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東西文明の差と違い

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「3・日本と大陸における基底文化の相違」からの続き
 
アジア思想的価値観が今世紀から復活し始めている背景には、こうした文明の移行現象が大きく関係しているとも思われます。
 
何故に繁栄した文明が腐敗していくのでしょうか。そして、文明の交代期が近づくに連れて、嘗て覇権を握っていた支配層や為政治者が、腐敗きっていることが露呈するのでしょうか。
 
文明が爛熟し腐敗していく裏には、人間というものの本性があります。逆境は人間を強くしますが、贅沢は人間を堕落させていきます。
 
世界史を見れば、どの地域に存在した王朝でも、元々は騎馬民族がルーツだとか海賊がルーツといった事が多いですが、支配者の地位に上ると途端に思考が変化していきます。
 
其の支配者や特権階級となった貴族の子や孫は贅沢を覚えます。そして、其の贅沢が慣れていき未来永劫に渡って其の体制を維持させたいが為に、平気で非人道的な行為にも手を染め人間的に堕落し腐敗ていくのです。
 
嘗て、武力によって欧州と北アフリカと中東、そして地中海までも支配したローマ帝国の子孫は贅沢を覚え鍛錬を嫌悪し酒池肉林に溺れていった。
 
そして、権力や不正な賄賂などを使って兵役を回避していく。そして警護の為に北方の蛮族として侮蔑し差別していたゲルマン人を傭兵として雇うようになり、其のゲルマン人を傭兵として雇用するローマ帝国の貴族たちが増えていったのです。
 
其の元ゲルマン人の傭兵部隊が各地で反乱を起こしたことによってローマ帝国は内部からも崩壊していったのです。
 
また、ローマ帝国の内部崩壊に呼応して、欧州に訪れた急速な寒冷化による不作や森林伐採による洪水の多発によって、飢えた北方のゲルマン民族や中央アジアから東欧にかけての騎馬民族だったフン族や匈奴系騎馬民族も流入した。
 
こうして西ローマ帝国は急速に領土を失っていき、西欧地域は戦乱となった。現在もローマ市に残る粗末な狭いエリアの城塞があるように、其のエリアを最後の領土として西ローマ帝国は消滅した。
 
武人の子孫が鍛錬を忘れ享楽に溺れ、聖職者の子孫が勉学や知識の習得を忘れ、富裕者の子孫が自制心と理性を忘れ自己中心的な振る舞いをするようになると、其の支配は急速に衰退していきます。
 
そうなると、リーダーの求心力は低下の一途を辿り、大衆がリーダーを軽蔑し批判するようになると、其の支配は衰退に向かい著しく低下していく。
 
そうなると他の支配者に其の隙に入り込まれ取って代わられます。国のリーダーたちが既得権益や自分たち一族の利権を最優先し、国家や国民のためになる勉強をしなくなると、虎視眈々と狙う異民族に隙を突かれます。
 
こうして、全くの異民族がリーダーや支配層の座に就くことなど、世界史には数多く存在している。世界各地で「逆境は人間に必要であり、贅沢は敵だ」と言うのは、そうした過去の教訓が含まれているからなのです。
 
しかし、人間は当事者にならないと其の言葉が理解できません。自分に災いが降りかからないと大半が他人事なのです。これは、現代人にも該当すると思う。特に親の世代、彼らが貧しいながらも苦学をして頑張り現在の地位を得たとする。
 
しかし、子供に幼少期から贅沢や自己中心的なワガママを許せば、子供は腐敗し堕落し大人になっても親に依存し続けるのです。贅沢に慣れることで、其の贅沢を自分自身で得る努力をするよりも依存して生きる道を安易に選択する。
 
子供は自分の運命を自分で決める力を失っていき、次第に親を侮蔑し他人も傷つける行為に走る場合もあります。そういう中でも自立心のある子もいるが、贅沢と依存心に浸かっているとナカナカ抜け出せません。
 
戦後の団塊世代は非常に苦労しました。しかし、自分たちが苦労したことで子供には苦労させたくないという親心は理解できます。
 
しかし、そういった甘やかし行為が子供を精神的にも自立的にも強くすることは稀です。団塊ジュニア世代は、苦労した親から其の価値観を受け継がなかった人たちも大勢います。
 
