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因果応報

さてさて。


最近バルサ周辺では色々な噂が飛び交っている。その中でも最たるものはやはりジーニョの移籍話だろう。ベルルスコーニがジーニョにご執心だというのは周知の事実だったが、昨今その動きが際立ちはじめているようだ。きっかけは数日前の確かガゼッタ・デロ・スポルトの一面記事。どうせその記事もガゼッタお得意の100%記者の妄想で書き上げたものなのだろうが、予想外にこの記事におひれはひれ(そう言えば「はひれ」って何だろう。腹ビレの略?)がついて、ここまで大きくなってしまった。


この尾ひれはひれの種類も多種多様。カカが「親善試合の時にジーニョにミランに来ないか誘ってみるよ」と語れば「カカーがジーニョ移籍の鍵?」なんて記事が一面に踊るし、ミランが獲得してきた歴代のブラジル人選手を特集する記事もあれば、ペップがジーニョについて「売るべきではない」なんて語ったことでさえも大々的に取り上げられて、メディアはネタに困らずさぞかし高笑いしているところだろう。あとはこれに同じRを頭文字に持つホナウドンも関わってくるだろうし。メレンゲを去ってもう見る機会がなくなったかと思ったのに。ったくこいつはいつまでたっても疫病神だ。


バルセロニスタにとってはこれほどいい迷惑なこともない。もう「ほっといてくれ」の一言だ。カカーも冗談半分で上記のようなことを言ったのだろうが、悪意のない一言からでもマスコミというのはその意味を何百倍にまで拡張し、バルサのことを襲ってくる。ペップも余計なことを語らないでよかったのに。こういうのは軽くスルーするのが一番なのに、変に真に受けてマジメに語っちゃったおかげで案の定メディアが食いつき色々と書きたてた。大好きなカカー、ペップにこういうことを言うのはなんだが、余計なお世話とはまさしく2人のコメントのことを言う。


こういう話は誰かがなんの気なしに放った些細な一言でも変な意味を持ち、そしてバルサ関係者が迷惑を被りかねない。こういうことがある度選手たちはマスコミに余計な質問をされてしまう。いくら聞いても無難なことしか言えないのは分かってるくせにメシを喰うためメディアもどんなコメントでもいいから聞き出すためにしつこく食い下がってくる。今頃フロントやバルサの選手たちはマスコミやいつまで経ってもジーニョ獲得を諦めないベルルスコーニ率いるミランフロントにうんざりしてるだろう。「ほっといてくれ」これが彼らの総意であることは間違いない。


だがぶっちゃけた話彼らにそんなことを思う資格なんて無いのだ。1、2ヶ月前から彼らだってクリ坊の移籍が噂にのぼった時に加害者として同じような真似をしてくれているからだ。ろくな根拠もなくクリ坊を獲れると豪語したフロント、「クリ坊と一緒にプレーできれば幸せだろう」「クリ坊は世界最高のプレーヤーの一人さ」などなど自分達とは全く関係ない別のクラブの選手に関して色々と述べたライカーにジーニョにメッシーもろもろ。デコもカカみたいに代表で一緒にプレーするときクリ坊に一緒にプレーしないか誘ってみるみたいなことを言っていた。チキはろくな用事が無いにも関わらずポルトガル代表の試合が行われた会場へと足を運び・・・。






自分は今バルセロニスタとしてミランとマスコミに怒りを感じている。「ほっとけ」。もうこの一言に尽きる。ジーニョを奪うなんてどうせ無理なんだから。99%あり得ねえよ。なのになぜそんなに欲しがる、なぜそんなに騒ぎ立てる。不可能だと分かっているのに。そんな今と同じ気持ちを2ヶ月ほど前からバルサにも感じている。人のことを言える立場じゃあない。今マスコミにゴチャゴチャ騒がれているのもクリ坊の時にしたことを考えれば当然のこと。まさに因果応報。今バルセロナに起こっているジーニョ騒動は起こるべくして起きたバチだというわけだ。

