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マスコミが報道しないので多くの日本人が知らないが、OECD加盟国の中で1人当たりの国民平均所得は日本がトップである。
一番低い順番からギリシャ、スペイン、イタリアである。オーストラリアも意外と低い。実態経済で見れば、日本は世界最高レベルの高額所得国民なのです。
フランス、ベルギー、オランダ、オーストリア、イギリス、アイルランド、フィンランド、スウェーデンなどは、日本人の約6割〜7割程しか国民所得がないのです。この水準に合わせようとしたら、日本経済を意図的に減退させなければならないのです。
過去のデータを見れば消費税の創設後と増税後は消費が落ち込み税収まで下がったのにも関わらず、当分先の社会保障のために増税するという。
だが、実際に5%の増税分のうち、社会保障費に充当されるのは1%だと岡田副総理が答弁していた。消費税に関しては小沢一郎議員や亀井静香議員の言う事の方が正論であると思う。
だったら多くても2%の増税で良いはずなのだが、日本が世界の中でも優秀すぎるので、何とか欧米のレベルにまで落としたいという国内外の勢力が暗躍しているとも思う。
欧米の財政と経済が酷い状況なので、日本も其の傾向に合わせるべきだと思っているのだろうか。つまり、欧米への「おつきあい」で日本の経済水準を下げようとしてしているようにも思える。
国民が知恵を絞って様々なものを開発したり生み出したりして頑張っているのに、一部の政治家や官僚が経済力を欧米の水準に合わせようとしている事は、まさに裏切りの国賊的な行為に等しいと思ってしまう。
また、脱官僚をスローガンに掲げていた民主党だが、政権担当能力の希薄さが露呈し、今では官僚支配政治となってしまっている。
野田首相も、財務官僚、衆議院議員に当選、財務副大臣、財務大臣、総理大臣といった経歴であり、政府の財布である財務省の意向を強く汲んだ政治家であることは明白となっている。
今や人口が多い団塊世代が大量に役所を退職することからも、其の退職金の捻出も消費税の増税の中に含まれていると思う。
政権交代当時に脱官僚を謳っていても、政権の素人集団にとっては近年までは暗中模索の状態だと思われ、官僚のアドバイス通りにしたり書かれた文書を其のまま読めば何とか形になりラクだかという面もあるだろう。
民主党の野党時代は小沢や鳩山が主流派だったことから脱官僚を謳ったが、現在は脱官僚思想とは対極の派閥が執行部となっていることから、今や財務省主導の政権となっていると思われるのです。
日本は未曾有の不況だといわれているが、中世期が近づきつつある欧米に比べれば明るい未来に繋がる要素も数多く存在している。其の1つに、日本は15年以上も前からGDPが横ばい状態で推移し大きく下落していない。
欧米は軒並み大幅に下落しているのにも関わらず、日本は約500兆円ものGDPが横ばい傾向のままで大きく下がっていないのです。
「マスコミも未曾有の大不況だと言っているし、この不景気だから下がっているのでは?」と思う人が多いかもしれないが、成熟したり衰退したりする産業がある一方で、嘗ては派生産業だったものが大きく発展してきて新たに基幹産業の一角に伸し上がろうとしているのです。
つまり、産業構造の世代交代が起きているという移行期なのです。この移行期には新旧が互いに共存しながらも、次第に新しい産業群が旧態産業にとって変わっていくという現象が進行する時期なのです。
酷い不景気で苦しいと言っている分野は、おそらく数十年前から存在している産業ばかりではないだろうか。大体、統計的に見ても60年ほどで1つの産業が陳腐化する傾向がある。其れだけの年数を経れば競合も多く乱立し類似品も多く出回るようになる。
売り上げが激減したり、受注が大幅に減少したりしている分野は、過当競争に晒されている状態であると共に、時代に必要されなくなっている分野であることが判ってくるだろう。
だからといって悲観する事はありません。隙間のニーズを探して立ち上げれば新しい成長カーブを書くことが出来るので、既存の産業でも生き残れることが出来るのです。
話を戻します。「日本は物価が高いから豊かではない」という有識者がいるが、本当だろうか。日本の物価高は特に高級品に対して言えることであり、中国製の洋服を着てオーストラリアやニュージーランドの肉や野菜を食べていれば生活費は安くて済む。