現在において報道される事件の多くが、其の世代の人たちが関与している場合が増えています。其の世代が青少年期を過ごしたバブル期の享楽も、彼らに植えつけられた其の後の思考に大きく影響しているとは思います。
 
親の世代は、食糧難の他にも誰もが我先と競争していた戦後の混乱期を経験し、勤勉に働き1代で資産を築き、精神的な強さと勿体無いという価値観を持っています。
 
しかし、彼らの子供たちは其の豊かさを生まれたときから享受しており、親の世代が苦労した上に成り立ったものだとは気づきませんし知ろうともしません。
 
人生の明確な目的意識や価値観を持って来なかったため、安易な享楽に走り更なる刺激を求めてドラッグに手を出し退廃的になって人生を棒に振ったり、利己主義こそが至上だというライフスタイルに陥り、他人だけでなく友人までも騙す対象としてカネを儲けるようになる人もいます。
 
モチロン、この世代の人たちの大半は各方面で立派に活躍している人も多いのも事実ですが、其の大多数においては贅沢が当たり前という病に罹患しているようにも感じます。
 
団塊ジュニアの子供たちは更に強い精神力を受け継いでいませんので、軽い逆境にも直ぐに逃げてしまう傾向があると言えるでしょう。親が存命だから甘えることが出来ますが、其の親も自然の摂理として自分よりも先に亡くなるものです。
 
確かにニートや引きこもりの増加は、世界的金融危機や構造の陳腐化などによる景気後退からくる求人の減少や失業率とも大きな関係性があります。
 
しかし、高校生の皆さんが安易に大学進学してしまったために、いざ就職となると高卒と同等の仕事を敬遠する傾向もあると思います。
 
給与を得るための職場は、授業料を払う大学生の頃とは間逆の思考を要求されます。最初の職場で失敗して叱られたりすると、直ぐに退職してしまう傾向も増えています。自己嫌悪からくる仮病でダラダラと休んでいたら戻れなくなってしまったとか。
 
彼らは精神的に傷付き易い性格だとは思いますが、其れをニートや引きこもりを続ける主な言い訳や理由にしている人も中にはいます。誰にでも失敗はあります。私も生きているのが恥ずかしくなるような失敗を幾つもしてきました。
 
感受性が高く傷付き易いからといって、正面から立ち向かわずに逃げているのはラクですが精神的に強くなりませんし人間性や協調性が育っていきません。其の必要の無いプライドの存在が、更に挫折感へと向かっているようにも感じます。
 
現在、就職難だとされています。顧客の要望が10年前と比較して格段に高くなっていることや、直ぐに利益を生んでくれるような即戦力が求められていることも大きいでしょう。
つまり、たとえ新人でもプロの仕事が求められているのです。だから、近年では経験者や即応性が要求されています。
 
其れに応えられないと直ちに烙印を押されかねない厳しい時代なのです。其れに対応するために学生時代から自分に合った職種を見出すために、何らかの行動を起こすことが必要です。
 
以前、作家の村上龍さんが14歳から仕事についての知識を得ることの必要性を説いていましたが、そうした知識を多く得ることも重要ですし、学生時代のアルバイトなども貴重な経験です。
 
中には、念願かなって憧れの職種に入社しても、学生時代のアルバイトの仕事内容の方が自分に合っていたと言って辞める人もいますから今は個々人の嗜好は様々です。
 
近年、地方でもリサイクルショップや小規模の自動車整備工場などでも、インド系と思しき外国人労働者が増えています。経営者や日本人社員の補佐として重い製品の移動など重労働作業を担当しています。
 
必要があって其の会社に依頼したときに、彼ら外国人に少し話しを聞いてみると、現地の大学を卒業している者ばかりなのに驚きます。
 
中にはスゴイ資格を持っている人もいますが、子供が多いために母国での通常の仕事では子供たちに十分な教育を受けさせられないから、円高の日本で働いているのだという。
 
彼らは平均寿命が50歳台という地域ということや兄弟が多いということもあって、親に甘えることが出来ないことから、何としても自分で切り開かなくてはならない気概を持っています。
 
知人の子供ですが、マダ十分に使えるのに新しいスマートフォンを買ってくれないからといってプチ家出した子もいますが、まさに子が親を脅迫しているかのようです。
 
現代は、子供の頃から必要以上に甘やかされ続けて物質的な贅沢に慣れ過ぎた結果、就職して社会に出ると常に怒られるので嫌だとか、労働の素晴らしさを親に教えられてこなかったカワイソウな人たちが、社会に対して背を向けているのかもしれません。
 
