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Osim Japan
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まだ1試合目。徐々に「オシム」を学ぼう さてさて。欧州選手権予選再開と共に07年のオシムジャパンの戦いも始まった。06年はあくまで国内組のテストと位置づけたオシムジャパンにとって、2007年は海外組も加わるし、アジアカップという大きな大会も開かるし、ようやく本番が始まる年なわけだ。つまりは結果も問われてくるということ。特にアジアカップでふがいない結果に終わるとその時点でクビも危うくなってくる。始まりの年の始まりの試合ペルー戦。なのに色々あって生では見れず結果も普通にインターネットで知ってしまうという体たらく。結果を知った上で見るのもいいけれど、それでは少し面白くない。ということで今回は少し趣向を変えて、スポーツナビのこのページhttp://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/kaiken/200703/at00012694.htmlに載っていた試合後のオシムインタビューを読んだ上で観戦し、オシム視点で代表戦を見てみることにする。まずスタメンはこんなカンジ。 高原 巻 遠藤 俊輔 啓太 阿部 駒野 加地 田中 中澤 川口 特徴は中盤から前にドリブルに強い選手がいないという点。中盤は啓太を除きみなパスを得意とする選手だ。一体オシムはどういった意図でこのシステムを用いたのだろうか、どういうフットボールを目指しているのだろうか。 自分こそがチームの攻撃の起点であると思い込んだ選手、ボールをトラップして周りを見渡し、どこにボールを出そうかと、そういうプレーをする選手が1人いれば、相手チームにとっては、その選手1人をマークすればよいことになる。逆に、そういう余裕を与えないこと、それがワンタッチプレーの良さだ。高い技術を持ち、ワンタッチでくるのかウエイトするのか、予想のつかないプレーができるのが良い選手だ。 2−0になって、若い3人のプレーヤー(中村憲、羽生、矢野)を投入してから、スピードが上がり、ワンタッチプレーが多くなり、エスプリの利いたプレーが随所に見られるようになった。相手がペルーであっても、こちらがこちらのプレーをできていた。それは皆さん、ご覧になっただろう。それがポジティブな面だ。もちろん、ああいうプレーをどんな相手に対しても90分間続けられることが、簡単だとは私も思ってはいない。だが、あれが理想だと申し上げている。あれが、これからの路線の方向である。だから個人で打開することに頼ってはいけない。集団的なプレーが大事なのだ。このコメントらにオシムの哲学が色々と詰まっている。まずボールを持ってから考えてパスを出すような選手がいると、例えその選手が他とは違うようなビッグチャンスを作れるような選手だったとしても、総合的に見ればデメリットが多くなるので、なるたけそういう選手は作りたくない、ということ。だからボールを保持したがるドリブラーのような選手を好まないのだろう。しかしそのためには個人個人の突破力に頼らずに集団で相手を崩す術を身につけなければならない。その際オシムが選んだ策はワンタッチパスを重視しながら一人に的を絞らせず、その速い展開の中でもアイデアを発揮してチャンスを生み出せるフットボールだった。だから中盤ではパスが上手くて球離れもよく、アイデアの豊富な選手が選ばれるし、だから攻撃的な位置でも遠藤が重用されるわけだ。 あくまで個人ではなく集団で崩すプレー。この点がサラゴサとは同じようなシステムを用いているとはいえ、意図は全く違うところだ。サラゴサを率いるビクトル・フェルナンデスはアイマールとダレの個人技をより生かすためにこのシステムを用いているが、オシムは両サイドに位置するプレーヤーに個人技は求めていない。どちらがいいかという問題ではなく、これがオシムのフットボールだということ。 今回そのワンタッチパスを重視しなければいけない位置で初めて起用された俊輔。オシムの目に彼のプレーはどう映ったのだろう。 彼の改善点を教えるとすれば、プレーのスピードを上げることは、彼の力ならできるはずだ。それは自分でも知っていること。しかし今日の試合は、彼にとって難しい試合だった。彼自身も何か特別のことをやろうという気負いのようなものがあった。プレッシャーが自分の中にあった。つまり、1本1本のパスすべてが、ナイスパスとなることを狙っていたのかもしれない。だが、世界中探してもそんな選手はいない。彼がやるべきは単純なプレーであり、天才ぶりを発揮する場面というのは何回かに1回だ。いつも天才であろうとすると、結果は無残なものになる。ただし、今日の中にもいいプレーはあっただろう。オシムの目に俊輔のプレーは「遅い」と写った。なぜ俊輔のプレーは遅くなったのか。それは俊輔が何か特別なことをしようとしていたから。確かに俊輔はボールを持つとまず周りをよく見渡していた。それから何かを考えようとしていた。その際俊輔にしか見つけられないような素晴らしいパスコースが見つかった場合はチャンスになりいい方向に働いたが、見つけられなかった場合は考えている間に敵にプレスをかけられ結果バックパスしか出来なくなり、プレーのリズムが遅くなるということが多かった。このスタイルがオシムの哲学とは水と油のように全く合わない。 オシムは中盤でパスを回す選手たちに常にチャンスを生み出せるようなパスを求めているわけではない。オシムが一番重要視するパスは相手に的を絞らせないリズムの早いパス。なのに俊輔が一人特別なことをしようとしてそこでリズムが停滞すると、敵はそこを狙えばいいのだと守りやすくなってしまう。 いい例はオシムが褒めていた憲剛のプレー。憲剛はオシムのやりたいフットボールを理解出来ている。ボールをもらう前に事前に周りを見渡し、ボールをもらう際には次に出すべきところを見つけ出せている。