しかし、グローバルスタンダードとは、世界中で同じものが同じ値段で買えるようになる事なのだという側面もあるのです。
つまり、一般の会社員世帯で各国を比較すると、年収で300万円台がOECD諸国の平均であるから、日本人は其の点でも世界トップの所得を得ている人が多い。
確かに平均よりも遥かに高い収入を得ている人たちは各国にも多くいる。しかし、日本人の富裕層でも、ロンドンのシティやニューヨークのウォール街にいる「カネの亡者ども」のような収入を得ようとするのは本当のグローバル化ではない。
日本にいるグローバル礼賛の有識者たちは、どうやら「米英の金融エリートと日本人の大衆」を同一線上で論じているように思えるのです。
そういった極めて少数の人たちの収入や生活をモデルとして掲げる経済指標は、本当の意味でのグローバル化ではなく一般的視点では誠に異常な世界なのです。
米英でも普通の会社員は其の様な収入は得て無いし、ましてや其の様な仕事や生活も送りたくないという人が実は多いのです。むしろ、ほどほどの収入で楽しく安心にユックリと暮らしたいと願っている人が多い。
其の米英のエリート層の収入や生活と比較し、彼らの生活を目指すように喧伝される日本は、どうやら経済学や報道も大きく歪んでしまっているように思える。
日本人の大衆が世界トップの収入を得ている理由の1つに労働時間がある。日本人は相変わらず労働時間もトップレベルだ。他にも常に改良や創意工夫をしていることも挙げられる。
これからの日本で、仮に米国が主張しているTPPの項目が全て導入されれば、一般の会社員の給与は急激に下がって米国標準の200万円台になる可能性さえある。
イタリアやフランスなど欧州の大陸国に暫く滞在すると1日が非常に長く感じる。まるで時計が狂っていると思うくらいだが、午後4時頃には商店のシャッターが閉まる音が聞こえたり、商店の中には店内の照明を減らす店もある。
彼らにはサービス精神が無いと思って呆れてしまうのだが、そうしないと自分の時間が持てないからという理由もあるのです。
しかし、日本人のサービス精神の凄さは、お盆や元旦に営業している事に象徴されるような年中無休が全国に浸透している。
顧客から見れば便利になったが、其の企業で働く従業員は正月さえも働いて家族に寂しい思いをさせていないか。そして昔のような家族団らんの時間が少なくなっていると思う。
もう、日本人の企業家たちも、自分たちの生活レベルを世界最高の生活レベルから更なる高みであるエリート層のレベルへと向かうようにするのではなく、もっと従業員の家族が団らんを大事にするようにしていった方が幸福になるのではないか。
週給2日が導入されてもなお、成果主義におけるノルマのために休日出勤を繰り返している人も多く、精神的に追い詰められ未だに過労死がある。
年収が300万以下に減ったら本当に生活が出来ないのだろうか。其の年収の人たちでも、液晶テレビやエアコンや冷蔵庫や洗濯機を持っている人が多数を占める。また、地方では自動車も8割以上の人が持っている。
「世界が100人の村だったら」という本があるが、主要な家電を持っている日本人は本当に貧しいのだろうか。何も欧米の金融エリート層を目指す必要は無いのです。
まさに世の中は「諸行無常」であり、時代は常に変化し続けていますから、嘗て栄華を誇った其の金融エリート層も金融工学の欠陥が露呈するに従い次第に追い詰められているのです。
考え方を変えれば日本人の殆どが、物質的に豊かな生活を送っていることは理解できます。2002年に日本でサッカーワールドカップが開催されたが、大量のチケットが売れ残る現象が起きた。
取り扱い企業の不手際もあったが、本当の理由は欧州各国のサッカーファンが経済的理由で日本へ来ることが出来ない人が多かったことが最大の原因だと思う。
つまり、日本人の半分程度の収入しかない人たちが多いので、飛行機代や宿泊費が捻出できないのです。欧州ならば自動車に荷物を積んで国境を超えることが出来るし、車中で寝泊りして宿泊費を浮かす人も多い。
だが、アジアで開催されれば其れが出来ないからだ。日本人は不景気と言われているのにフランスを始めとして南アフリカにまで応援に行く人が多いのです。
米国人でさえ、最近は「カネが全ての基準」というのはバカらしく思う人が急増しており、カネ以外の価値観を求めてアジア思考に傾倒する人たちも増えている。
むしろ、米国人の殆どがアメリカンドリームなど既に無縁だと感じる人たちが大多数を占めている。日本人も、そろそろ時代遅れなままで思考停止した欧米礼賛の思考を変える時期に来ていると思う。