しかし、どうやら、其れは今に始まったことではないようなのです。日本の歴史を見ても、江戸時代の昔から好景気に後に大衆娯楽文化やレジャー産業が脚光を浴びるようになり、女性が社会進出始めたりすると少子化が進む傾向がありました。
 
そうなると、巷には放蕩者や遊び人などが存在していましたから、経済や文化レベルが急激に上がった後の長期不況期には、其のような生産に従事しない人が増えるのも、ある種の「人間のサガ」という事なのかもしれません。
 
政府や役人や有識者が主張している少子化は危機でも何でもありません。単に其のサイクルの存在を勉強不足で彼らが知らないだけなのです。
 
少子化現象は日本の歴史上、過去にも何度もあったのにも関わらず、それが今回が初めて起きたことのように「少子化が日本衰亡の危機をもたらす現象」であるかごとく喧伝がされている。

わかっているだけでも、平安時代には貴族文化から派生した国風文化が発展して、女性の社会進出や女性が主流の文化が流行した後に少子化が起きている。

室町時代には、世界初の商品先物取引などの金融業が大発展し、定期航路による海運業などの商品物流経済も発展し、現代の日本建築の基礎となった書院造りなどの建築様式が確立されたのもこの時代である。
 
更に、狂言や能などの娯楽も生まれた。そうした経済と文化が発展した後に少子化が起きている。
江戸時代にはバブル的好景気の後に元禄文化を始め、様々な社会制度の確立に伴い武士文化の一部から派生した町人文化の大発展によって、女性の社会進出の増加と晩婚化が進み、歌舞伎や浄瑠璃など各種大衆娯楽文化の発達の後に少子化が起きている。

このような歴史上の少子化現象が、経済や文化が大発展した後に訪れた長い不況期に起きているということを見ないで危機感ばかりを喧伝すべきではない。どうやら
少子化現象と親に依存する放蕩者の増加がセットになっているようなのです。
 
 続く・・・
 
※関連記事
①この長期化している「不況の本質」と処方箋
 
「1・日本と大陸における基底文化の相違」からの続き
 
日本は寺社仏閣や城が火災などで消失しても元の姿に再建するが、異民族が相次いで流入する大陸では其のまま放置される場合が多い。
 
これも異民族の流入が有ったか殆ど無かったかという歴史の違いであろう。それに比べると、日本は紀元7世紀頃から高い芸術性を発揮した文化が存在していた。
 
平安時代に最高潮になったが、その後の武士の時代も高い芸術性は全て否定されることなく継承された。武士の仕事は戦争だが、意外と文化的であったことがわかっている。
 
武士は武力で支配権を獲得すると何故か直ぐに貴族的になってしまう傾向がある。これは諸外国でも似たような現象があり、少しでも情勢が安定すると直ぐに文化的に凝り始めて戦国時代であっても心の拠り所を常に文化に求めるようになる。
 
天皇の権威は何かと言えば「長きに渡り連綿と受け継がれてきた古典文化」であるが、和歌や書、それに礼儀作法など貴族文化の総本家である。
 
実は武士の多くは貴族の生活に憧れていた者が非常に多かったから、豊臣秀吉の金ピカ趣味を毛嫌いしていた武将たちは、関が原の合戦前に東軍の側に就いた。
 
東軍が勝利すると其の武将の多くが、突如として芸術文化を好んで貴族的になっていった者が意外と多かったのだ。
 
江戸時代の大半は芸術文化で切磋琢磨していた時代でもあったし、戦争が無くなった代わりに芸術や文化の競争をしていたとも思える。
 
江戸では将軍が天皇家の御所や内裏などを真似して巨大な庭園を造り、各藩の大名が将軍家の真似して庭に凝り、立派な庭を競い合ってお客を呼んでは自慢していた。
 
だから江戸の町人の職業は約4割近くが植木職人であったようで、大名屋敷に行っては庭の手入れを行っていた。そうなると自然に武士の生活を垣間見るようになり、植木職人も上流の文化を知るようなる。
 
