徒然ブログ

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http://blogs.yahoo.co.jp/beautyhappinesshide/60584814.htmlからの続き

以前も書いたが、モーセの奇跡にある天から降ってきた食べ物である「マナ」も空気中の炭化水素が細菌の作用と絶え間ない大気プラズマ放電現象によって食べられる物質へと変ったと思われ、強力なプラズマの発生時に降るフラクタル物質の一種なのだろう。

「朝には宿営の周りに露が降りた。この降りた露が蒸発すると、見よ、荒れ野の地表を覆って薄く壊れ易いものが大地の霜のように薄く残っていた。・・・イスラエルの家では、それをマナと名付けた。それはコエンドロの種に似て白く、蜜の入ったウェファースのような味がした」旧約、出エジプト記第16章13〜31節)

「モーセの奇跡」は木星の超巨大火山「クロノス」から噴出した巨大彗星メノラー(金星)が引き起こした現象であれば、それは世界規模で起きていたはずであるから、シナイ半島を移動中にイスラエル人たちの前に降ったマナと同じものが世界には存在する。

それは「ギリシャ神話」に残る天から降った食べ物である「アンブロシア」であり、インド神話にもある甘い食べ物「マドウ」でもあり、中国での呼び名は「甘露」という名である。

甘露の意味を国語辞典で調べると「天から与えられた不老不死の霊薬」や「中国古来の伝説にある天子が仁政を行う前に降るという食べ物」と書いてある。これで、古代中国にもマナが降ったことは間違いないと思われる。

そして、モーセがエジプトを脱出した紀元前13世紀頃は、地球の南北が入れ替わった時期でもあった。イプワーの書いたパピルスにも「夏の代わりに冬がやってきて、月日は逆に進み時間は混乱した」とある。

同じ頃の中国でも東西南北の『測量をやり直して、暦を新しく作る作業を皇帝が命令している。古代ギリシャの史劇「エレクトラ」にも「モーセウスは太陽の位置を変え、西からではなく東から上がるようにした」とある。

ヴェリコフスキーは紀元前1400年頃にも再びメノラー(金星)が地球に大接近し、地球を大きく傾斜させたと主張した。これは以前も書いたように聖書のヨシュア記の中に「太陽が1日中、天空で停止した・・・」と記されている。

これは地球が静止したのではない。もし地球の自転が静止すれば赤道付近では時速1674キロもの猛スピードで地上にある物は全て東へ向けて飛んでいってしまうだろう。これは自転が停止するのではなく地球が回転するポールシフト(極移動)が起きたことを示している。

モーセの跡を継いだヨシュアの時代、約束の地である「シオン」を手に入れるべく、アモリ軍との戦闘の時にも大異変は起きた。このとき集結していた敵軍の数が多く、ヘブライ人の運命は風前の灯に近かった。

そこでヨシュアは絶対神ヤハウェに祈ると、ナント太陽が空中で静止したことで敵軍の頭上へ凄まじい大量の岩を降らせたという。

「彼らがイスラエルの前から敗走し、ベト・ホロンの下り坂に差し掛かったとき主は天から大石を降らせた。それはアゼカまで続いたので、雹に打たれて死んだ者はイスラエルの人を剣で殺した人よりも多かった」(旧約、ヨシュア記第10章11節)

天空から巨大な岩石が降ってくるという描写は、今で言えば隕石の大群の「流星雨」だろう。そして巨大な雹まで降ってきたというから、これは大気圏は天体が引き起こす潮汐作用と大規模な気象変動のために、凄まじい状態に陥っていたと考えられるのだ。

このときの起きた極移動によって、モーセの時代に南北が入れ替わった地球が再び回転して元に戻って現代に至っていると思われる。その後、巨大彗星メノラー(金星)は火星とニアミスを起こして火星と衝突寸前にまで接近した。