既に世界でトップレベル以上なのに、これからは立場が危うくなる金融エリート層の収入を目標にして家族や人生の楽しみを犠牲にしてまで成功したいという脅迫観念から開放されれば、現在の日本では幸福な生活を送ることが可能となるはずです。
日本は社会インフラが整備され、悠久の歴史に培われた世界最高レベルのシッカリした文化基盤もあるから、やがて其れが日本の産業において大きな武器になっていくのです。
西洋キリスト教的な価値観に縛られない八百万の神々的思想が浸透した日本だからこそ、世界が憧れる国へと変貌していくことが出来る。
現代ではキリスト教的価値観から開放されたいと願う人たちも世界には増えている。教義や掟に縛られた母国よりも日本の方が落ち着くという人も出てきた。
そういった人たちが、何でも受け入れる懐の深い日本の文化や思想に興味を持つようになっている。また、叙情的な日本語の奥深さや季節言葉の多さに惹かれる人も増えつつある。
また、江戸時代に学べば大金を使わなくても幸福に暮らす方法はあるので、先ずは私たちの発想を大きく転換することが必要なのです。
要するに、第3階層の日本人でも欧州諸国の大衆よりも、約3割〜4割以上も多い収入を得ていることになる。急速に進むインフレ傾向の欧州とは異なり、円高の影響もあって日本のデフレでは食料品や衣料品も安く買える。
それなのに、未来を悲観して自殺する人が後を絶たないのは、テレビの情報だけに頼って社会構造の真実が見えないという現状が、そもそも間違っていると言えるでしょう。
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雇用と格差の問題
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前回からの続き
年度末は、移動する人が仕事関係者や知人にもいるので何度か送迎会が行われるが、今年は2箇所で其の幹事を担当することになったので忙しかった。
さて、本題に入ります。日本の欧米化が進む中で、今まで多くの人たちが目指していたことに背を向ける「従来の常識とは異なった思考と価値観」が生まれつつある。其の既存とは異なる価値観とは何だろうか。
一時期、しきりに「転職を繰り返してサクセスアップを実現する」「20代でベンチャー企業を起こして上場する」などが言われてきたが、こうした成功神話のモデルも殆どが米国や英国から来ている話が多い。
日本も其れを真似しようという人が急増したが、其のバブルさえも弾けてしまい、今では多くの人たちが失敗したり再起が困難な状況に追い込まれている。
中には軌道に乗って成長を続けているベンチャー企業が多いが、これからは更に減っていく。日本国内における経済有識者などが相変わらずグローバル化こそが正義であるように叫んでいるが、実際問題として米国の実態は大きく異なっている。
要するに日本の有識者たちは、米国や英国で起きた「成功神話」を鵜呑みにしているに過ぎない。まさに「木を見て森を見ず」の状態であるが、ごく稀に起きる成功神話に注目し、これが米英の経済手法だと風潮しているようなものです。
実際に、知人の息子さんがゴールドマンサックスに入ったが、其の実態はイメージしていた事と大きく乖離しているようなのだ。彼は大卒後に新卒で入った日本国内の企業を辞めて高収入に惹かれて入った。
しかし、1年後に精神的に病んでしまって退社し、今では人間不信に陥り仕事をする気が起きずニート状態になっているという。彼と同時期に入った多くの日本人同期も辞めてしまったようだ。働いていた当時、日本企業が懐かしくて羨ましく思ったという。
従来の日本企業は新卒では殆どが正社員として採用され、安定した給与と労働の場を保障される。しかし、米国では、基本的に其のような雇用システムが無い。
だから、成果主義とは名ばかりで実際にはノルマが厳しく、多少は顧客に嘘情報を流したりする場合もあるようです。そういった仕事に耐えられない優しい性格の人が精神を病むようになる。
英国でゴールドマンサックスの社員が会社を訴えたことがあったが、こうした事は今後も世界各地で起きてくるでしょう。
外資系企業で出世したり勤続できる人は、意外と其の点を割り切っている人だともいえる。最近では、米国人でさえ日本的な雇用システムの素晴らしさを賞賛する人も出てきた。
