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画像下… (C)YANNI





「おすすめ楽曲」



■「Mother Night」

■「One Man's Dream」

■「Angel Tears」

■「A Walk In The Rain」

■「With an Orchid」

■「Midnight Hymn」

■「A Love For Life」

■「On Sacred Ground」

■「The Rain Must Fall」

■「Quiet Man」

■「First Touch」




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<bk1.jp/auctions.yahooより引用>



YANNI (ヤニー=ヤニス・フリソマーリス/1954年11月14日−)



ギリシャ出身のミュージシャン。シンセサイザーキーボード奏者として
世界的に名を轟かせ、日本では、ニュー・エイジ・シーンで、最も知名度あるアーティスト、
ヤニーはアダルト・オルタネイティヴ界の先駆者とも呼べる存在。


そのアクセシブルでエキサイティングなキーボード・スタイルは唯一無二で、
アメリカを中心に幅広く支持されているアーティスト。 <bk1.jpより引用>


https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/25/4d/bedoro_no_okyoh/folder/1496042/img_1496042_37094313_20?1249468231
(C) YANNI


ギリシャ出身のキーボード奏者として世界的に名を轟かせ、日本では、VANGELIS、
ΣΠΑΝΟΥΔΑΚΗΣ 等と共にヒーリング効果抜群の彼の音楽性は
とりわけニュー・エイジ・シーンフィールドでも独自のスタイルを模索し、
これまでにもグラミー賞へのノミネートも経験している実力派で、最も知名度ある
アーティスト、ヤニーはアダルト・オルターナティブ界の先駆者とも呼べる存在。
そのやわらかく穏やかでエキサイティングなキーボード・スタイルは唯一無二で、
key シンフォアーティストとして幅広く支持されている。<auctions.yahoo.より引用>



https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/25/4d/bedoro_no_okyoh/folder/1496042/img_1496042_37094313_21?1249468231
(C) YANNI


https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/25/4d/bedoro_no_okyoh/folder/1496042/img_1496042_37094313_19?1249468231

(C) YANNI


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画像下… (C)Kaori Kawamura


『川村カオリさんのご冥福をお祈り申し上げます。』


「おすすめ楽曲」



■「バタフライ 〜あの晴れた空の向こうへ〜」

■「Remember 〜17才の君へ〜」

■「ZOO」

■「翼をください」

■「Cry Baby Cry」

■「見つめていたい」

■「Hard Rain」

■「I'LL 〜JAL CM〜」


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<Wikipediaより引用>


川村 カオリ


(かわむら かおり、1971年1月23日 - 2009年7月28日)

日本の歌手。本名及び旧芸名・川村かおり。血液型はB型。モスクワ出身。
正教の洗礼を受け、聖名はアナスタシア(ギリシャ語で「復活」「復活した女」を意味)。


モスクワで貿易会社の駐在員を務めていた日本人の父とロシア人の母の間に生まれる。
11歳の時に家族と共にモスクワから千葉県に移住。


1988年に辻仁成プロデュースにより、「川村かおり」として(後にカオリに改名)シングル『ZOO』
および同名アルバムでデビュー。


1990年、『神様が降りてくる夜』が「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」のテーマ曲となりヒット。
1991年には『翼をください』がヒット。


1991年、「東京の休日」で映画初主演。同年4月、当時の内閣総理大臣であった海部俊樹に、
当時のソビエト連邦大統領ミハイル・ゴルバチョフとの晩餐会に招待された。
1992年、エッセイ集「volume―僕の手の中」を発表。1993年より活動休止し、ニューヨーク等で生活。


1998年、クラブ向きの音楽制作を目的としたソロプロジェクト「SORROW」を開始、
「川村かおり」から現在の「川村カオリ」に改名。また同年、母が乳癌で永眠。


2003年、ユニバーサルミュージックよりアルバムを発表し、メジャーデビュー。


2004年、乳癌が発覚。左乳房の切除手術と抗がん剤治療を経て、2005年に芸能活動を再開した。
9月、フォトエッセイ「Helter Skelter」を発表。少女期に受けたいじめや、音楽活動の紆余曲折、
乳癌を患った事とその闘病生活などを明かした。


9月29日、ピンクリボン運動のイベントでトークショーに出演。「年に1度はマンモグラフィー検査に
行ってほしい」と訴えた。


2008年10月1日、ブログでがんの再発を発表。同日に参加したピンクリボンフェスティバル終了後の
記者会見で、昨年関節炎と診断された胸の痛みの原因が実際はがんである事が1月に判明、リンパ節・骨・肺の3ヶ所に転移しており、手術が不可能なため点滴での抗がん剤治療を続けている事を明かした。