大名屋敷で働いている女中と仲良くなる植木職人も多かった。その植木職人たちに情報が漏れていった。そして自分たち庶民でも楽しめる「遊びの文化」を彼らが求めアレンジし始めたことで、町人文化が花開いていった。
 
その多くが上流文化を簡素化していたものが多かったようだ。それに大名屋敷での生活ぶりや起きたお家騒動事件などを皮肉って芝居をしたり歌舞伎で上演したりすると「不謹慎である」と言われて初期は弾圧されたりした。
 
しかし、そういう上流階級の文化を少し取り入れた大衆文化が普及していったことで、様々な派生分野が生まれていき多層化していった時代が約200年以上あった。
 
その当時は鎖国もしており「各藩も含めて秩序ある日本連邦」を形成していた。そう、時代を先駆けていたのです。
 
京都文化や江戸文化が参勤交代によって地方にも普及していった。よって日本は諸外国と比べても文化の普及が徹底して早い。
 
良く言えば流行に敏感であり、熱し易いが醒めやすく、喉もと過ぎれば熱さ忘れ易いという傾向も、もしかするとコノ頃から醸成されていったのかもしれない。
 
これは欧米と比べても異なる現象であり、特に国家として誕生してから約240年程のアメリカとは全く異なる悠久の長い歴史に裏打ちされた様々な基底文化が存在しているのである。
 
そして次第に芸術が法的にも行政的にも反映され、それが学問にも取り入れられ広がっていく。
文化の発展によって各種の派生産業が生まれていき、産業を始め庶民生活の中にも反映され社会現象になっていくことで、倫理観・礼儀作法・宗教などにも大きく影響を与えていった。
 
だから日本人は、まず作品が美しいかどうか、仕上げが滑らかでキレイかどうかを判断する。そのような精神文化が、長い年月を経て培われていった。それに、大陸の諸外国のようにメンバー交代が極めて少ない。
 
大陸国のように国境が地続きだから直ぐに異民族に侵攻され武力的に支配されたという経験が約1500年近くない。
戦国時代の下克上と言ってもそれは内戦であり日本人同士で戦った内戦のようなものだから、決して大陸国から侵略され実権支配されたわけではないのだ。
 
例えば、もし仮に元寇襲来のときに2度も台風が来なかったことで侵略されてしまい、モンゴルの全く異なる風習や言語を強要され、日本古来の文化や伝統を全て葬り去られたかもしれないが、幸運にも其れが無い。
 
地続きの大陸国の多くは、侵略してきた異民族の支配者一族に若い女性を数千人も献上して混血児をたくさん産ませて、其の子等を政治や行政の要職に就けさせたり、政略結婚のために使ったりして民衆支配の礎にしたという歴史が多く見られるが、そのような事も日本ではない。
 
また、大陸では異民族が侵攻して武力的に支配すると、前の王朝で被差別民だった者たちを政治や役人などに意図的に登用していくことで、嘗て自分たちを差別した人民に復讐するために強権支配するようになる。
 
帝政ロシアの時代には、ロマノフ王朝の意向で迫害され最下層に追いやられていたユダヤ人だったが、ロシア革命は世界統一政府の実験国家を造るためのユダヤ革命でもあった。
 
ロシア革命後のソ連時代においては、ソ連共産党の構成員の大半がユダヤ人で占められていたことからも為政者の逆転現象が起きたのです。
 
しかし、ロスチャイルドなど国際金融資本が傀儡である「隠れユダヤ特権支配階級」に命じて軍拡に進み、莫大な税金を軍需産業へ流して巨額の利益を搾取するという欲望だけが増長されて結果的に破綻した。
 
現在の米国もロスチャイルドに米国統治を任された隠れユダヤのロックフェラーによる支配による、必要以上に無駄な軍拡政策によってユダ金傘下の金融業界や軍産複合体へ莫大な税金が投入された。
 
戦争経済と金融工学を合法化させて推進するために、国民から更なる熾烈な搾取が行われ、ユダ金の所要物であるFRBとユダ金の息がかかった議員や官僚が多いワシントン政府の愚策による結果、既に米国は事実上破綻しているも同然である。
 