さてさて、お久しぶりです。


先月の後半ぐらいからイマイチ物事が上手くいかなかった上に先週の土曜深夜に起きた事件が決め手となりちょっとブログ欝に。原因はもちろんフットボール関連だ。これまでが順風満帆だっただけに余計最近のバルサとユナイテッドの不調が堪える。いつからこんなにおかしくなっちゃったんだろうなぁ。ってある程度原因はつかめてるけど。ライカールトが色気づいて3−4−3なんてし始めるからだ。サラゴサ戦でのあの歓喜が続く3連戦の悲劇に繋がるとは予想だにしていなかった。リバポー戦までは認めるが、なぜクラシコでもああまでコケにコケたシステムで通そうとするんだよ。今のメレンゲ相手なら3−4−3でもなんとかなるとでも思ったか。どうも最近のライカーはメレンゲをなめすぎているような気がしてならない。なめるのは勝手だけどだからといって手を抜いていいというワケではない。メレンゲという存在は例え絶不調のコンディションにあっても全力をもって叩き潰さなきゃならんのだ。なのに調子にのって3−4−3を敷きつづけ失敗してやがんの。言い訳がさらに見苦しい。「エトー、メッシー等の怪我人が多すぎてこのシステムを敷かざるを得なかった」だって。じゃあ去年の段階からしとけよな。2人が帰ってきた今になって何が怪我人が多いから仕方なく3−4−3だ。そんな話を一体誰が信じる。で、もう怪我人が帰ってきたから4−3−3に戻すだと。ちげえだろ。サラゴサに勝って調子に乗って「自分が3−4−3なんてナイスなしステムを思いついてイケてすぎ!」とつけあがりその後もずるずると負けて、汚名返上と意気込んだクラシコではまたしても失敗し「ダメだコリャ」とそこでようやく諦めがついた、ってだけの話だろうがよ。本気の本気でメッシーに感謝しろよな。メッシーがいなけりゃ恐らくライカールトのクビはかなり危ないものになってたはずだ。メッシーはホントに凄い。マジでヒーローだ。メッシーさえいればバルサは今後10年たってもバルサのままでいられるに違いない。


別に俺だってライカールトにいきなり不信任を叩きつけているわけではない。いらんことはせんでいい。ただこれまで通り4−3−3システムを貫いていってくれればそれでいいのだ。3−4−3は今のお前の手には余りすぎる。どうしても採用したいなら来季のプレシーズンで試せ。チャンピオンズに敗退して暇になった時間を活かしてこれから始めようっていう親善試合でも試していいけど、でもそれを絶対にもう今季中は公式試合では試してくれるな。それだけが唯一のお願い。なんだか頑なに3−4−3にこだわり続けるライカールトからワールドカップのフランス戦で試した4−3−1−2の布陣を、ただ敗北を認めたくないからといってユーロ予選でも使い続け、そしてコケ続けたアラゴネスと同じ臭いがしてくるのだ。もうあんな思いは二度とさせてくれるなよ。途中で気が狂って変なシステム採用して失敗してくれるなよ。今までどおりのシステムで上手くいってたんだからそれでいいじゃないか。4−3−3のシステムにエトーとテュラムが最終ラインに入るだけでもうバルサは何十倍にもパワーアップするのだから。無理してデコをトップ下なんぞに置く必要なんかないのだ。分かったな、ライカールト。もしまた3−4−3を敷いて負けることがあろうものなら、マジで俺は堪忍袋の緒を躊躇なく切り落とす。それだけあのクラシコはもうホントに腹立たしかった。


ライカールトの去就についてどうこう言われているようだが、それはまだ時期尚早。今ライカールトは3−4−3に惑わされクレイジーな状態にいる。クレイジーな状態にいる人間をものさしで計ってはダメ。ライカールトが4−3−3という正常な状態に戻って、それでもダメなようならはじめてライカールトの去就を考え始めようではないか。と今回はクラシコにおけるライカー批判を枕にチャンピオンズの抽選について書こうと思ったけど、ライカー批判がこれまで長くなってしまったので一応一つの記事としてまとめてしまおう。

さて。


昨今アメリカやロシアの大富豪がフットボールクラブを買収する動きが目立っている。チェルスキーに始まりユナイテッド、リバポー、アストン・ヴィラ、ハマーズ、ポンペイに少しこれらのクラブとは肌色が違うがフルハムもエジプト人のアルファイド氏が実権を握っている。実にプレミアリーグに所属する7クラブが外資によって運営されていることになる。


ただイギリス国内ではユナイテッドのような一部の例外を除き、大富豪によるクラブ買収は比較的好意的にとられておりファンによる反発は起きてない。それどころか逆に大歓迎されているのが実情で、リバポーなんかはオーナーによってもたらされる大量の資金によりエトーを引っこ抜こう!なんて色めきたっているとかなんとか。


