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埼玉県 川越市 中院 「本堂とキンモクセイ」
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川越市
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埼玉県 川越市 中院 島崎藤村ゆかりの茶室「不染亭」と「不染之碑」
中院は、島崎藤村ゆかりの寺院としても知られています。
藤村の二番目の妻・静子は川越の出身。静子の母・加藤みきとも生前とても仲がよく、たびたび川越に足を運んだといいます。 中院に義母みきの墓があることで、藤村も静子とともに何度か訪れました。 また、藤村がみきに寄贈した建物はここ中院に移築され、みきが茶道の師匠として「不染」と称したことから、「不染亭」と名づけられ、茶会等使われています。 「不染亭」の前には、藤村の書による「不染之碑」が立っています
川越市松江にある、割烹 料亭「「佐久間」は 文豪島崎藤村の御常宿として、また、将棋名人戦の対局宿にもなっていた宿です。 特に90年前の明治時代に建造した贅と粋をこらした蔵造りの純日本建築の離れ「奥の間」は平成11年に文化庁から国の登録文化財の指定を受けており、現在も客室として利用可能となっています。
【割烹 料亭 佐久間】埼玉県川越市松江町2-5-4 |
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埼玉県 川越市 中院「狭山茶発祥の地」「島崎藤村ゆかりの茶室」
狭山茶発祥之地の碑 円仁が京都より茶を伝え境内で茶の栽培を始めた。その後、川越藩領の狭山丘陵で茶の栽培が広まった。狭山茶は元は「河越茶」といった。30年ほど前までは境内に茶畑が残っていた。
加藤みきの墓 島崎藤村の義母・加藤みきの墓があり藤村は頻繁に訪れた。 島崎藤村の妻となった加藤静子は川越出身で、その母である加藤みきとは大変仲が良く、茶道の師匠であった加藤みきに藤村が贈った茶室「不染亭」や、藤村書の「不染の碑」もある。
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埼玉県川越市 中院 釈迦堂
釈迦堂
1986(S61)年秋、昭和の文化財・釈迦堂は、比叡山延暦寺・西塔にある釈迦堂にならい建立されました。 古い天台様式により建立された釈迦堂では、毎年花まつりが開催されます。 比叡山延暦寺 釈迦堂 世界遺産に登録された延暦寺・西塔にある釈迦堂は、正式には転法輪堂といい延暦寺西塔の中心となる中堂で、本尊は釈迦如来を祀っている。現在の建物は1596(文禄4)年に三井寺の金堂を豊臣秀吉が移築したもで、延暦寺山内に現存する最古の建物。国の重要文化財に指定されている
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埼玉県川越市 中院
中院(なかいん)は、埼玉県川越市小仙波町にある、天台宗の別格本山。 山号は星野山。寺号は無量寿寺。院号は中院。 概要 [編集]平安時代、淳和天皇の勅許で円仁(慈覚大師)が建立し、当初は無量寿寺仏地院と号した。鎌倉時代、尊海僧正によって再建する。無量寿寺には仏蔵院(北院)、仏地院(中院)、多聞院(南院)が存在し、後伏見天皇が尊海僧正に命じ関東天台宗の本山とした。天台宗の学問所である仙波談義所が開かれ関東八檀林の一つとして栄えた。天海大僧正が喜多院(北院)の住職となるまでは、中院が無量寿寺の中心的な役割を果たした。仙波東照宮建立の際に中院は移動した。 天海は
安土桃山時代から江戸時代初期の天台宗の僧。南光坊天海、智楽院とも呼ばれる。大僧正。諡号は慈眼大師。徳川家康の側近として、江戸幕府初期の朝廷政策・宗教政策に深く関与した。
無量寿寺(むりょうじゅじ)は
各地に存在する仏教の寺院名。 無量寿とは量りきれない寿命の意で、阿弥陀如来の意訳である
【文化財】 中院(川越市指定史跡) 中院文書(川越市指定有形文化財) 【見所】 しだれ桜 加藤みきの墓 狭山茶発祥之地の碑 |