其の上、日本のように新卒で就職して安定した給与よ雇用が維持される企業があるなら、自分も其の会社に入りたいという米国人も多くなっているという。
また、米国での芸能人は、日本のような芸能事務所には所属していない人が大半である。彼らの多くがフリーだったり個人事務所のようなものを設立し活動している。
米国人のタレントだったリア・ディゾンさんは、そういった米国の個人的な慣習よりも、タレントを会社が面倒見てくれる日本的な芸能界に魅力を感じて来日したという。
話を戻します。キャリアを生かしてステップアップが米国では当たり前と思っている日本人が多いが、実際には再就職が日本よりも難かしく、若者が失職すると一か八かで起業する人が多い。
しかし、人生経験が少ないので殆どが失敗するケースが多いのが実情。そして、webの普及と翻訳ソフトによって欧米人が日本社会を知り始めている。
日本は新卒で入社すれば誰でも正社員であり、安定した所得と雇用環境を保障されていたのであり、米国人でさえ羨ましいと思うような世界でも稀有な安定雇用社会だったのです。
其の日本も構造改革を契機として、労働者に対して厳しい米英並みの社会に移行しつつある。マスコミでも「成果主義は素晴らしい」と喧伝されたことで、日本人の多くが成果主義は良い事だと思っている。
だが、TPPなどで更なる米国化や階級化社会への転換が進めば、現在において日本の会社員が思っている悠長な思考は無残にも崩れ去かもしれない。
特に外資系ファンドなどが筆頭株主となっている日本企業が言う「成果主義」とは単なる名目に過ぎないのです。
今までも何度も記事内で書いてきたが、能力主義や成果主義というものの正体は、特定のエリート階層が受け取る報酬を増やすことに繋がっているということです。
外国人に乗っ取られた経営陣が行おうとしているのは、自分たちエリート階層に手厚い報酬を増配し、非エリート階層の社員から既存の待遇や報酬を引き下げていくという意味なのです。
日本でも多くの企業が成果主義を実施しているが、其の成果主義の導入によって個人の能力が正しく評価されているか多いに疑問が残る。
米英のように、社会コネクションや派閥優先とか更にはゴマスリの上手く同期や部下の手柄を自分の手柄としてしまうような人物が不当に高評価されていないだろうか。
7年ほど前に富士通などが、米式の成果主義を見直していく方針に再び転換していく方針を打ち出したが、其の現象そのもの自体が日本には成果主義が合わないという証拠だと思う。
其の富士通は近年、アライアンスバーンスタインという外資ファンドがアッという間に筆頭株主になってしまい、再び成果主義が残ってしまったようである。ここは東電の筆頭株主でもある。
また、日本で原発の安全管理を請け負っているイスラエルの「マグナBSP社」は、本来なら真っ先にマスコミに叩かれ追及されるはずだが、1度たりともマスコミで指摘されない。
東電の筆頭株主がアライアンスバーンスタインだとも報道されない。こうした欧米やユダヤ系企業を指摘する事はGHQ以降から日本のマスコミではではタブーとなっている。
話を戻します。最近でも、新人の頃から成果主義を導入すると同期の間で険悪さが増幅されたりする傾向にあることが判明している。
日本は仕事が出来るようになる3年〜4年は給与は同額であることが、同期の結束力を高めて互いに欠点を補い合って切磋琢磨できるのです。
それなのに、最初から成果主義を導入すれば互いをライバル視して平気で足を引っ張ることも起きてくる。これが正しい仕事の方法なのだろうか。
グローバルスタンダードとは、欧州のローカル社会に受け入れられなかった被差別階級の人たちが、今度は金融寡頭勢力となって世代を超えて報復しているようにも見える。
ローカル社会から疎外された者たちは、仲間に入れてくれないのなら世界規模で自分たちのルールを作り上げ、其れを世界に押し付けるようになったものだということも現在では判明している。
特に大陸国は「強者支配の歴史」が主体だったため、カネの多寡や権力こそが全てといったグローバル化が浸透しやすい傾向にある。
歴史上において絶えず異民族の流入によって蹂躙されてきた大陸では、困っている人は常に放置されたり更に傷口に塩を塗りこむような事をされがちである。
だが、島国の日本では自己主張を慎んで謙遜したり互いに引き合って謙譲し常に「困っているときはお互い様」という文化が醸成されてきた。
欧米の言語を始めアジアでも大陸系の言語の文法は、自分の要求が先に発言される。例えば、英語では「Please …」「Can you …」「Can I …」、「I 'd like …」、などが最初に来る。