こうして、ハザールやマグレブがルーツの偽ユダヤ教徒たちによる欲の皮が突っ張った結果、世界統一政府などは夢想となり霧散してしまうだろう。
 
それたので話を戻します。現在において日本に残っている文化や伝統は我々の祖先が選択したものであり、決して異民族から強要されたものではないということである。
 
このような明確な宗主国を持たない国は世界では極めて稀であり貴重な地域なのである。大陸の諸外国の歴史の多くは、侵略されて強要されて一時的に一般化した。
 
だが、その後に革命が起きて支配階級だった異民族を追い出した後に、強要されていた風習や言語を破棄して再び元の伝統や文化を復活させたことは多々あるが、日本にはそういう経験や前例が無い。
 
これはとても貴重なことである。日本人は何故に文化に凝るのか、という答えはこのような歴史の中にあるのであり、強要された文化や言語は無いし入ってきても自由に選択できて嫌なら採用しなかった。
 
だから、現在において残っている文化は祖先が好んで選んだものばかりなのである。例え強要された場合でも、其の文化は直ぐに廃れる傾向がある。
 
実は世界中で日本ほど自由に多種多様な文化を取り入れて混合して熟成させ、それらが花開いた国は無いと思う。
 
常に異民族の侵攻によって翻弄されたユーラシア大陸の諸外国を始めとした大陸国よりも深く醸成している。この事は意外にも日本人気づいていないし知らないようです。
 
思想は何処から生まれたのかという議論が以前にあったが、世界では孔子の教え・仏教の教え・キリストの教え・・・などの聖典を基本とした教義が存在し、それを後世の人たちが議論して追加していく。
 
それが徐々に派生していき分派していくと新たな思想が次々と生じてくる。つまり、思想とは聖典を基にして多数の後世の人間たちが討議した結果として生まれることが多いということです。
 
釈迦の後に、弟子たちが数百年も討議したり議論し追加していった結果、現代のような様々な宗派の分かれた仏教ができた。
 
孔子の後にも多くの弟子たちが討議し編纂したり追加していった。キリスト教も同様であり、様々な宗派に別れていき、分かれた宗派もまた分派していったことで勢力争いも生じた。
 
要するに先人の思想を後人が討議したり吟味したりできる自由がなくてはならない。
毛沢東思想を崇拝し続けていった先には、後人は討議や改変や議論さえも出来なくなってしまう。
 
だから中国にはイデオロギーはあるが肝心の社会通念の思想は少ないから、相手を貶めたり謀略で失脚させたりすることが平然と行われているのであろう。
 
マルクス・レーニン思想を掲げたソ連も基本的な考え方は良かったのだが、ユダヤ特権階級の存在や1度決めれば後戻りが出来ない5ヵ年計画などの融通が利かない無駄なイデオロギーが優先された。
 
体制に反対する者は追放するか葬り去られてしまうだけだった。そこには、理念は共有化できたが、社会全体で共有できる思想は存在しなかったのです。
 
欧州ではルターの宗教改革の後にカトリック教会と結託した王族や貴族の弾圧を受けながらも、新教徒のプロテスタントは聖書を討議することが出来る自由を勝ち取ったのである。
 
それまでは新約聖書の解釈はカトリック教会が握っていたので、教会は「一般人が聖書を読んではいけない。凡人が読めば自己中心的で間違った解釈をしてしまう。
 
だから、専門家である神父の話を聞いて、ただ崇拝していれば良い」と教えていたからだ。そのように神父の権力を強めていくことで教会の支配を確立してしまうと、今度は教会内部や神父が腐敗し堕落していく。
 
彼らは、神に許されているからと嘯き平気で様々な悪事を行うようになる。それで荘園での強制労働や年貢の取り立てに民衆が立腹して宗教改革を行った。
 
だが、それは聖書は自分で読んで神と直接的に対話したいという民衆の意思も存在したので、自分で読むためにはラテン語を始めとして其の地域の文字を勉強しなければならないから、急激に言語学が盛んになる。
 
そして次第に学問が発展していくと大学が出来るようになる。ボローニャ大学を始めとしてケンブリッジ大学やオックスフォード大学など古い大学が出来たのもコノ後の頃からである。
 
難解なラテン語の聖書は不便なので、ドイツ語やオランダ語や英語に翻訳され印刷して配ったので、カトリック教会は憤慨して様々な妨害や弾圧を行ったが、既に時代は大きく変っており教会の権力は次第に失墜していったのです。
 
それを宗教改革というが、そのような経緯で民衆が自由に聖書を読めるようになったことで、欧州に思想という概念が生まれたから、そう考えると僅か500年足らずの思想文化である。
 