大富豪のフットボールクラブ買収が今大流行している。これはれっきとした事実として確かにある。しかしなぜだか買収の話はほとんどイングランド国内に固まっていて、スペインクラブの買収といった話は自分が知る限り聞いたことが無い。もちろんその裏にはイギリスとスペインという国の経済的な魅力の差も関係しているのだろうが、それにしてもここまでスペインのクラブに買収の話が持ち上がらないのはちょっとおかしいのではないか。何かもっとちゃんとした理由があるに違いない。


第一に思いつくのがソシオ制。ソシオ制を敷いているクラブならソシオによる賛成が得られない限りクラブの買収は不可能だ。スペインのクラブの多くはこのソシオ制で運営されているから買収の話がないのではないだろうか。しかしこの仮説はすぐにかき消される。バルサのおかげでソシオ制は一躍有名となったが実はスペイン国内でソシオ制を敷いているクラブはバルサ、メレンゲ、ビルバオ、オサスナのわずか4クラブなのでそれはない。


ではではじゃあスペインのクラブは一体どのように運営されているのだろうか。調べてみてビックらこいた。なんと上記の4クラブのような一部例外をのぞきスペインのプロリーグ(1部リーグと2部リーグA)に所属しているクラブはみな株式会社化しているのである。ナショナリズムをクラブにのっけて応援しているはずのスペイン人。地元クラブに対する愛はことさら強いはずなのに、なんと外部からの攻撃に最も弱い株式会社方式を用いている。しかもこういっちゃなんだけどスペイン人は保守的で株式上場だのなんだのいうやり方にはかなり反発するだろうな、と思っていた。なのにどこもかしこも株式会社。これは一体どういうことだろう。


発端はいくつかのクラブに見られた経営危機にあった。1980年代から諸クラブで経営危機が騒がれるようになる。1986年にはセルタとセビージャが経営状態が不良だということで1部から2部Bのアマチュアリーグへの降格を言い渡されている。こういった状況を重くみたプロサッカーリーグ(LFP)、スペインサッカー協会(RFEF)、スポーツ上級委員会(CSD、国の機関)が1991年にスペインのプロリーグに所属しているクラブは全て株式会社化するよう義務付ける法律を制定した。その際にCSDは入念にクラブの経営状況を調査し、把握。最低限のラインに満たないクラブはプロリーグに参加できないようにした。また5%以上の株を購入する際はCSDに報告をすること、25%以上の株を購入する際にはCSDの許可が必要なことなど様々な決まりごとを作り、これによりLFPやCSDが各クラブの財産を監視できるようになった。例えば日本で言う横浜フリューゲルスのようにクラブが破産に陥るようなことがないように国が対策に乗り出しているというわけである。


こういう事実を見ているとスペインのフットボールは単なるビジネス上の問題ではなく、国が管理に乗り出している国家的な問題であるということが分かる。一フットボールクラブが破産する、それが国家的損失に相当すると判断しているのだ。ここがイングランドとスペインのフットボールの一番の違いだろう。またスペインのクラブ、そして国自体が外部からの横槍を嫌っているというのは25%以上の株を購入する際はCSD、つまり国の機関の許可が必要、という決まりに表れている。フットボールクラブをビジネスの道具だけに使わせない、地域を代表する特別なものなのだ、こういう精神を国家が汲み取り行動している。だからイングランドで起こっているような買収劇がスペインでは起こりにくかったわけだ。





短時間にギュッと調べたことなので間違いがあったり不足しているところがあるかもしれませんが、そこはどうかご勘弁を。また調べてみてもっともっと掘下げたいと思ったので、機会があればまた続編等をかくやも知れません。

ソシオ制度と私有会社

最近各クラブの運営制度というものについて考えさせられることがあった。気になったら調べなければ気が済まない性質!ということで、今日は自分の好きなクラブであるバルサとユナイテッドに対する理解を深めるために、ただ違いだけではなく違いが生まれた背景などにも焦点を当てて色々と書き綴っていこうと思う。






