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画像… "flickr.com" http://www.flickr.com/ 「おすすめ楽曲」 ★「白い冬」 ★「夕暮れの街」 ★「春雷」 ★「初夏」 ★「雨降り道玄坂」 ★「流星ワルツ」 ★「もう帰れない」 ★「一人ぽっち」 ★「やさしさとして想い出として」 ★「君によせて」 ★「美しく燃えて」 ★「恋心」 ★「五月雨」 ★「LOVE SONG」 ★「12月の雨」 ★「微笑み」 ★「激しい雨」 ★「赤い傘」 ★「哀歌」 ★「運命河(さだめがわ)」 ★「空を飛ぶ鳥」 ★「雪どけ水」 ★「夜行列車」 ★「恋人たちのメロディー」 ★「雨々降れよしめやかに」 ★「白い帆をあげて」 ★「秋の接吻」 ★「夏が逝く」 ★「砂のイニシャル」 ★「ロマン」 ★「白い霧」 ★「一人暮し」 ★「南風の頃」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――★ <Wikipediaより引用> ふきのとう 二人組みの日本のフォークソンググループ。1970年代のフォーク/ニューミュージックブームの 牽引役のひとつ。北海道出身。北海学園大学にて結成される。メンバーは山木康世と細坪基佳。 結成当初はメンバーが4人いたが、プロデビュー時には2人となっており、以後は解散まで メンバーチェンジは無い。 1973年にコンテストに多数出場し、ヤマハ・ポピュラーソング・コンテストにて『夕暮れの街』で 北海道大会入賞。1974年に『白い冬』でデビュー。以後『初夏』、『風来坊』、『思い出通り雨』、 『流星ワルツ』、『春雷』、『やさしさとして想い出として』などがヒット。 全国コンサートツアーをコンスタントに続け、1978年には年間250本のコンサートを行った。 また沖縄県で特に人気が高く(すべてのシングルが有線リクエストで1位。 ヒットチャートでピンクレディーを抜いたらしい)、同じく1978年には沖縄限定シングル 『ここは沖縄』を発売している。 [二人共に作詞・作曲をしリードボーカルもとるが、シングルでは山木が作った歌を細坪が歌う パターンが多い。特徴的なのはそのハーモニーで、細坪が歌う高音の主旋律に、山木が6度下の低音 のハーモニーをつけるというもの。声質も似てはおらず音階に開きがあるので、かなり不思議な ハーモニーに聞こえるが、これは本来3度上になるはずのハーモニーを1オクターブ下げたもので、 間違いではない。 このようなハモりになった理由は、両者の声域の違い(細坪は極端に高く、山木は低い)によるもの と思われる。これは、他のグループには見られないふきのとう独自のスタイルになっていた。 その中で「ふきのとう」は、数少ない「情景派」として着実に成長を遂げる。山木が曲を作り、 細坪が歌い上げ、山木がハーモニーで味付けをするというのは、解散まで(特に山木が) こだわったデュオとしてのスタイル。 「白い冬以降、ヒットが出ないことで一時は解散の危機がささやかれ、アルバム「水車」の頃には 遂に「美しく燃えて」という曲がシングルカット(細坪作曲の曲を細坪が歌いシングルカットされた) 。しかし細坪は後日、音楽雑誌のインタビューで当時を「山木さんの方がいい曲を書いていると 納得した」と語り、解散の危機を脱する。 「いい曲を作り、いいレコードを作り、それを聞いてくれる人のところで歌いたい」という彼らの 思いはそこで再び結束を増し、「風来坊」「春雷」という大ヒット曲を生むまでに至る。 イントロが流れるだけで、リスナーを曲の世界に引きずり込んでしまう細坪。それに対して仕事や 散歩の合間にちょっとしたいいことがあったときについつい口に出てしまう山木の楽曲は、 アルバム製作を重ねる中で進化と融合を繰り返し、「風来坊」「想い出通り雨」「人生・春・横断」 がグループとしての大きなピークであることは間違いない。 前述にあるようなそれぞれの声を生かしたハーモニーはアルバム「ダルセーニョ」で一つの区切りを 迎え、アルバム「スケッチ」ではライブメンバーを加えたコーラスを用い、「ふきのとう」サウンド に厚みを持たせた。 他方、このころ相次いでソロアルバムを発表。ともに2枚ずつ製作している。細坪は、風や雨を表現 するのにアコースティックギターの音色を最大限に活用して「ふきのとう」ではできなかった細坪 ワールドの奥行きを示し、山木は「ふきのとう」でできないことは「自分の楽曲の原点を示すこと」 と考え、ハーモニーに頼らずに、自転車で感じる空気、友や母への想いを飾らずに音でスケッチして 見せた。 ヒットチャートには名を連ねることがなくても、ファンの間に根強い人気がある曲がたくさんある のも「ふきのとう」の魅力の一つ。「冬銀河」「やさしさとして想い出として」「一人ぼっち」 「メロディー」「微笑み」「山のロープウェイ」「五月雨」「一人の冬なら来るな」 「雨はやさしいオルゴール」等々。 何より細坪には、アレンジ面で外部から第三者を招き、ふきのとうをより進化させたいという考え が強くなってきたようだ。シングルでの細坪・山木双方の曲が両A面となるなど、関係修復は次第に 難しくなり、グループ結成18年目で解散を決意するに至る。それでも最後のアルバムとなった 「Heart Strings」で山木は、細坪の曲に、彼でしかできない絶妙なハーモニーを寄せ、細坪は 「Daisy」で切ない男の気持ちを歌い切った。 1992年5月8日の北海道厚生年金会館でのコンサートを最後に18年間続いたグループを解散。 ステージに登場した二人はまず、互いにがっちり手を握り合い、名曲を次々に披露。 アンコールは2回を超えて、山木が「守衛のおじさんがいいって言ったから」と、 22:00を過ぎても終わらなかった。 その後は「ふきのとう」としての活動は行っておらず、それぞれソロ活動をしている。 2005年、北海道新聞社のインタビューに応じた細坪は、「お互いにやり残したことがまだある。 だから再結成はまだない」と話している。 |

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