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●画像提供 … "『タコスミ』" http://takosumi.sakura.ne.jp/ 「 花のたましい 」 ちったお花のたましいは、 みほとけさまの花ぞのに、 ひとつのこらずうまれるの。 だって、お花はやさしくて、 おてんとさまがよぶときに、 ぱっとひらいて、ほほえんで、 ちょうちょにあまいみつをやり、 人にゃにおいをみなくれて、 風がおいでとよぶときに、 やはりすなおについてゆき、 なきがらさえも、ままごとの ごはんになってくれるから。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――★ |
◇『金子みすゞ』詩集◇
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なきがらさえも、ままごとのごはんになってくれるから・・・なんかせつないなぁ..
2006/11/30(木) 午後 10:14
この詩に目が止まりましたか。私もこの詩は印象深くて、ひらがなで書いておられるので、よけいに「幼いままごと」の情景が悲しく映って見える気が致しました…。きゅんとしますね。この詩。
2006/11/30(木) 午後 11:16
この人は、なぜこんなに人の心を打つ詩が書けるんでしょう。
旦那にひどい仕打ちを受けて、けっして幸せじゃない人生を送らされて、恨みつらみも言わずに。
2008/8/12(火) 午前 11:17
みずちゃん、こんにちは。金子みすずさんの詩は「童謡」向けではありますが、大人の私達の胸に深く食い込んでくるような作品が多いですね…。「寂しさ」「悲しさ」「苦しみ」「悔恨」。彼女の中からこうした意識が、ある日、一挙に噴出していったのだと思います。彼女はひょっとしたら、自分の中に芽生えてくる「人を慈しみたい」という心と、「憎悪」の気持ちとの狭間で、大きく動揺しながら葛藤し続けていたのでしょうか…。絶え難い「苦痛」を詩にすることで、彼女は自分自身を励ましていたのでしょうか…。彼女の詩には、どうしても「淋しくて、それにずっと耐え続けなければいけない」「でも、本当は、自然の中に安らぎを感じたり、愛しい気持ちを抱いたり、何かを大切にしていたい」という感情を、いつも押し殺して生きてきたように思えてなりません。彼女の詩はとてつもなく「優しく」、感動しますが、詩の表現の端端に「孤独」を感じてしまうのは、私だけでしょうか…。人の胸を打つ「詩」というのは、誰にもわからない作者の「苦」が何重にも折り重なってできあがっていくものなのですね。
2008/8/12(火) 午後 6:23