まずはバルサ。バルサは言わずと知れたソシオ制。バルサに年会費を払いソシオとなればクラブの政治に参加できる、もっと具体的に言えばクラブの会長選挙において投票できる権利を得ることができるという制度だ。一応この他にも年に1,2回開かれる審議会にソシオ代表として選ばれ役員会が作った各法案の可決投票に参加できるという権利もあるようだが、これはもうなあなあになっていて有名無実が現状だそう。要するに実質的にソシオがクラブ運営に関わることができるのは会長選挙だけ、ということになる。これをソシオの権利が大きいととるか小さいかととるかは各々の判断に因るだろう。ソシオ制度の本文に立ち返り、ファンに参政権を与えるならばもっとソシオの権利を拡充すべきではあるのだろうが、しかしあまりファンに権力を持たせすぎても政策が右往左往し基盤が不安定極まりないものになってしまう可能性が高い。そういう意味においては会長の決定権や(実質の)罷免権ぐらいを持っている今のような制度が一番バランスがいいのかもしれない。


バルサがこのような制度を用いるようになったのは何も複雑な事情があったわけではなく、単に初代会長であるガンペールがソシオ制度を敷いたからそれが今でも続いているというだけの話。しかしそんな彼の用いたシステムはクラブに地元のアイデンティティーを求めたがるスペイン人の気質と非常に相性が良かった。歴史上何度も同じ国民同士で争い合ってきたスペイン人。ゆえにスペイン人は国よりも地元を愛する傾向が強まった。そのため地元愛は他に類を見ないほど高まり、その愛をクラブに乗っけることでフットボールはスペインで大きな存在になっていった。バルサをカタルーニャの旗艦とした表現は実に的を得ている。カタルーニャを代表する旗艦の操縦桿を一人の人間にだけ握らせてたまるものか。そのカタランの欲求を満たすためにソシオ制はピッタリだったというわけだ。メレンゲ、ビルバオがソシオ制を敷いているのもそのためだ。クラブにアイデンティティーを求めるがゆえに発展したスペイン独特の制度ともいえるソシオ制。しかしそれを最初に考えたのがスイス人のガンペールというのは実に意外な事実。ガンペールはカタルーニャの性格を見抜いていたということだろうか。今となっては知る由がない。


今年でバルサ創立108周年。もちろんその間このソシオ制にも色々とあった。内戦が発生しフランコが幅を利かせた時代はその行動を極端に制限されていたし、実はソシオ全員に会長選への参加が認められたのはフランコ没後が初めて。当時選出されたヌニェスはソシオに参政権があったにもかかわらず22年の長期政権を築いてきた。2000年にヌニェスは辞任に追い込まれ、その後ガスパールが会長に就任。その間バルサはまさに暗黒期。だがそれでもガスパールは約3年会長職に収まった。2003年ガスパールは辞任し、記憶に新しい会長選の結果ラポルタが新会長に選ばれる。ソシオの意志によって選ばれた会長はその後ご存知の通り素晴らしい結果を残し、今に至るというわけだ。ソシオの意志によって政権が変わり得る、これはソシオ制の欠点とも思われがちだが、こう見てみるとバルサソシオはその権利を濫用しているわけではないらしい。というか実に首尾よくソシオ制を利用している、と言えるだろう。






一方ユナイテッド。ユナイテッドの歴史を大きく分けると5つ(6つ)の時代に分けることができる。まずはクラブが創立期。2度のリーグ優勝を飾ったらしい。その後1910年頃〜1950年までの低迷期。1950年代〜1960年代のサー・マット・バスビー期。70年代〜86年代の再低迷期。そして86年から現在に至るまでのサー・アレックス・ファーガソン期だ。このファーガソン期の中にグレイザー期が含まれる。ユナイテッドは特にこれといった特別な運営制度を用いていたわけではない。制度的には普通のフットボールクラブとして輝かしい時代や目も当てられないような時代を過ごしてきた。だがファギー政権発足以降は少し風向きが変わり始める。ファギーはユナイテッドをイングランドを代表するクラブにまで押し上げることに成功した。その一方で経営の面でも才覚を発揮し、1991年には当時としては画期的な株式上場までしている。ユナイテッドが株式会社となったわけだ。その後もファギーはクラブをスポーツの面でも経済面でも高め続け同時に株の値も上昇。買収するには不可能な額までに上り詰めたか、と思われたが上には上がいるもので。最後まで買収を諦めなかったマルコム・グレーザーに借金してまで金をかき集められ、とうとうユナイテッドは買収されてしまった。その後グレーザーはユナイテッドの株を上場停止。ユナイテッドは晴れてグレーザーの私有物となってしまったわけだ。