ユダ金と半島勢力に汚染されている、NHKや民放の「日本はもうダメだ」キャンペーンに扇動されないようにしましょう。いったいドコの国のメディアでしょうか。本当は日本は世界最高の国なのです。
 
続く… 
 
 
●気づけば“一周遅れのフロントランナー”に!世界危機で聞こえ始めた「2012年日本再浮上」の福音【真壁昭夫コラム】
(ダイヤモンドオンライン 2011年12月6日配信掲載) 2011年12月7日(水)配信
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/diamond-20111207-07/1.htm
 
 
 
現在、大陸国において日本のアイドルが大人気を博している。これは日本という国の信頼度が非常に高まっていることもある。
 
日本円や日本国債は海外の投資家には安全性という理由でも人気である。円高は日本円が高く評価されているという意味でもあり、米ドルやユーロが信頼を失っているということも同時に意味している。
 
「円高は悪」という見方が一般的だが、其れは米ドルやユーロが貿易決済で使われている基軸通貨だからであり、日本円が貿易決済に堂々と使われるようになると、この円高問題は霧散してドル買い介入すら全く必要なくなってしまうだろう。
 
日本円が機軸通貨となる資格は既に十分にあるのだが、欧米が絶対に認めないのです。日本円の基軸通貨化を認めれば、其れは即ち米国とEUの時代が完全に終焉するという意味だからです。
 
また、米ドルとユーロの価値下落を助長し、米国とEUを更なる危機に貶める地域通貨構想を壊すことに懸命だ。リビアが提唱していたアフリカ統一通貨として、金本位制を採用したディナール通貨の構想を軍事攻撃で破壊した。
 
其の覇権を何としても手放さないためにも、様々な汚い手段を使ってでも阻止しようとしている。ロシアを含むブラジル、中国、インドといったBRICs諸国が今年から米ドルやユーロに対抗できる共同地域通貨構想を掲げている。
 
其の上、今回ではロシアがベネズエラと一緒に共同銀行を設立する話が持ち上がった途端に、欧米ではロシアを誹謗する報道が行われている。
 
プーチンは「米国は世界経済の寄生虫とまでは言わないけど、ドル基軸の地位に寄生している」と糾弾しています。これは明らかに皮肉を込めたイヤミでしょう。
 
米メディアのポチである日本のマスコミも時事AFPや共同通信などのメディアからの情報を鵜呑みにして流している。ロイターもAPも全部、ユダ金一派の持ち物ですから。
 
だが、私たちが得ている其の情報の大半は単に欧米に都合の良いメガネで見ている情報に過ぎず、中には真実とはいえない部分も含まれています。
 
良く調べればロシア与党は連立政権であり、与党は約8割を占めている安定政権であるが、プーチンの政党であり与党第1党の「統一ロシア」が少し議席を減らしたが、だからと言って与党の敗北ではない。
 
ロシア下院選挙では、与党 80.9%(統一ロシア50.2%、公正ロシア12.93%、自由民主党11.67%)野党 19.1%(共産党、其の他の新勢力3党は議席無しで大敗北)これのドコがプーチン敗北なのか?全く理解できません。
 
これは、偏向というよりも悪意に満ちたプロパガンダであり酷すぎです。そうしたことをnhkですら過大に取り上げ、まるでロシア政権危機を煽るかのように偏向報道している。

与党勢力が大勝したことで、来年のプーチン大統領の誕生後のロシア政治体制は、欧米諸国とは異なり更にに強固になるでしょう。
 
だから何としても在露ユダヤ人を動員してデモを起こし、ロシアの世界的評判を貶めて邪魔したいのです。
「今のロシア人の中産階級は嘗て無いほど良い生活を送っている」とも報道されており、中国や周辺国とも既に国境問題を解決したことからも、プーチン改革が成功したともいえます。
 
更にモスクワで起きた反プーチンを掲げる約2000〜3000人程度のデモを取り上げているが、タイのタクシン元首相デモの時もデモ参加者に路上でカネを配っていたことからも、貧困層にカネを撒けば2000人程度は動員でき簡単に世論誘導など出来る。
 
一方で、シオニスト支配の米国メディアの言いなりの日本のマスコミは、日本において2万人以上に膨らんだ反TPPデモは取り上げずに無視して大衆が真実を知ることを妨げている現状。
 
