| さてさて、板倉家で庚申塔を見つけた後 |
| ちょうど家の人が居たので |
| この敷地内で「何か古い物はないですか?」と尋ねたところ |
| あっこれ〜「何だかよくわからないけど…」って |
| ご紹介してくれた物があります。 |
| 「解読不明らしいです。」と板倉さんが… |
| これ何処かで見た事があるなぁ〜と思い |
| 思い出しました。ブロ友のkancyan(文字クリック)ご紹介の |
| 「妙顕寺」(戸田市新曽)について調べていたら |
| 「妙顕寺」にある板碑にそっくりだなぁ〜と思って。 |
| さらに「板碑」について調べてみたら |
鎌倉街道を探索していると、街道沿いのお寺や街道辻など人目につきやすい所によく板碑を見掛けます。
板碑という呼び方は江戸時代の中頃以降といわれ、松平定信の編集した『集古十種』より見られ、その後流行した地誌・紀行文等にはことごとく板碑が収録され、この塔婆を板碑と呼ぶのが一般化したそうです。
しかし板碑と呼ぶとこれは石碑や古碑などの記念碑などを意味するものとなってしまい、本来の仏教的意味合で仏の供養に使われた卒塔婆を理解しない呼び方になってしまって居るといいます。
板碑は正式には「板石塔婆」か「青石塔婆」が正しいそうです。板石塔婆は姿形が薄平な石の板であることを強調するあまり、碑と言うあいまいな根拠から板碑と呼ばれたわけですが、仏教の卒塔婆であるというのは、仏像、種子、曼陀羅、塔婆のいずれかを刻んでいることが必須条件であるとする為だそうです。
そして昭和37年、長くなじんで親しんだ「板碑」の名称の方が簡単でわかりやすく、かつ便利なので、文化財の指定も板碑の名称で良いということになったようです。
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pipipiさん
そのもののような?いわゆるお墓なんですよね?不思議な感じがします。今日はぴぴさんミステリーハンターということで。。
2010/6/30(水) 午後 11:37 [ ありがとう ]
板碑って、見たところそんなに大きくもないのに、こんなに長い間、失くならずに残っていたものだと感心します。
家主さんがわからないものをちゃんと調査して、結果をまとめているところにpipipiさんの熱意が伝わってきますよ〜!(^^)
ポチ☆
2010/7/1(木) 午前 5:49
おはようございます!
自分の名前を発見してビックリ!!
たしかにそっくりです♪
このお宅はまだ何かありそうですね(^^)
2010/7/1(木) 午前 8:35 [ - ]
へぇ〜すごい情報収集ですね☆
ぽち!
2010/7/1(木) 午後 8:50 [ KAZUMINMIN ]
ありがとうさん
あははっ〜ミステリーハンターですか(笑)
てくてく歩いていて、最近一番怖いのは
やっぱ誰も居ないお墓ですね。
まだ人が居るところはいい方です^_^;
この板碑、関東にはよく見られるみたいですね。
本来は仏の供養塔のようですよね。
2010/7/3(土) 午前 9:54
hirolinさん
ここの板碑を見ると、だいぶ土の中に埋まっているようです。
板倉さんの話しだと、文字も解読できないと言っていましたが
掘ってみるとわかるかもしれませんね。
まぁそんな事はしないでしょうけど…
hirolinさん、そんな熱意は無いのですが
ぶろ友のkancyanさんの妙顕寺について調べていたら
偶然、境内にある板碑の写真が
同じものかなぁ〜と思ったものですから…
2010/7/3(土) 午前 9:59
kancyanさん
あははっ〜ビックリさせちゃってゴメンネ〜
ってkancyanの妙顕寺が余りにも立派で
蕨にもゆかりのあるお寺が多いことから
調べていたら、偶然同じ板碑の画像を見つけたの。
今度時間があったら、ぜひ板碑の撮影お願いしますね。
これ以上は、このお宅には何も無いです。
家の中は流石に見せてはくれないしね(笑)
2010/7/3(土) 午前 10:03
KAZUMINMINさん
いえいえ、まぁ〜不思議なものが好きなんで^_^;
2010/7/3(土) 午前 10:04