ユナイテッドは現在ファギーを中心とした長期政権を築けている。しかしそれはユナイテッドが特殊な環境を持っているからではなく、アレックス・ファーガソンという人間の監督としての能力、強いキャラクター、そしていつまでたってもユナイテッド王国の座を降りたがらない強欲な(褒め言葉)性格のおかげだ。今のユナイテッド≒ファギーと言ってしまっても過言ではない。もちろんファギーがいなくなってもユナイテッドはユナイテッドであり続けるが、その性質は大きく変質してしまうと見て間違いないだろう。ファギーが去ってしまう時期はまだ近くは無いと思うが、しかし必ずやってくる。そのとき手綱を握るのはユナイテッドファンではなくてマルコム・グレーザーだ。マルコム・グレーザーになってしまった。油ビッチやリバポーを買収したアメリカの大富豪とは違い、グレーザーのユナイテッドに対する熱意や意欲は未知数。今ファギーが猛烈なキャラクターで覆い隠しているからまだ目には見えていないが、その覆いが外された時はじめてユナイテッドがグレーザー一族に買収された意味がハッキリすることになる。そのときユナイテッドはどういう道を歩むのか。非常に大きな爆弾を抱えながら歩んでいかなければいけない、というのは確かなようである。






うーん、実際に調べて考えをまとめてみると自分の予想とは結構かけ離れていることが分かって面白い。書き始めた当初はバルサの監督がバンバンすげかわるのはソシオ制のせい、と思っていたのだけれど、良く考えてみれば結果が出なければ監督の首が簡単に飛ぶのはどこの国でも同じことだし、ユナイテッドやアーセナルの監督の首が長い間変わらないのはファギーとベンゲルの腕が凄いからで、あまりクラブの土壌とは関係してないと思う。イングランドとスペインではスペインの方が監督の首がすげ変わるのが早い。これは事実としてあるが、その原因は運営制度ではなく結果ではなく内容も求めるスペイン人の気質にあって、イングランドでは比較的監督の寿命が長いのは勝てれば内容は問わないし、ぶっちゃけた話それ相応に監督してくれさえすれば結果もあまり問わないというイングランド人の気質が直接的な原因であるように思える。


とはいえバルサとユナイテッドから視点を広げてスペインのクラブとイングランドのクラブ、その運営制度の特徴を比較して見ると色々と面白い事実が明らかに。今日はもう夜も深いのでそれはまた後日書くことにしよう。

イメージ 1

                              2人の恥をここにさらそう




口スタイムの4分を過ぎセビージャのファビアーノがチャンスを逃しゴールキックになった瞬間、試合は決した。それを重々承知しているファビアーノ。ボールを競りにきたディオゴにけんかを売り始める。買うディオゴ。お互いおデコのぶつけ合い。こんなとき引くことを知らないのがファビアーノだ。最後に頭突きをかまして逃げようとする。だが許さないディオゴ。それに気づき振り返ったファビアーノがまたしてもメンチぎり。メンチ返しのディオゴ。こんなとき引くことを知らないのがファビアーノだ。まずはクビにパンチ。これはダメージが少なくディオゴにカウンターの右フックを喰らってしまう。しかも顔面にクリーンヒットだ。ここまできたらもうファビアーノはヤンキーとなんら変わらない。負けてられるかとパンチをかます。だが実戦経験が少ないと見る。パンチがヘタクソだ。小学生のような振り回すパンチ。対するディオゴもそういう経験が少ないのだろう、負けずに小学生のような振り回しパンチ。お互い決定打を与えることは出来ずに試合終了。この2人の対決も右フックで顔に入 れたディオゴの勝利だろうな、となぜか冷静な分析をする自分。もちろん試合後両者にはレッドカードが与えられた。


とまあ最後は小学生の喧嘩を見せられてしけたけれども、試合内容自体は今季のベストカードの一つと数えられるだろう名勝負だった。バルサもこの両チームに負けないようないい試合をしなければ。多分意図的であろうジーニョとデコのイエ口カードのでこの2人は長期休暇明けの試合に出れない。テュラムも怪我。ザンブ口ッタも怪我。バルサはまさに満身創痍だ。でもあまり心配はしていない。だってバルサにはシャビとイニエスタがいるからだ。やっぱりこういうときに頼りになるのは生え抜きの選手。休暇好きの南米選手の一方でチームのために精一杯働いてくれる彼らがいるからこそのバルサだ。サビオラも復帰すると言われているし。2007年最初の勝負、ぜひ勝利で飾りたいものだ。

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