を大正ロマンの終焉と昭和の狂乱が被い尽くす事となる。
一生懸命仕送りを続けながら、人の3倍働く事で洋服職人としての腕を身に付けていった少年は、もう25才になっていた。

2時間で目が覚めた、、とは言え、、頭は空ろ、、、。
寝ぼけた状態で、、書き込みをしているのだろう、、、本当に目が覚めた時、、夢遊病ではなかったか、と自分自身の奇妙な行動に、、おどろくのだろうな、、。
だれかの質問に答えなければ、、、、。

そうだ、もう18年前に亡くなった、祖父の話だ、、犬にリルと言う名前を付けた祖父の、、、、、。

腕の良い鍛冶屋一家に6人兄弟の長男として生まれた祖父は、父親を47才で亡くし、残された母親は生計を立てる為に、丁度その頃、時を同じくして異国の地で妻を亡くした男性との再婚を決意した。
母親と共に、アメリカへ渡航する事となった兄弟達だが、一家をさらなる悲劇が襲う、、。
渡航する1週間前、母親が突然の病で他界し、両親を失った兄弟達は絶望の淵に立たされることになる。
結果、当時まだ14才の祖父の肩に、幼い弟や妹達の未来が託される事となった、、。
渡航手続きの為に入籍を済ませていた一家の名字は、その時既にアメリカの新しい父親のものに変わっていたが、結局はその当時の貧しい移民の事情で、アメリカのまだ見ぬ父は他の女性と再婚することとなり、一連のお世話をした人の紹介で、祖父は大阪の洋服職人の工場で丁稚奉公をすることとなった。
幼い弟や妹達を親戚のもとに残し、祖父の痛切波乱の人生がスタートすることとなった。

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