大陸国である中国語も英語の文型と似ていて「我 去 …」「你 是 …」などから始まり、基本的に主語+述語+目的語で構成されている場合が多い。
一方の日本語は、要求が文法の後ろに来ることから、どちらかといえば国内で争い事を避けることに有効な言語であるといえ、討論やディベートには向かない言語だと思う。
このように日本語と大陸系言語を比較すると、文法の大きな違いが中高大と英語を勉強しても、会話として最初に口から出てこなかったりナカナカ身に付かない理由の1つだろう。
英文を翻訳するときなど、文章の後ろから訳すと良いと学校で先生の教えられたが、そういう勉強方法では実際にはダメなのだと思う。
数年前、英会話学校が一時期ブームだったが、本当に外国語が身に付いた人は少ないのではないだろうか。
駅前の英会話学校を出た直後に日本語で話し、帰宅しても家族と話すのも日本語では直ぐに忘れてしまうし、仮に英語の文法の通りに日本語を話せば周囲から頭が変な人だと思われてしまう。
CDを聞いたりして独学もあるが、やはり現地へ行って朝から晩まで現地の言語に慣れなければ本当の意味で身に付かないのかもしれないのです。
話を戻します。政官財や報道の上層部の人たちの「常に欧米の真似をしていれば安泰」といった意識が大きく変わらない限り、この流れは後戻りできないと思う。
エリートや株主ばかりの報酬が増加し、実際に現場で汗水たらして働く大勢の人たちが、残りの少ない利益を分配される社会は果たして健全と言えるのだろうか。
何の対策も行われず、既に破綻しているも同然の米国を延命させるために、今後も日本が米国化の傾向を加速させていけば、欧米のように8割以上の人が下層へと追い込まれていくだろう。
其のとき、日本でも一握りのエリートと一般会社員の収入差が100倍になっているかもしれない。そういった世界こそ平等で公平だと説いている人は、自分がエリートの範疇に入れると思っているだろうか。
高齢者の医療費の負担率を元に戻す事を岡田副総理が明言しているが、TPPが容易に導入されるために各分野で予め地慣らしが画策されているように思えてならない。
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日本を含め、一般に先進国と呼ばれている国々の殆どで急激な不況感が社会全体を覆っているかのように見える。
しかし、良く見渡してみると既存の産業構造の制度疲労や陳腐化が加速化していることに気付く人も増えている。日本は第2次世界大戦に敗北し、米軍の空襲によって国土の大半が焦土と化した。
大人の男たちの多くがは戦地で亡くなったことで、当時は多くの若者たちが中心となって日本に再建に大健闘してくれたことで、日本は再び世界有数の経済大国まで上り詰めた。
しかし、前の世代の多くが戦死したために、現代と比較すると頭を抑えられることが少なく、其の点では団塊世代は自由度があったと思う。しかし、日本経済の牽引役として活躍してきた団塊世代の負の側面である癒着や傲慢さが大きく成り過ぎた。 彼らが現代の社会の大半で多大な権力を持って裏から牛耳っているからです。この時代遅れになりつつある既存の産業構造を壊し、時代に即した派生産業を次世代を担う基幹産業へと支援しなくては、未来は更に暗いものとなってしまうと思います。
つまり、この既存の産業群を必要以上に保護し続ける「過剰なまでなソフトランディング」政策を止めていけば、日本の景気は劇的な回復に向かうと思うのです。
確かに其の後に既存の産業群の衰退によって多くの失業者は出るかもしれないが、彼らが第1次産業に回帰したり新たな産業への転向などが起きて、時間は少しかかるかもしれないが回復へと向かうでしょう。
既存の産業勢力の衰退によって、癒着などの腐敗が表に出て関係者たちの洗い出しが行われることで、前の時代の遺物が掃除できるのです。
しかし、この大きな時代の転換期には、既存勢力の抵抗も非常に激しいものとなるから一般のサラリーマンはマダ喜べないのが実情です。
其れは、デフレが収まりインフレ時代が到来したとしても一般の会社員の給与は物価上昇と比較して上昇しないと思うからです。よって、仮にインフレ局面に移行しても会社員の生活水準は今後も少しずつ下がっていく。
米式グローバルスタンダード信奉者や構造改革派の経済学者は、「インフレに向かうことは庶民の敵となるから避けるべきだ」と数年前まで頻繁に発言していた。