こうして、現在は「経済と情報による戦争」の真最中なのです。自国を有利にするために相手を貶める悪意のある歪んだ情報が流されているのです。
 
現在のような円高では世界中の製品や食物が安価で入手でき、海外旅行では大きなメリットもある。既に日本が経済的な覇権を握っているのです。
 
話を戻そう。今まで、キリスト教国の欧米では、日本のような身近なアイドルというか芸能大衆娯楽文化が極めて希薄だったと思う。元来、偶像を表す「idol」だが、其れが人気者という意味に変化した。
 
今流のアイドルの概念は米国が発祥だとされているが、良く調べてみると日本の方が芸能文化の素地は遥かに古いことがわかる。
 
日本において人気のある芸能人や多方面で活動する歌手、俳優、グループ、タレント、 声優などを意味し、其の活動範囲も様々な分野に別れており地方も含めると更に幅広い。
 
現在では日本独自の存在として認識されている其の歴史的背景には、能や狂言から歌舞伎や浄瑠璃を始め、各地で開催される「お祭り」や旅芸人や旅一座など大衆娯楽が存在したことも大きい。
 
これはドチラかと言えば神道と景教と仏教の合わさったような文化だからだ。仏教も偶像崇拝で、キリスト教もカトリック派はマリア像やキリスト像などを崇拝する傾向にあるが、元々はユダヤ教から派生した古代キリスト教は偶像崇拝ではない。
 
それは東方に伝播した景教をみればわかる。この場合の景教とは5世紀に異端の烙印を押されアジアに伝わったものでは無く、1世紀ごろからアジアに伝わっていた古代キリスト教である。
 
一般的に言われるように、仮に景教徒がネストリウス派だとした場合、異端として追放されたのは451年です。だが、実は中国で景教というものは幅広い意味を成している。
 
ジア全土に広がった古代キリスト教も中国では景教と呼ばれていたというのだ。
このことは、古代キリスト教はイエス・キリストが直接、弟子たちや現地人に教えていた
信仰であり、そのときはカトリックやギリシャ正教やプロテスタントという派閥は無かったのです。
 
それたので話は戻るが、キリスト教は仏教と比較して思想が浅く短絡的である。その方が理解しやすいとも言えるが、歴史上においては多くの大衆が教会にゴマをすってきた。
 
だから、画家や彫刻家などの芸術家は、権力の強かった教会から仕事を得ようとするので、どうしてもゴマすり絵や彫像になる。
 
主なスポンサーが教会だったので仕方がないが、其れが14世紀になると地中海航路によって莫大な富を得た豪商がスポンサーとなっていった。
 
またペストの大流行によって人口が激減し、其れまで農奴制で成り立っていた諸侯や教会の支配力が大幅に激減したことも大きかった。
 
其れが人間性の回復と芸術性の回帰であり、キリスト教の価値観内でマリアやキリストなど宗教関係の人物を描いたり彫るだけが許された時代から、人間や大自然を対象したものを描いていこうという気風に変化していった。
 
要するにスポンサーが交代したのです。キリスト教徒ではない人も絵を描いても良いという時代になった。
宗教離れが本当の人間性の回復であり、其れは音楽家にも宗教離れ思想が感じられる。バッハの時代よりもモーツァルトの方が宗教に縛られていないと思う。
 
多くの画家が商人に頼まれて自分や家族の肖像画を描いて生計を得るようになった。其の肖像画は実物よりも格好良く美しく描いてスポンサーの機嫌を取った。
 
其の絵は実物とは何割増しか少し違うので、自分の家だけに飾り招待された親しい友人や知人以外は見ることが出来なかった。
 
だからといって教会の支配力が完全に弱体化したわけでは無いから、肖像画を多くの人たちに知られると反逆罪にされる危険もあったので、多くの商人が自宅の中だけに飾り、一般に普及する芸術までは更に年月が必要だった。
 
其の後は絵の具の進歩によって大量生産化が実現し、絵の具や画材の値段が下がりスポンサー無しでも絵が描けるようになり、街中や山河に出かけては写生することが出来るようになったのが印象派の原点である。
 
印象派は其れまでは絶対に描く事がタブーとされていたキャバレーのダンサーや娼婦などの風俗業に従事する者や、海や川や山など大自然の絵を描いたりして、モデル代金も一切不要となった。
 
