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川口市 朝日「薬林寺」
瑠璃山薬林寺の由緒 無量寿阿弥陀如来をご本尊とする薬林寺は真言宗智山派のお寺です。 開基は室町時代、開山は当山第一世法印宥淳和尚で、寛正元年(1460年)五月とされています。 中興開山は、第四世法印了高和尚で、大永五年(1525年)六月です。 この法燈は現住第四十二世秀隆和尚まで綿々として続いております。 薬林寺は往古、樋の爪村(現朝日)の西を流れる野川(現芝川)のほとりに大伽藍を配し建てられていました。 しかし天正年間(1573〜91年)北条氏との戦いに敗れた岩槻太田の落人が、樋の爪村薬林寺へのがれて来た時、村民が集って堂を破壊してしまい、その後再建の時、現在地へ移ったと伝えられています。
観音堂の十一面観世音菩薩立像にもいい伝えがあります。
文化年間(1804〜17 年)のはじめに、何者かの手によって観音像が盗まれ、江戸駒込の古物商に売払われた。 ところが、古物商の妻が高熱にうなされ、しきりに「樋の爪村の薬林寺に帰リたい、帰りたい」とうわごとをいうようになった。 これをおそれて古物商はこの像を寺にかえした。 この像を住職が村入達とねんごろに礼拝供養した折 、観音像はさも満足気に首を振ってうなずいた。 それより誰いうとなく「薬林寺 の首振り観音」と呼ばれ、人々によって益々願い事が成就するよう信仰が広まっ た。 この十一面観世音菩薩像は、首部が抜け、胴部は内ぐりされており、その胎内には元禄十五年(1702年)の古文書が納められています。 |
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2011年05月25日
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