これはギリシャ神話に登場したアレス(マース・火星)と金星となったアテナは、ホメロスの叙事詩「イリアス」に敵対する関係として登場している。トロイの王プリアムは自国を包囲したギリシャに対して戦いを挑むが、そのときに関わる神の名をギリシャ軍が「アテナ」、トロイが「アレス」としている。

これは実際に起きた戦争を火星と金星が宇宙空間で争ったことを実際の戦争に当てはめたものだと気づいた古代ギリシャの学者ヘラクレイトスは、叙事詩イリアス中に描かれた神々の戦いは、天体同士のニアミス或いは衝突を意味するものと考えた。

同じような表現は古代アメリカのネイティブの伝承にもあり、インカ帝国の守護神「ケツァルコアトル」は金星を意味し、敵対していたアステカ人を「フィチロポチトリ」として火星を示しているという。フィチロポチトリは戦いと殺戮の神とされている。

メキシコに古くから伝わっている宗教儀式の中に、ケツァコアトルの役をする祭司が、フィチロポチトリに矢を射かける場面があるのだが、これは灼熱の巨大彗星メノラー(金星)が火星に向けて惑星間でプラズマ放電したことを意味しているのだと考えられる。

そしてアレキサンダー大王が築いたエジプトのアレキサンドリア図書館にも、紀元前3世紀の図書館長だったエラトステネスが書き残したといわれる文書に「金星は火星を捕らえ、激しい情熱で火をつけた」と記されているというのである。

アッシリアやバビロニアにある碑文を見ると、古代において火星が紀元前9〜8世紀頃になると突如「軍神マルス」として人々に恐怖をい与える天体に変貌したのである。火星は金星から矢を受けると真っ赤な血の色に変化した・・・という伝承もある。

こうしたことは、それまでの軌道から弾き出されて不安定な軌道を描き始めたことによるものだろう。このときに弾き出された影響が現代も続いているかのように、今でも少しづつではあるが火星は地球への接近が継続している。

金星の分厚い大気の下にある地表は赤い色をしている酸化鉄であることは金星探査で判明しているようだが、何故に火星が急に「軍神マルス」として畏敬と恐怖の対象に変化したのかということは、金星から放出された酸化鉄によって火星の表面の一部が赤い色の変ったからだと考えられるのだ。

実際に火星の表面の全部が赤い色をしているのではなく、約半分が赤い色をしているだけで、残りのエリアは黒褐色の大地である。このことから、金星と接触した側に赤い色が付いたのだろう。

これがモーセの時代に地球にも降ってきた赤いサビではないか。金星と火星が衝突寸前のニアミスをした後、火星が急に恐怖の対象となった理由は、巨大彗星メノラーとして金星が太陽系内を暴れまわった代わりに今度は金星に弾き飛ばされた火星が太陽系内を暴れまわったからである。

そして地球に最接近して大災害を与えたから、人々は火星を恐怖の対象とした。そのことは、紀元前702年にアッシリア王だったセンナケリブは、イスラエル南朝ユダ王国のヒゼキヤ王の治世にエルサレムを包囲し、献上された莫大な財宝を戦利品として持ち帰った。

だが、ヒゼキヤが自国の防衛のためにエジプトやエチオピアと同盟を結んだために怒ったセンナケリブは大軍勢を率いて再び南下してきた。
紀元前688年にはアッシリアの遠征軍の数は約20万人という大軍勢に膨れ上がっており、しかし突如としてアッシリア軍勢の殆ど(約18万5千)の人数が何者かによって瞬時に壊滅状態にまで陥ってしまったのである。

「その夜、主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で18万5千人を撃った。朝早く起きてみると彼らは皆死体となっていた」(旧約、列王記、下、第19章35節)

これは火星の大接近によって発生した灼熱のプラズマがアッシリア軍勢の陣営がある場所に出現し、大勢の命を奪ったことを意味している。「主の御使い」とは光輝くプラズマ火球のことだろう。