2009年5月5日、東京渋谷CCレモンホールにてライブを行った。全席完売の会場で全13曲を歌い、
合間にオールナイトニッポンの公開録音を行った。公演中は椅子に座った状態だったが、
アンコールの『ZOO』ではギターを抱えて立って歌った。


同年7月28日午前11時01分、乳ガンのため都内の病院にて永眠。38歳没。正教徒であったため、
同年7月30日晩にパニヒダ(通夜)が、同年7月31日昼に埋葬式(葬儀)が行われた。


『川村カオリ』プロフィール詳細<Wikipediaより>… 【Click】


『川村カオリ』オフィシャルサイト【公式サイト】【公式ブログ】


https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/25/4d/bedoro_no_okyoh/folder/1496042/img_1496042_37094393_15?1249186695
(C)Kaori Kawamura by LaLa TV.

『ハタチを過ぎたらワタシをもっと考えよう』≪LaLa TV.≫… 【Click】


■MY SWEET HOME 〜君に伝えたいこと〜

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/25/4d/bedoro_no_okyoh/folder/1496042/img_1496042_37094393_17?1249186695
(C)川村カオリ 著書 

君に伝えたい 君に残したい 自分が誰であり 君が誰であるのかを 一つのメロディにして…
08年10月、自身のブログで乳がんの再発と転移を告白し、今も病と闘う川村カオリが、
娘を連れて、自分の故郷であり、ルーツである国、ロシアを旅した。家族との懐かしい
思い出の場所、母の墓、そして祖父母との再会。自分の存在を確認し、娘に伝えていくための
ロシア旅行から、感じたことをありのままの文章や詩、写真で綴った珠玉の1冊。 <amazonより引用>

■Helter Skelter ヘルター スケルター

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/25/4d/bedoro_no_okyoh/folder/1496042/img_1496042_37094393_18?1249186695
(C)川村カオリ 著書 

いじめは永遠に続くと思っていた。いきて行くのは痛いんだって知った。
誰にでも、生まれた理由があるんだ。─── 傷だらけのロッカー、魂の自叙伝



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画像下… (C)異人たちとの夏






「異人たちとの夏」Fun`s Tribute 【Click】





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<Wikipediaより引用>

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/25/4d/bedoro_no_okyoh/folder/1496042/img_1496042_37093412_22?1249135277
(C)異人たちとの夏


異人たちとの夏(いじん-なつ)


山田太一の小説、及びそれを基にした映画・演劇。

妻子と別れた人気シナリオライターが体験した、既に亡くなった筈の彼の家族、
そして妖しげな年若い恋人との奇妙なふれあいを描く。
新潮社によって設立された山本周五郎賞の記念すべき第1回受賞作品。
同作品は昭和63年に映画化され、松竹系で公開された。


妻とも別れ、孤独な毎日を送っていた風間杜夫扮する主人公が、
死んだ両親(現在の自分とほぼ同年輩の姿)と再会する。
同時にある女性と親しくなるが、両親との邂逅を繰り返すたび、
主人公の身体はなぜか衰弱していく。


人間と幽霊の間の愛と情念とを情感豊かに描き込んだ佳作。
派手な特撮ではないが、幽霊のシーンに効果的に合成が使用されている。



■監督:大林宣彦
■原作:山田太一
■脚本:市川森一
■撮影:阪本善尚
■音楽:篠崎正嗣
■監督助手:松原信吾
■製作・配給:松竹


■原田英雄:風間杜夫、中山吉浩(少年期)
■原田英吉:片岡鶴太郎
■原田房子:秋吉久美子
■藤野桂:名取裕子
■間宮一郎:永島敏行

■今村綾子:入江若葉
■原田重樹:林泰文
■川田淳子:川田あつ子
■管理人:奥村公延
■仲居:角替和枝
■下足番:原一平
■地下鉄公団職員:栩野幸知
■落語家:桂米丸、柳家さん吉
■歯科医:笹野高史
■タクシー運転手:ベンガル
■マネージャー:明日香尚


≪あらすじ≫

原田英雄(風間杜夫)は40歳のシナリオ・ライター。
妻子と別れ、今はマンションに一人暮らしをしていた。
ある日、原田は幼い頃に住んでいた浅草に出かけ、偶然、死んだはずの両親に会ってしまう。

二人は原田が12歳の時に交通事故で死亡したが、なぜかその時の年齢のまま、浅草に住んでいた。
原田は懐かしさのあまり、浅草の両親の家へたびたび通うようになる。
一方で、原田は同じマンションに住む桂(名取裕子)という女性と、愛し合うようになっていた。
彼女は、もう両親には会うなという。

