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蕨市 三学院 地蔵堂
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warabi三学院
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蕨市三学院
三学院は、京都の新義真言宗智山派総本山智積院(ちしゃくいん)の末寺で、金亀山(こんきさん)極楽寺三学院という。創立年代は不明ですが、本尊の木造十一面観音菩薩立像が平安時代後期の作であることや、他に現存する資料から中世以前の創建と考えられている。
天正19年(1591)には、徳川家康より、寺領20石を寄進する旨の朱印状が授与されており、以後徳川歴代将軍からも同様の朱印状が与えられている。 また、三学院は、足立坂東三十三観音霊場の20番、北足立八十八霊場の30番にあたる札所としても知られている。
また、江戸時代には「関東七ヶ寺」の一つとして僧侶の教育機関であった。初めは中山道の三学院入口角にあったが、明治元年、明治天皇の氷川神社行幸の折りに、参道の中ほどへ移され、さらに昭和23年、現在の仁王門前に安置された。
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蕨市 三学院 地蔵堂「子育地蔵」蕨市指定文化財
目疾地蔵 → 蕨市指定文化財「目疾地蔵(めやみじぞう)」(文字クリック) 六地蔵 → 蕨市指定文化財「六地蔵石仏(ろくじぞうせきぶつ)」(文字クリック)
子育地蔵(こそだてじぞう)蕨市指定文化財 三学院地蔵堂にあるこの地蔵尊は、元禄7年(1694)に三学院の住職であった秀鑁(しゅうばん)が中心となり造立された高さ約2.4メートルの石像立像仏です。 火伏せ・子育て・開運を願う人々から現在も信仰されており、毎月四の日には、地蔵の縁日が開かれています。
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蕨市 三学院 地蔵堂「六地蔵石仏」
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六地蔵石仏(ろくじぞうせきぶつ)蕨市指定文化財 六地蔵は、六道〔地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天〕のそれぞれにあって、民衆の苦悩を救済する姿を現しています。 三学院地蔵堂にあるこの六地蔵は、寛文から元禄年間(1661〜1704)頃の造立と考えられています。基礎の上に蓮台と地蔵菩薩を丸彫りにしており、蕨市内で最大・最古の六地蔵です。 |
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蕨市 三学院「宝篋印塔(ほうきょういんとう)宝永2年銘」
蕨市三学院「阿弥陀堂」→蕨市 三学院 阿弥陀堂 宝篋印塔(ほうきょういんとう) <宝永2年銘> 蕨市指定文化財 三学院境内にあるこの石塔は、三学院の住職であった秀鑁(しゅうばん)が願主となり、宝永2年(1705)に造立されたもので、高さ約4mの非常に大型の石塔です。 塔身には金剛界四仏の種子が刻まれ、裏面上部に奉籠孔(ほうろうこう)があります。 宝篋印塔(ほうきょういんとう)は、本来は宝篋印陀羅尼(だらに)の経文を納めたものですが、後には供養塔や墓碑として造立されるようになりました。 |
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蕨市 三学院「水舎」
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