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蕨市 三学院 蕨市指定文化財「梵字馬頭観音塔」
梵字馬頭観音塔(左側) 塔身正面に梵字で「ナム・カャグリーバ」(南無・馬頭観世音)と陰刻されている。 銘文から、江戸時代後期、寛政十二[1800]年2月に小宮忠次郎、徳丸馬右ヱ門が世話人となって、蕨宿の馬持講中によって宿場の安全息災を祈って造立されたものであろう。 また、三学院が足立板東札所二十番であることを示している。 |
warabi三学院
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蕨市三学院
三学院は、京都の新義真言宗智山派総本山智積院(ちしゃくいん)の末寺で、金亀山(こんきさん)極楽寺三学院という。創立年代は不明ですが、本尊の木造十一面観音菩薩立像が平安時代後期の作であることや、他に現存する資料から中世以前の創建と考えられている。
天正19年(1591)には、徳川家康より、寺領20石を寄進する旨の朱印状が授与されており、以後徳川歴代将軍からも同様の朱印状が与えられている。 また、三学院は、足立坂東三十三観音霊場の20番、北足立八十八霊場の30番にあたる札所としても知られている。
また、江戸時代には「関東七ヶ寺」の一つとして僧侶の教育機関であった。初めは中山道の三学院入口角にあったが、明治元年、明治天皇の氷川神社行幸の折りに、参道の中ほどへ移され、さらに昭和23年、現在の仁王門前に安置された。
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蕨市 三学院 阿弥陀堂と芍薬(シャクヤク)
牡丹が「花王」と呼ばれるのに対し、芍薬は花の宰相、「花相」と呼ばれる。ボタンが樹木であるのに対して、シャクヤクは草である。 そのため、冬には地上部が枯れてしまい休眠する。ボタンの台木として使用されるが、シャクヤク自体の花も美しく、中国の宋代には育種が始まった。 江戸時代には「茶花」として鑑賞され、品種改良も行われた古典園芸植物でもある。 『ウィキペディア(Wikipedia)』より 前回の記事→蕨市−三学院「阿弥陀堂」(文字をクリック) |
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warabi 三学院 阿弥陀堂
久々のアップです
GW中は忙しい
それでは今日は三学院「阿弥陀堂」のご紹介です。
先日の「わらび藤まつり」4月29日は
お釈迦様の誕生をお祝いする日でした。
そして、この「阿弥陀堂」の内部も公開していたのです。
「4月になると、各地で「はなまつり」という行事が行われています。
このお祭り、お釈迦様の誕生をお祝いするもので、お寺が中心となって開かれます。」 まずはじめは入口です。
生のお花を使って綺麗に飾り付けされていました。
そして正面と天井です。
ほんと見事な作りですね この阿弥陀堂は昨年(2009)に完成したばかりで
内部に入ったのは初めてでした。
建築中からたびたび見ていましたが
今、このような建物を建てるのも、とても珍しい事ですよね。
大工さんもさぞやりがいのあるお仕事だったでしょう。
それではGW中ブログをちょっとお休み気味ですが
楽しいGWをお過ごしください。
蕨市北町3−2−4
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warabi 三学院 三重塔の内部
さて今日は蕨市三学院の「わらび藤まつり」の様子です。
この日4月29日(昭和の日)は
蕨市三学院で「わらび藤まつり」が行われていました。
当日はお花見にたくさんの人が来場してましたが、
ふと気付くといつも誰もいない境内の三重塔に
人が上っているのを発見
何があるんだろう? と上ってみると、
いつも閉ざされている三重塔の扉が開いているではありませんか。
中を覗いてみると、何やらきらびやか物
とはいっても、あまり詳しくはないので説明はしませんが
住職さんの話しによると、年に1回だけ中を公開するようです。
せっかくなので、ぜひみなさんにも見てもらおうと・・・
中にはまぶしいほどのキラキラ
詳しい事はわからないので説明できないのが残念ですが
住職さんに聞いてくれば良かったですね
蕨市北町3−2−4
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さて今日も三学院のお話しです。
明日4月29日(昭和の日)に蕨市では
「中仙道蕨宿苗木市・わらび藤まつり」が開催されます。
「苗木市」は旧17号中山道
「藤まつり」は三学院境内です。
そこで現在の藤の状況を撮影してきました。
蕨市天然記念物の藤は三学院境内の和光幼稚園の中にあります。
普段はその園児さん、先生、父兄さんしか入る事の出来ない場所です。
過去の記事はこちらを参照ください。
また藤意外の花の情報はこちらを参照ください。
外のフェンスから撮影してきました
う〜〜ん。5分咲きぐらいでしょうか。
明日はもうちょっと伸びてるかも…
明日はお祭り当日です。
三学院さんもとても忙しいでしょう。
くれぐれもお問合わせには常識のある対応をお願いします。
蕨市北町3−2−4
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