異人(幽霊)と近づくと、それだけ自分の体は衰弱し、死に近づくのだ。
原田はようやく両親と別れる決心をし、浅草にあるすき焼き屋で親子水いらず別れの宴を開いた。



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〜お夾メッセ〜

この「異人たちとの夏」は、私の中でホラー映画としては、印象に残っていません。
むしろ…お盆の期間だけ、出会うことのできた、今は亡き両親との邂逅に
ひとり息子が懐かしい我が家に帰るように短い時間を費やしてゆこうとするその姿に
何か、言い知れない「愛情」の深さに触れたような気がしました。


この世のものではない、自分たちのもとへ通い詰める息子の
命までも削られていこうとする姿に、ひどく胸を痛め…これ以上会ってはならぬと、
夫婦で話し合う複雑な親心を映し出した場面には、胸が熱くなりました。


また、息子もそんな両親の思いとは裏腹に、一時でも両親に甘えていたいという
幼少期に戻った自分自身を否定することなく、そのまま命を吸い取られようとも
「異人たち」との日々に浸り続け、人とゴーストの間を行き来する様は、
日本三大怪談話の「牡丹灯籠」にも匹敵するほどの「怖さ」が表現されています。


もっとも胸を熱くさせたのは、夕暮れ時の親と子の別れのシーン。
料理店の片隅で「鍋」を囲む親と子の何気ない外食風景なのですが、
秋吉久美子さんと片岡鶴太郎さん演じる息子を思う父親、母親の
言葉や仕草、そして表情の中に、私自身のノスタルジックな部分が
一気に噴き出してしまった…と言ってもいいのでしょうか。


優しくも、切ない親と子の再会に、生前、合いまみえることさえできなかった
母の姿と重ね合わせている…いつしか、そんな自分がいました───。


もしも、自分と母親があんな風な再会ができたとしたら…。
一回きりでもう十分だな…と思います。(笑) ε('-'*)з


ゾォ〜〜〜!っとするシーンがいくつもありますが、そこはサラッと流して頂いて。
ただ恐ろしいだけの怪談映画ではなく、ちょっと怖い。けれど最後は泣ける、
そんな大林宣彦 監督の逸品、真夏の夜の感動の怪談映画
「異人たちとの夏」にそっと浸ってみませんか?(o^-')b



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画像下… (C)Dangerous Films (Rocket Men) Ltd,2009 with BBC, NASA



『宇宙へ。(2009)』【予告編】

『宇宙へ。(2009)』公式サイト【Click♪】

『宇宙へ。(2009)』関連記事<tsutaya.co.jp>…Click♪


それは無謀な挑戦。でも、決して─── 「あきらめない。」


『ディープ・ブルー』『アース』で壮大な自然をとらえたイギリスBBCが、
NASA50年の歴史を探るドキュメンタリー。

NASAに眠るオリジナル・ネガフィルムを史上初めてひも解き、
息をのむほどの宇宙の美しさとともに、宇宙開発にともなう挫折や苦難、
そして成功をドラマチックに映し出す。

監督はダイアナ妃や911テロ事件を題材にしたドラマなどを
手掛けてきたリチャード・デイル。
宇宙への夢に懸けるNASAの人々の真摯(しんし)な姿に圧倒される。


≪ストーリー≫

設立から50年、人類初の月面着陸に成功してから
40年が経過したNASAには、知られざる記録フィルムが残されていた。
ロケットの打ち上げ失敗、船内火事、宇宙飛行士の死などさまざまな
事故に遭遇しながらも、なお彼らは宇宙への飽くなき挑戦を続けてきた。
<シネマトゥデイより引用>


何故、そこへ向かうのか。

何故、こんなにも魅かれるのか。

これはその答えを探し続ける 人類の物語。



設立当初から全てのプロジェクトを16mmフィルムで克明に記録していたNASA。
そのオリジナルフィルムに史上初めてアクセスしてつくられた本作。
撮影されたまま誰の目にも触れずに、文字通り“秘蔵”されていた
数千時間に及ぶ映像に残っていたのは、圧倒的な宇宙の美しさと、
NASAの50年に及ぶ壮絶な記録 ―。


ガリレオ・ガリレイが望遠鏡で初めて宇宙を眺めてから400年。
NASA設立50年。人類初の月面着陸から40年―。
ドキュメンタリーの最高峰イギリスのBBCワールドワイドが、
膨大な記録映像へ新たな命を吹き込み、世界に贈りだす。


ドキュメンタリー史上最大のスケールで描かれる人類の夢をかけたNASAの光と影。
打ち上げに失敗したロケットの姿、船内火災、そして飛行士たちの死。
予期せぬ事故の凄惨なありさまに言葉を失い、頭を抱える地上職員の緊迫した表情は、
宇宙開発という壮大な仕事に取り組む人々の緊張と、危険と常に隣り合わせの日々を映し出す。
<tsutaya.co.jpより引用>



最高の人智を集めてなお、繰り返される幾多の挫折。
それを乗り越え、私たちを惹きつけてやまない、
宇宙という無限のフロンティアに向かう勇気と情熱。
フィクションにはなし得ない“真実の映像”ゆえの感動が、ここにある。


日本版ナレーションを担当したのは宮迫博之。
ドキュメンタリー映画のナレーション初挑戦となる宮迫博之が、
“真実の映像”だからこその感動を熱く伝える!


