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上画像…「金子みすゞ」(童謡詩人)
下画像… "flickr.com" http://www.flickr.com/
「だれがほんとを」
作/金子みすゞ(童謡詩人)
だれがほんとをいうでしょう、
わたしのことを、わたしに。
よそのおばさんはほめたけど、
なんだかすこうしわらってた。
だれがほんとをいうでしょう、
花にきいたら首ふった。
それもそのはず、花たちは、
みんな、あんなにきれいだもの。
だれがほんとをいうでしょう、
小鳥にきいたらにげちゃった。
きっといけないことなのよ、
だから、いわずにとんだのよ。
だれがほんとをいうでしょう、
かあさんにきくのは、おかしいし、
(わたしは、かわいい、いい子なの、
それとも、おかしなおかおなの。)
だれがほんとをいうでしょう、
わたしのことをわたしに。
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金子みすゞ(童謡詩人)…本名、金子テル(1903.4.11〜1930.3.9)は、
明治36年、山口県長門市仙崎に生まれました。
大正末期、発表された童話が、「若き童謡詩人の巨匠」とまで
西條八十らに称賛されたが、二十六歳で一人娘を残し、自殺しました。
半世紀を経て童謡詩人・矢崎節夫氏の長年の努力の結果
発掘、再評価されました。
みすゞは結婚し一女をもうけましたが、離婚し、
いったんは娘をみすゞ自身が育てることで、夫も了承しました。
しかしその後、娘を返せと求められます。
そしてついに娘を連れて行くといってきました。
連れにこられたら、娘を夫に引き渡さなければなりません。
戸籍上、親権者は夫であった時代で、母親にはなかったからでした。
現在なら家裁に申し立てをすれば娘を守ることもできたでしょう。
それが許されなかった時代でした。
「私は娘を心の豊かな子に育てたい。
あの人は、それができないと思う。どうしよう。」
連れに行くという手紙がみすゞを追いつめ、ある決心をし、
そこで自らの命をかけた拒絶をしたのです。
昭和5年(1930)3月9日、みすゞは娘の為に
最後の写真を撮りに写真館に行き、帰り道、
母と娘の為に桜もちを買って帰りました。
その晩みすゞは、三歳の娘と一緒に風呂に入り、
たくさんの童謡を歌ったそうです。
きっと歌い続けることで、悲しいことばが口から出るのをとどめたのでしょう。
(引 用/「金子みすゞ童謡集」矢崎節夫 著書 ハルキ文庫)
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夜…。みすゞは遺書を残し、睡眠薬を飲み、
枕元に遺書と写真の預け証をそえて置かれていたそうです。
夫宛ての遺書には
「あなたがふうちゃんを連れて行きたければ、連れて行ってもいいでしょう。
ただ、私はふうちゃんを、心の豊かな子に育てたいのです。
だから母が私を育ててくれたように、ふうちゃんを育ててほしいのです。
どうしてもというのなら、それはしかたないけれど、
あなたがふうちゃんに与えられるのは、お金であって心の糧ではありません」と…。
そして後に残す娘を母に頼み、
「今夜の月のように私の心も静かです」と逝ったそうです。
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「仔牛(べえこ)」作/金子みすゞ(童謡詩人)
ひい、ふう、みい、よ、ふみ切りで、
みんなして貨車(かしゃ)をかずえてた。
いつ、むう、ななつ、八つ目の、
貨車にべえこが乗っていた。
売られてどこへ行くんだろ、
べえこばかしで乗っていた。
夕風つめたいふみ切りで、
みんなして貨車を見おくった。
ばんにゃどうしてねるんだろ、
母さん牛はいなかった。
どこへべえこは行くんだろ、
ほんとにどこへ行くんだろ。
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★「今…自らの命の灯を消そうとしているあなたへ」
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★「愛する人を亡くした人の為の100の言葉」<自殺/自死で遺された遺族の為に>
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◆【紹介文】
このページは自殺/自死で遺された遺族や恋人などの為に作成したページです。
もう、今は過去のこととして語れますが、私自身、自殺遺児として育ちました。
いま、慟哭と絶望の嵐の中にいる人達の為に、少しでも役に立てばと願います。
◆【内容】
<このページの趣旨>
自殺で遺された人の味わうものは、自殺してしまった当の本人の苦しみさえ凌駕してしまうものです。
そのような人たちを支援するためにこのページをつくりました。
<最初に伝えたいこと>
感情の嵐と絶望の暗闇の中で、まったく何の光も見出せないかも知れません。
しかし、多くの遺族が同じ道を先に歩いています。やがて、夜は明け、嵐は止みます。
<深い悲しみが癒されるまで>
どのようにして、深い悲しみが癒されていくのか。ありのままに、無理をせずに、
自分を大切にしていれば、とてもゆっくりとですが、必要なことは、起こってきます。
<過度の自責という問題について>
自責の念につぶされそうになっている人達に伝えたいことは、
現実からの逃避は何も生み出さないということです。
その罰は、この生を生きることで果たすべきです。
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◆【愛する人を亡くした人の為の100の言葉】「RINDOW」掲載記事
http://blogs.yahoo.co.jp/josuea_yuine/39253740.html
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金子みすずの詩は大好きです。
とても素晴らしい詩がありますね。
大好きな詩人です。
授業でよく使いました。
2008/1/18(金) 午前 10:43
私は、正直「金子みすず」さんの詩は一度も読ませて頂く機会がなく、このブログを開設するまで全く知りませんでした。^^;インターネットを検索しているうちに、見つけたことがきっかけとなり、掲載させて頂くことになったのですね。行数の少ない詩がまた大変、印象深く残りました。素晴らしい詩が沢山ありますね!私はどこか、「金子みすず」さんの人生と自身の生い立ちを重ねて感じてしまう部分があるのかも知れません。胸に染みこんでくる一節がどの詩にも含まれていて、じん…ときます。「西條八十」の詩も大好きなんです。映画「人間の証明」で使用されたあの「かあさん、僕のあの麦藁帽子どうしたのでせうね…夏、碓氷から霧積へ…」という部分がとても心に深く印象づけられましたね。長野県の山々の情景が目に浮かんでくるようで。私の中で「日本の抒情詩」がいっぺんに拡がった瞬間でした ─── 。^^
2008/1/18(金) 午後 1:23
金子みすずの心をこころとして詩を読む心を大切にします。
2008/12/20(土) 午前 9:34 [ 近い人 ]
おろかもの!さん♪こんばんは!ご訪問、コメント有難うございます!m(_ _)m 金子みすずさんの詩は素晴らしいですね!
人々の心に奥深くそして、静かに語りかけてくるような…ちょっと稀に見る個性的な童話作家さんですね。薄命で、とても残念です。残されたお子さん「ふうちゃん」は、ご存命ならばもう七十歳近くほどになられているのでしょうか…。偉大なお母さんの詩の「叫び」は、お子さんの心にきっと届いていかれたと信じたいです。
2008/12/20(土) 午後 5:26
そのとおりです。心の底に響いていきます。
コメントをありがとうございました。
2008/12/20(土) 午後 10:28 [ 近い人 ]