其の事からも宗教とは完全に離れた状態で絵を自由に描く事が出来るようになっ
た。其の印象派が台頭した背景には、オランダから欧州各地に渡った日本の浮世絵の影響が大きかったのです。
 
セザンヌ、モネ、ルノアールなどの印象派の画家を日本人は好きだが、浮世絵に触発された人たちなのだから当然だといえよう。
 
印象派の台頭が欧州の芸術革命をもたらし、キリスト教の呪縛とは離れたゴマをする絵を描かなくても良くなったからである。
 
天上の神や天使たちやマリアやキリストや其の弟子たちなど、宗教的偉人以外の絵や彫像は神を冒涜する大罪とされ、自然や人間を自由に描くことは許されない時代からの脱却と開放、其の原点が日本の大衆娯楽文化でした。
 
日本の大衆娯楽文化の真似とコピーから欧州の芸術革命が起きたのです。日本は「八百万の神々」というだけあって宗教的な呪縛は薄く、其れに関する自由度が中世期でも多かったのだ。

仏教はキリスト教とは大きく異なる。キリスト教は、神様がキリストを地上に賜ったので、其の感謝の意味を込めてキリスト画を描くのだとされた。
 
仏教は全く異なり、宇宙の根本原理や精神とは何かを考えることが始めであり、それを様々な擬人化を考えて、どの階層には菩薩がいるとか観音がいるとか、抽象的で神秘的な宇宙や霊界の構造を想像して仏画にしていった。
 
其の菩薩たちの顔は約50億年も物事を考えつくしたような顔をしているはずだ!と考えた。宇宙の根本原理を具現化すれば穏やかな顔であるということを想像しながら描いていたからです。
 
要するに、カトリックなどのマリアやキリストの絵は、本来はアジア系の実在の人物を白人風に変えて描いていたが、仏教画は「宇宙の根本原理」とは何かを想像したものを描いていたということである。
 
これは其の中に込められている精神構造が全く異なるのである。そういう仏教精神が日本の伝統芸術の中に色濃く残っている。それは仏教の伝来を辿って中国へ行っても同じような仏教画や仏像があるかと言えば、其れは否だろう。
 
中国などにある絵は単なるペンキ絵に思えてしまい、街中にある銭湯の富士山の方が遥かに上手である。それに仏像は細部の仕上げが非常に雑である。
 
それは何故か?広大な土地のアチコチに設置するために大量生産で描いたり造ったりしたからである。先ずは手広く普及させることが主体となったことで、写実的な細部の仕上げが省かれていってしまったのだろう。
 
これは民族性の問題も少しあるかもしれない。現在の中国でも橋やビルなど粗雑な造りでも手抜きして早く仕上げてしまう傾向がある。
 
国威発揚を目的とした式典を重視するが、其の式典に間に合うように早期完成が求められ、工事資金の中抜きも行われていることも確かだが、其れが結果として手抜きが堂々と行われている所以である。
 
早く「大国である」と世界から認識されたいが為に無理に背伸びをしている様にも思え、まるで何かの脅迫観念に取り付かれて追われているかのようである。
 
大陸国である中国は、歴史や伝記や地図などの書物は残すが、物は残さない傾向が高いようです。
常に異民族が侵攻してきて一時的に戦乱となり、領土を奪われていった歴史ばかりだから、王朝が変れば前の王朝の産物は利用価値があるものは残し其れ以外は大半が壊されることが多い。
 
中国共産党が行った文化大革命も似たような現象であろう。国民党の中華民国からから奪った政権だからで、後で観光などで役に立ちそうなもの以外は殆ど潰してしまう。
 
国家至上主義によって、上海を始め日英仏独の各国の文化が混在した都市の租界も火が消えた。国家を最重視すれば次第に都市や地方が疲弊していくことは世界の歴史が物語っている。
 
中国を始め大陸地域では約300年以上前のモノでキチンと当時の形のまま残っているものは意外と少ない。奥地にあった敦煌は偶然に発見され、非常に古いものが出土したから極めて貴重であるという。
 
だが、それは砂漠の中に半ば埋もれていたから難を逃れたものであって、アノ敦煌時代の建築物で残っているものは他には殆どないのだ。
 
続く…

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