日本版主題歌を歌うのはゴスペラーズ。
今年デビュー15周年を迎えるゴスペラーズが贈る壮大なラブソング
「宇宙へ 〜Reachfor the sky〜」は、ときに力強く、ときに愛しく、
観るものすべてを感動へと導く。<tsutaya.co.jpより引用>


原題:Rocket Men

監督・脚本・製作総指揮:リチャード・デイル

製作:マイケル・ロビンス、マイク・ケンプ、
      ティム・グッドチャイルド、ピーター・パーナム

音楽:リチャード・ブレア=オリファント

編集:ピーター・パーナム

翻訳監修:毛利 衛

製作国:2009年イギリス映画

上映時間:1時間38分

配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント


日本版主題歌:ゴスペラーズ「宇宙(そら)へ。〜Reach for the sky〜」[ 【Click】]

ナレーション:宮迫博之(雨上がり決死隊)



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画像上… "flickr.com" http://www.flickr.com/
画像下… (C) Sara Bareilles


「おすすめ楽曲」



■「City」

■「Gravity」

■「Turn to Me」

■「Between The Lines」

■「One Sweet Love」

■「Love Song」

■「Any Way The Wind Blows」

■「Many the Miles」

■「Come Round Soon」

■「Everyday Stranger」

■「Vegas」

■「Undertow」

■「Morningside」

■「In Your Eyes」

■「The River」

■「Winter Song」



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<TimeWarp/tsutayaより引用>


https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/25/4d/bedoro_no_okyoh/folder/1496042/img_1496042_37094313_14?1249036000
(C) Sara Bareilles


サラ・バレリス (Sara Bareilles)


1979年12月7日 アメリカ/ カリフォルニア州 出身。29歳。 デビューは 2007年。
グラミー賞ノミネート歴を持つアメリカ合衆国のシンガー・ソングライター、ピアニスト。


iTunesのアルバム・チャートで2週連続1位を獲得した米女性アーティストのデビュー作。
シェリル・クロウやノラ・ジョーンズらと比較される説得力のあるヴォーカル力に圧倒される。
リード曲「こんなハズじゃなかったラヴ・ソング」から、25歳とは思えぬ完成度の高さで畳み掛ける。
大器を予感させる出来。


2007年にリリースされたシングル「こんなハズじゃなかったラヴ・ソング」の歌詞を筆頭に
その多くが全米の多くの女性の共感を得、一躍注目を浴びる。
多数のアーティストのオープニング・アクトを務め、ファンのみならずアーティストからの支持も高い。


2002年、高校を卒業したサラ・バレリスはロサンゼルスのバーやクラブでパフォーマンスを
行うようになる。


2003年にこれらのパフォーマンスを収録した2枚のライヴ・アルバム、「The First One」
「The Summer Sessions」をリリース。同時期にインディー映画『彼女が彼女を愛する時』に
バーのシンガーとして出演。


2004年、インディーズとして初のスタジオ・アルバム『Careful Confessions』をリリース。
翌2005年にエピック・レコーズと契約を結ぶ。その後、Mikaやマルーン5、ジェームス・ブラントの
コンサートを初めとする300公演以上でオープニング・アクトを務める。


2007年にシングル曲「こんなハズじゃなかったラヴ・ソング」がiTunesのタイアップ曲として起用され、
直後発売されたメジャー・デビュー・アルバム『リトルヴォイス』が同サイトの"最もダウンロードされたアルバム"で2週連続1位を獲得。


全米チャートでは初登場45位であった同アルバムだが、その後多数のCMタイアップにより1週間で
73位から16位と一気にランクアップを果たした。最高位は7位。


キュートでキャッチーなピアノ・ポップに乗せたリリックスが全米の女性の共感を得、"恋愛セラピスト"
として高く評価される。


2008年『リトルヴォイス』で日本デビューを果たす。
同年、400万枚のダブル・プラチナを達成したシングル曲「こんなハズじゃなかったラヴ・ソング」が
2009年第51回グラミー賞にて「年間最優秀賞レコード賞」「最優秀ポップ女性歌手賞」の2部門に
ノミネートされた。


アルバム『リトル・ヴォイス』【試聴する】




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