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画像… "flickr.com" http://www.flickr.com/ 「おすすめ楽曲」 ★「初恋」 ★「かざぐるま」 ★「踊り子」 ★「夢の跡」 ★「夢のつづき」 ★「春雨」 ★「少女」 ★「レンガ通り」 ★「ゆうこ」 ★「ソネット」 ★「挽歌」 ★「青い嵐」 ★「私一人」 ★「幸せの鍵」 ★「とまりぎ」 ★「約束」 ★「たなばた」 ★「きっといつかは」 ★「しゃぼん玉」 ★「何故か」 ★「月あかり」 ★「夕日と少年」 ★「夢の地図」 ★「交差点」 ★「最後の手紙」 ★「夕焼けの町」 ★「帰郷」 ★「手のひらの愛」 ★「ひとりごと」 ★「歌人」 ★「雪が降る日に」 ★「酔いしれて」 ★「めぞん一刻テーマ曲/「陽だまり」」 ★「同窓会」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――★ <Wikipediaより引用> 村下 孝蔵 (むらした こうぞう、1953年2月28日 - 1999年6月24日) 熊本県水俣市出身のシンガーソングライター。淡い恋の歌を得意としていた。 生家が映画館を経営していたため、映画や外国のポピュラー音楽に親しむ。ベンチャーズや加山雄三 のギターテクニックに憧れ、自作のギターを制作するなどしながら、音楽にも傾倒して行く。 高校卒業後、就職した広島ヤマハでピアノ調律師の傍ら音楽活動を開始し、自主製作アルバムを 発表する。この頃、広島の音楽好きには知られた存在で、地元の中国放送でラジオ番組なども担当 していた。この後も広島を拠点に音楽活動を続ける。 1979年、ソニーレコード(当時、CBSソニー)が主催した、第1回SDオーディションに合格。 同期合格者にはHOUND DOG、堀江淳、五十嵐浩晃がいた。1980年シングル「月あかり」でデビュー。 その後、地道なライブ活動でファンを獲得した事が実り、1981年「春雨」、1982年に「ゆうこ」が 話題となる。1983年に発売したヒット曲「初恋」は、三田寛子、田尾安志などがカバーして話題と なった。続いて発売した「踊り子」、「少女」、「夢のつづき」も好評であった。 これらのヒットにより、英語を使わずに日本語を用いた丁寧な情景描写による歌詞と、旧来の 歌謡曲と洋楽や日本のグループサウンズのメロディーを融合させた様な、繊細かつ親しみやすい 曲調を奏でるシンガーソングライターとして認知される。 「初恋」ヒット時、テレビ番組への出演は所属レコード会社の意向で一切無くて控えられていたが、 本人は至って前向きな姿勢で後年機会があれば出るようになった。とくに、1990年代半ば、憧れ だった加山雄三とテレビ番組で共演してからはかなり積極的になり、さらに村下のファンであった 山田邦子と意気投合し、彼女の出演している番組に度々呼ばれるようになった。 初恋がヒットしたとき、広島市の中心部・並木通りに『小さな屋根の下』という喫茶店を開いていた。 その店は今はないが、1984年のアルバム「花ざかり」に収録されている「北斗七星」に歌われた 『赤い屋根』は、生前村下がよく通った喫茶店の名で、現在も広島市北部の毘沙門台にある。 村下孝蔵の曲の中には広島をテーマにした曲も結構あり、『松山行きフェリー』は宇品港(広島港) をテーマに、『レンガ通り』は呉市のレンガ通りがモチーフとなっている。 1999年6月20日、東京駒場のスタジオでコンサートのリハーサル中に突然体調不良を訴え、当初は 救急車も呼ばずスタッフ付添のもと自力で病院を訪れたが、診察で高血圧性脳内出血と判明した直後 に昏睡状態に陥り、4日後の24日に逝去した。享年46。 倒れる前のリハーサル中、休憩時間になると、村下がうずくまった。バンドメンバーが大丈夫か どうか尋ねると、現場では起こっていないこと(浜田省吾が会いに来た、等)を口にし始めたため、 大事を取って病院に向かった。 曲風と本人の人柄のためか生前はやや地味な存在であった。しかし、作詞作曲能力・歌唱力・ ギターテクニックはいずれも非凡であった。コンサートでは「ひとりベンチャーズ」なるギター ソロを披露したこともある。あまりにも早い死を惜しむ声は今でも多い。 さだまさしは、村下はさだが主催する「夏・長崎から」の第1回ゲスト。村下が亡くなったとき、 さだは彼を「戦友」と評し、その年の「夏・長崎から」で「初恋」を歌った。 |

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亡くなったのは2、3年前かと思ってたけど、もう9年ですか!!
早いもんですね〜!!
「初恋」は親がよく聴いてたんで覚えてますよ〜!!
2008/2/4(月) 午後 9:27
よっしーさん♪こんばんは〜!(=^0^=)/ご訪問・コメント有難うございます。m(_ _)m 実は、私。この方の歌はなーんとなく耳にしたことがあったのですが。実際にどんな方か記憶になかったので、You Tube で改めて視聴させて頂いたときは、(^−^)いい歌だなーって思いまして。プロフィールを読むともうすでに故人でいらっしゃるんですね…。残念です。さだまさしさんと親交があったとは。
いい歌を残されたことは、日本の音楽界の尊い遺産ですね。
2008/2/4(月) 午後 10:28
わたしと同世代の人で「初恋」は娘が生まれた時の曲です。大好きな曲の一つでとても懐かしいです。亡くなるのあまりにも早すぎましたね。
2008/2/10(日) 午前 1:45 [ chanpon1952 ]
yahooさん♪こんにちは♪(^^)/ ご訪問・コメント有難うございます。m(_ _)m そうなんですか!まぁ♪お嬢さんが誕生された年の。
^^それは思い出深い曲ですねー!1983年は、私にとっては怒涛の如く過ぎた時代でした。(;^_^A あの頃は音楽を聴く…という余裕すらございませんでしたが。唯一、流行歌で印象深いのは、アイドル達の歌でしたね。笑。息子がまだ幼児期だった為、毎日追われるような生活でしたから、日々があっと言う間に過ぎ去っていきました。笑。子育てしている時期は、本当に「お母さん」の時間でめいっぱいですもんね。^^;
2008/2/10(日) 午後 5:54
『好きだよと言えずに初〜恋は・・・』ですね。そのフレーズと透き通った歌声が懐かしいです。 でも私もこの頃は仕事で毎日が戦争のような時代でしたね。今から思えば余裕なかったなぁ・・・という感じです。随分無駄な時を重ねたような気もします。
亡くなっていたんですね。知らなかった。
2008/2/12(火) 午後 8:43
みずちゃん♪こんばんは〜!(^o^)ノご訪問・コメント有難うございます。m(_ _)m
そうなんですかー!みずちゃんもご多忙だったのですね〜。^^あの時代というか。本当に世の中がが殺気立ったかんじでした。嫌なことも良いことも、ぜーんぶひっくるめて「私が過ごした時代」なんですよね。無駄なことも、あとになれば「それ皆すべて血となり肉となり…」ですよ!無駄だと思えば無駄ですが、無駄が意味を持つ日が必ず来るさ…と思えばまた、気も楽になりますわね。^^v
2008/2/12(火) 午後 11:31