現在でも相変わらず、米英を真似すれば安泰だという時代遅れの認識を持っている政治家や官僚が依然として多いから困る。
だが、本当に米英のような超競争社会が正しいのだろうか。其れが正しくなかったことが米英の経済や財政を見れば直ぐにわかる。
しかし、この長期化したデフレ時代において多少のインフレ傾向に振れても良いのではないだろうか。しかし、政治家や官僚の中にはインフレへの恐怖を持っている人が多いようである。
この米英化の傾向は、日本の雇用形態まで大きく変えてしまった。今までの日本人の勤務形態は、大きく分けて正社員とパートやアルバイトなどの非正規雇用の働き方が主流だった。
しかし、市場原理主義の台頭によって、日本企業の多くが外資ファンドなどに買われて役員を送り込まれて創業者一族が追い出され、正社員を大幅に減らして派遣や契約社員として再雇用する形を取っている。
これが新たな階級社会として、日本人の労働に大きな影響を及ぼしている。パートやアルバイトは年収が100万円前後の低収入である。正社員は、私生活や家族を犠牲にしたり嫌な上司にゴマをすりながらも我慢してまで、年収が500万〜600万円以上貰うという働き方です。
しかし、平均して年収が500万〜600万円を給与として受け取ってた日本の労働者は、世界の標準賃金にしてみれば遥かに高い水準となっている。欧米では既に300万以下が標準となっている。
グローバル化が更に進めば、日本人の賃金も大幅に下がるのは当然です。現在でも大衆レベルでは世界最高の給与水準を誇る日本だが、今後は更に世界標準の給与に近づいていくことが明白だろう。
給与の減少の他にも、新階級社会である3層構造社会が到来すると思われるのです。米国の様に、上層は数千万〜1億円前後の年収の人、中層は500万円前後の年収の人、下層は年収が200万以下の人たちの3層構造となっていく。
上層の人たちは自分で働くというよりも、資産を使って更に資産を増やすという資本家の側面を多く持つようになる。つまり、ロバート・キヨサキの本に書かれているようなカネがカネを稼ぐという方法である。
そして、中層と下層は賃金労働者として働き続けることになる。この中層と下層のうち、正社員が中層で非正規雇用者が下層に分類されるわけだが、欧米の様に、中層がドンドン減っていき下層に向かっていくのです。
既に大企業の方針では、従来のような一律で正社員として採用する時代は過ぎ去っており、新卒者の就職説明会に行っても大半が契約社員として扱いをされるケースも増えているという。
これまで、大学さえ出れば良い企業に就職できて其の会社に長く勤務するという事が日本国民の常識であり人生だった。そのために、良い学校を行き其の中で問題を起こさずに真面目に頑張れば良かったのです。
しかし、今では大学を卒業しても新卒で就職して2年以内で自主退職してしまう人が急増し約4割にも上っている。日本の産業を支えてきた「普通の会社員としての人生」がスゴイ勢いで価値を無くしているのです。
其の理由としては、上司や顧客に少し叱責されただけで辞めてしまう精神的弱さもある。それでは、正社員を辞めた労働者はドコへ行くのか?
其の大半が再就職に失敗して、3層目の下層である派遣社員やアルバイトになり、数ヶ月働いて資金を蓄えて旅行などで遊んでカネが減れば再び働くフリーターとなる人も増えている。
つまり、非正規雇用が急増しているのです。確かに非正規雇用の場合は出世も無い代わりに正社員よりも責任が少ないというメリットがある。
派遣社員は確かに給与は正社員の6割程度だが、其の責任感の少なさから自分で割り切って選択している人もいる。こうした若者の思考が大きく変化している現象が加速度的に増えている。
この3層目の人たちは数年前には「負け組」と呼ばれたりして負のイメージがあった。しかし、其の層が一番多いのです。いずれは3層目が主流派となる可能性が高い。
更に4層目の人たちが出てきた。そう、生産しない人たちである「無職」および「ニート」や「引きこもり」です。彼らは冷たくなった社会に対して無言の抵抗をしているようにも感じるのです。
こうした人たちを負け組みと呼ぶのは早計のような気がしている。今まで多くの人たちが目指していたことに背を向ける「従来の常識とは異なった思考と価値観」が生まれつつあるのではないかと思うのです。
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