そして他の記述には「主の御使いの舌で多くの敵軍が撃たれた」とあるから、大きな光輝くプラズマ火球からアチコチに稲妻のような放電現象が生じたものと考えられる。

「イザヤは答えた。ここに主によって与えられるしるしがあります。それによって主は約束をなさったことを実現されることがわかります。影が10度進むか10度戻るかです。ヒゼキヤは答えた。影が10度伸びるのは容易なことです。むしろ影を10度後戻りさせてください。そこで預言者イザヤが主に祈ると、アハズの日時計に落ちた影を10度後戻りさせた」(列王記、下、第20章9〜11節)

これが意味することは、太陽が東から昇って西へ移動するのではなく、西から昇って東へ移動したことになる。このとき地球は逆回転していたのである。この異変の主犯は金星であるが、地球に直接的に天変地異をもたらしたのは火星なのです。

何故なら、この当時の記録の多くが火星が凶暴星として扱われているのである。この頃は金星は既に落ち着き始めており、火星は地球よりも小さいために地球に与える潮汐作用も金星ほど大きくなく僅かに地球が傾いた程度の地軸傾斜が起きただけで済んだ。

しかし、地上では凄まじい極移動現象が起きていた。それまで北半球の温暖地域だったシベリア地域が突然に極寒の極地に移動し、マイナス50度前後の地域へと変貌したのである。キンポウゲなど温帯性植物を食べていたマンモスの群れが瞬時に窒息死してしまった。

肺胞へ急激に冷気が入ると肺の中の水分が凍ってしまうのである。南半球では、それまでオーストラリア南部にあった南極の氷河が瞬時に温暖な気候地域に移動したことで、温暖だった現在の南極大陸が極寒の南極地となってしまったのである。

紀元前2世紀頃の中国の歴史家ファイ・ナン・ツェが記した古代現象の中に「ルー・ヤン公がハンと戦っていたとき、戦いの半ばに太陽が沈んでしまったので、公は槍を振って太陽を呼び戻したところ、太陽は公のために三宮だけ戻ってきた」という記述が残っているという。

この現象が起きた頃は中国では紀元前5世紀以前の現象だとされている。三宮というのは横道12宮の中の3つという意味である。こうした現象などで火星が「軍神」として恐れられるようになった記録はアッシリアにも存在したようです。

それにはアッシリア軍が「主の御使い」の攻撃で壊滅したときの王だったセンナケリブは「ネルガル(当時のバビロニアでの火星の名)が嵐の王であり戦いの神で、これが我らに敗北を与えた」と記している。

その後、センナケリブの子で王の座に就いたエサルハットンも、ネルガル(火星)は全能の神として崇拝し、凶暴さと恐怖を与える神として畏敬の念を表している。

古代インドでも紀元前8世紀頃を境に、火星に対しての認識が変わって絶対に観測を怠ってはいけない天体になった。
ローマ帝国の創立は紀元前748年だが、この年のパレスチナでは「ウジアの騒動」と呼ばれる大災害が起きており、中近東では「ナポナサル紀元のはじめ」として全暦の大変革が行われた。

このときに日数を増やして1年を365日に変更したのである。中米マヤの暦の中に1年を360日とした「トゥン暦」が存在するが、これは当時の名残りなのである。この時期を境に火星は「軍神マース」と変り、不吉な星として認識されるようになっていったのです。

「ノアの大洪水」以前の太陽系の惑星は不安定な軌道を描いており、現在のような公転軌道には落ち着いていなかったようで、隣り合った惑星同士は頻繁にニアミスしていた可能性が高いのである。

地球と同じ構造の地殻をもった惑星である金星が木星の大赤斑の真下にある巨大火山「クロノス」から噴出したのであれば、地球も太古に木星から噴出したことになるだろう。エジプトの3大ピラミッドは墓ではない。

一種の神殿でもあり、スフィンクスは日本の神社でいうところの狛犬やキツネに相当し、反対側に口の開いたスフィンクスが存在した可能性がある。それらは「ノアの大洪水」が起きる以前の文明の遺物なのだ


続く・・・


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