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画像… "flickr.com" http://www.flickr.com/




「おすすめ楽曲」




■「Scarborough Fair」
 
■「The Sound of Silence」

■「The Sound of Silence」

■「Bridge over troubled water」

■「Mrs Robinson」





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<Wikipediaより引用>


サイモン&ガーファンクル (Simon and Garfunkel、サイモンとガーファンクル)


1960年代に活躍した、二人のユダヤ系アメリカ人ポール・サイモン(Paul Simon)とアート・
ガーファンクル(Art Garfunkel)によるポピュラー音楽ユニット(1964年-1970年)。
1990年にロックの殿堂入りを果たしている。


ニューヨーク市の小学校時代からの親友だった、ポール・サイモンとアート・ガーファンクルが、
1964年に結成(それ以前にも「トム&ジェリー」の名前で活動し、『ヘイ・スクールガール
(Hey,Schoolgirl)』を小ヒットさせたことがある。


その当時ポールはジェリー・ランディス(Jerry Landis)、アートはトム・グラフ(Tom Graph)と
名乗っていた)。アルバム『水曜の朝、午前3時(Wednesday Morning,3A.M.)』でデビューした。


しかし発売初年度の売上が3,000枚と惨憺たるものであったので、ポールはヨーロッパ放浪の旅へ
出てしまい、アートもデビュー前に通っていた大学院へと戻ってしまったが、プロデューサーの
トム・ウィルソンがアルバム収録曲『サウンド・オブ・サイレンス(The Sound of Silence)』に
エレキギターやドラムなどを別テイクで加え(オリジナルはポールのアコースティック・ギターと、
二人のボーカルだけだった。


そして、この別テイクで演奏していたミュージシャン達は近くのスタジオでボブ・ディランの名曲
「ライク・ア・ローリング・ストーン」のレコーディングに参加していた。


レコーディングも終わり、帰りがけの所をトム・ウィルソンに呼び止められ演奏する事となった)
シングル発売したところ、これが大ヒット。サイモン&ガーファンクルは一躍人気フォークロック
・デュオとなる。


その後も、ポールの作り出す深い内容の詞・曲とアートの美しい歌声、そして二人の絶妙なハーモニー
が受けて『スカボロー・フェア/詠唱(Scarborough Fair/Canticle)』『ミセス・ロビンソン
(Mrs.Robinson)』などが大ヒット。1968年に映画『卒業』の音楽を担当したことで、日本をはじめ
世界的にも大きな成功を収めた。


だが、1970年発表のアルバム『明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)』の製作中に、ポール
とアートの音楽に対する意見の違いが表面化。『明日に架ける橋』は全世界で売上が1000万枚を超える
大ヒットとなり、グラミー賞の最優秀レコード賞・最優秀アルバム賞を受賞したものの、このアルバム
を最後に二人はソロ活動に入り、サイモン&ガーファンクルは解散した。


しかし、解散後も二人ともお互いを友人だと思うことには変わりが無く、親交は続いた。
1975年には『マイ・リトル・タウン(My Little Town)』をS&Gで録音し、それぞれのソロ・アルバムに
収録しているほか、1984年にアートが発表した「The Art Garfunkel Album(邦題:天使の夢)」に
収録されている「(What A) Wonderful World(同:ワンダフル・ワールド)」では、ジェームス・
テイラーと共にギターとボーカルでポールも参加しており、透明感あふれる三人のハーモニーを披露
している。


1981年9月19日にはニューヨーク市のセントラル・パークで再結成チャリティコンサートを開いて
53万人もの観衆を動員し、世界ツアーを行った(1982年にはS&Gとして初来日し、後楽園球場と
大阪球場でコンサートを行っている)。


その後二人の間は疎遠になっていった(サイモンが2003年にソロとしてロックの殿堂入りした際に、
わざわざ「ガーファンクルとは仲直りしたい」とスピーチで述べているほど二人の関係は冷え切って
いた)。しかし、音楽を離れてプライベートでは一緒にスイスへスキー旅行へ行くなど、旧来の親交は
その間も続いていたと言われている。


近年は1993年、2003年と度々再結成を行い、全米ツアーなどを行っている。1993年12月1日には
「Event of a lifetime Tour」の東京公演・福岡公演としてそれぞれ東京ドームと福岡ドームで
再来日公演を行なった。この際、南こうせつが前座を務めた。


また、彼らの作品は多くのミュージシャンにカヴァーされ、歌い継がれている。例えば『冬の散歩道
(A Hazy Shade of Winter)』は、1987年に映画「レス・ザン・ゼロ」の主題歌としてバングルスが
カバーを歌い、大ヒットしている。

1993年には同曲のオリジナルを野島伸司がドラマ「人間・失格」で使い、日本でのリバイバルを
果たした。


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