|
埼玉県さいたま市 南区 一里塚の跡「弁財天」
由来 昔辻地区は湿地が多く、村人たちは大変難儀した。 この水難を守るため、水の神弁財天を安置し 地区の守り神とすると共に、中仙道を旅する人々の 安泰を願った。 由来伝記の為、有志相計り保存会を結成し 祠を再建して、ふるさとの道しるべとする。
弁財天は元来、インドの河神であることから、日本でも水辺、島、池など水に深い関係のある場所に祀られることが多い。 「日本三大弁才天」と称される奈良県天川村・天河大弁財天社、滋賀県竹生島・宝厳寺、広島県宮島・大願寺はいずれも海や湖や川などの水に関係している。 像容からは、原語の「サラスヴァティー」は聖なる河の名を表すサンスクリット語である。 元来、古代インドの河神であるが、河の流れる音からの連想から音楽神とされ、福徳神、学芸神など幅広い性格をもつ。像容は8臂像と2臂像の2つに大別される。 8臂像は『金光明最勝王経』「大弁才天女品(ほん)」所説によるもので、8本の手には弓、矢、矛(ほこ)、鉄輪、羂索(けんさく、投げ縄)などを持つと説かれる。 近年では弁才天の「才」の音が「財」に通じることから財宝神としての性格をもつようになり、「弁財天」と書かれることが多くなった。鎌倉の銭洗弁財天宇賀福神社はその典型的な例で、同神社境内奥の洞窟内の湧き水で持参した銭を洗うと、数倍になって返ってくるという信仰がある。以上のように、近世以降の弁才天信仰は、仏教、神道、民間信仰が混交して、複雑な様相を示している。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年10月23日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