だからワンタッチでパスを出せるわけだ。ボールをもらってから次にどこに出すかを考える俊輔とは対照的だった。 しかしだからといってオシムは俊輔を見限っているわけではない。俊輔ならリズムを早くするプレーが出来るとコメントの中でも言っているし、別のコメントの中ではこういうことも言っている。 中村俊輔も、時間の経過とともに分かってきたのだと思う。1つ1つのプレーのタッチ数が少なくなってきた。つまり自分で難しいことをするよりも、簡単なプレーをした方が効果的であると、彼自身が気が付いたのだろう。俊輔に対しては厳しいコメントの目立つオシムだが、よくよくコメントを聞いていれば辛らつな言葉の中にも俊輔への期待が隠れていることに気づくことが出来る。あとは俊輔がそんなオシムの期待に応えるプレーが出来るかどうかだ。 これまではゴールをバカスカ取るストライカーよりもあくまで集団プレーに貢献できるFWを評価してきたオシムだったが、高原さんのプレーについてはどう思ったのだろう。 試合の始まった直後はかなり苦労していた。つまり、チームに合流して間もないということでフィット感がなかった。だが、時間の経過とともにプレーはよくなった。彼も1人だけでプレーするわけではない。周囲との関係が大事になるわけだが、そこで自信がなかった。あるいはアイデアのないプレーしかできなかった。そういう状態だと、FWというポジションは難しい。しかし時間が経過するごとに非常に良くなった。高原という選手がなぜドイツ・ブンデスリーガでプレーできているか――それが偶然ではないことが分かった。オシムは結果を逸る人物ではないし、序盤の高原さんの不調に関しても寛大な姿勢。そしてプレーをするたびにチームに適応する高原さんを高く評価してくれている。やっぱり高原さんは高い次元にいる選手なのねぇ。実際にあのゴールはかっこよかった。フランクフルトで本当に復活出来ているのだな、ということが確信できるようなゴールだった。それにあの身長はやっぱり武器になりえると思う。いいか悪いかは横に置いといてセットプレーが最大の武器である日本にとってはハイボールに強いフォワードがいればそれだけでゴールにより近づくことになるし、加地さんや駒野といったサイドバックの上がりの利用価値も上昇する。 今回若手選手を大量に召集したオシム。彼の中で若手選手はどういった位置づけなのだろう。 若い選手というのは、よくない。若い選手がいないのは、もっとよくない。私は進むべきノーマルな道を進もうと思う。それもなるべく痛みを伴わないで、しかも中身が変わっていく。誰にも気づかれないように、大掛かりなことのないように、少しずつ若返っていく。簡単なことではないが、世界中の代表チームがその方向に進んでいる。しかし日本には、若い才能豊かな選手が少なくないことは申し上げておこう。ふむふむ。若手選手に注目はしているが、過度の期待をしているわけではなく、ドラスティックな改革はなし。あくまで普通にチームを運営しながら、適材適所に若手を起用していく、ということだろう。そしてそれは別に特別なことではなく、どこのチームでもやっている当たり前のことだよ、と諭しているわけだ。 ペルーに2−0で勝利したオシム。ただ彼の目にはこの勝利はいいようには映っていないようだ。 印象として肉でも魚でもない。あまりよくない、という意味だ。(選手たちは)ナーバスというか、自分の力を試したいという気持ちがあまりにも強すぎたので、神経質になってしまったのかもしれない。そのために不必要なところでミスをして、ボールを奪われることが何度かあった。ペルーが欧州組を含めたフルメンバーをそろえていたら、もっと厳しい試合になっていただろう。だから、勝ったといって浮かれることはできない。それが現実だ。うーん、いいねぇ。ファルファンもゲレーロもソラーノもピサロもいないペルーに勝って何が嬉しい、と。結果はともかく内容が良くなかったのにどうして勝利して浮かれていれようか、とこのストイックな姿勢は自分のオシムの好きな部分だ。ジーコだったら絶対に内容など省みずただ浮かれてただけだろうからなぁ。 ただ内容が伴わずに勝利したのがもどかしい、というのはオシムの正直なところだろう。最初の方にもかいたようにオシムは個人技ではなく集団で速いパス回しを中心としたフットボールでの勝利を求めている。しかし現実にはそのフットボールは後半の一部の時間帯でしか実現できず、勝利の決め手となったのは俊輔のフリーキックからという理想とはかけ離れた展開。オシムがヤキモキするのも当然というものだ。理想を追いかけては点は取れず、現実に即した個人技でなら点は取れてしまうというジレンマ。その狭間でオシムはこれから戦っていかなくてはならない。日本人としてオシムに望むのは「勝利を最優先してくれ」ということ。認めたくはないだろうが、一部の選手の個人技さえあれば困難を打開できるというのもまた真実なのだ。 それにしてもオシムのインタビューを読んでいると彼がとんでもなく曲がりくねった性格の持ち主だということが分かる。インタビュアーのコメントを言葉どおりにとることはなく、常にその言葉の裏に隠れているメッセージを読み取り、そして「遠まわしな言い方をしているけれど結局お前はこういうことが言いたいんだろ」と意地悪な返しを好んでいる。すっげぇダーク。イチローやヒデと同じ臭いを感じるわぁ。日本のメディアはそういったことを考慮に入れてオシムの意地悪な返しにも大人の対応を心がけようという姿勢が必要となってくるだろう。
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悔しいか?なら這い上がれ |
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まずは日本一 |
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さすがは申し子 |


