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===========[日記]============
【自民党案と民主党案の比較】
麻生総理が追加経済対策を発表した。
いくつか吹き出すような点があった。
その第1が高速道路の大幅値下げ案だ。
しかも財源には赤字国債を発行せず埋蔵金で賄うという。
つい先日まで民主党小沢代表が国会で発表した高速道路の無料化を、
「そんな事出来る財源どこにあるの?」
と声を大にして批判していたのは自民党だった。
つまりは麻生総理は民主党案の物まね案を発表した訳だ。
小沢代表が国会で発表した時に埋蔵金を活用すると話したのを、
真っ先に「埋蔵金なんて無いよ!」と声高に叫び、
批判したのも自民党だった。
ところが麻生総理は埋蔵金を使うと発表した。
自民党や政府の意見はデタラメで小沢代表案が正しかったのだと、
自民党が認めたような麻生総理の経済対策案だった。
これには僕も笑ってしまった。
しかし実は自民党案と民主党案とは似ているが、
根本的に違っている点が多くあるのを知らねばならない。
麻生案の高速道路の大幅値下げ案にはトラックが含まれていない。
これでは食料品等の物価抑制と経済活性化にならない。
又休日に値下げするとなると年末年始やゴールデンウイークのように、
大交通渋滞が再三発生し大気汚染の環境問題が発生する上に、
利用する者もあまり嬉しくない。
しかも高速道路を管理する国土交通省の天下り先の旧道路公団が残る。
当然相変わらずタダ飯を食べさせる連中を切り捨てられない。
民主党案の無料化は高速道路を一般国道並にする訳だから、
旧道路公団を解体出来るのでタダ飯を食べさせる連中が無くなる。
しかも一般国道の日頃の交通渋滞が、
一挙に解消されるから環境対策上も良い。
その上無料化された高速道路の側には様々な、
沿道サービス業等が進出する事になり経済の活性化になる。
高速道路が直ぐ側を走っているのに、
道路が空を走り指を加えて見上げ溜め息をついている、
企業誘致出来ない悩みを抱える地方がたくさんある。
無料化されれば地方に企業立地可能用地が大量に増え経済の活性化になる。
そのように根本的に内容が違うのである。
中途半端な麻生案は猿まねの限界を露呈した案だと僕は思うよ〜!
ペペンペンペン〜
==========[獄中作]===========
【僕コレ(小指)で市長辞めました!(4)】(旅田卓宗)
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(ちょっとウエットな少年時代)
僕の名前は旅田卓宗(タビタタクソウ)という。
昭和20年4月4日、和歌山市の中心を流れる母なる大河、
紀の川のほとりに生まれた。
終戦間近の4月、桜の花の真っ盛りのころ僕は生まれた。
太平洋戦争も敗色濃厚になり、兵隊から婦女子に至るまで
竹槍持って『やれっ、本土決戦だ!』と勇ましく叫んでいた頃である。
和歌山市もしばしばアメリカ軍の空襲に見舞われた。
今日なら湾岸戦争のように百発百中でピンポイント作戦よろしく、
狙い撃ちされたところだろうが、
その頃はまだアメリカ軍もそこまで優秀では無かった。
ある日の昼日中、僕は乳母車に乗せられて庭先で暖かい陽を
浴びつつ気持ち良さそうにコックリ、コックリやっていた。
そこへ突然の空襲警報[ウオーン!ウオーン!]と鳴り響く
サイレンに驚き、我が家の者は慌てふためいて
一目散に防空壕に飛び込んだ。
飛び込んだところで気付いた。
うっかり僕の事を忘れてしまい、
乳母車に放ったらかしにしたままだと気付いたのである。
どうやらその頃から、僕は家族から忘れられる運命にあったようだ。
気付いた母が防空壕から飛び出そうとした。
「あっ、危ない!」
兄達が飛び出そうとする母にしがみついて止めた。
母は止める兄達の手を振り切り敢然と躍り出た。その時だった。
バリバリバリ!大きく旋回して来たアメリカの戦闘機から
雨霰のごとき銃弾が降って来た。
思わず母は防空壕に首をすっこめて目をふさいだ。
「あーっ、あの子は・・」
ところが僕は乳母車の中で(エヘッエヘッエヘッ)と笑っていたという。
「何と運の強い子!」
母はその時そう思ったそうである。
後年その事を聞いた僕は(僕は運の強い男なんだ!)と
ストレートに信じ込んでしまった。
父の名は稲荷永一と言った。
父は魚屋を稼業としていたが、生まれついての大の博打好きだった。
父は商売放ったらかしで、せっせと博打に精を出していたものだから、
たまったものでは無かった。遂に我が家は崩壊する事になった。
母花子は子供4人を引き取り、思いあまって
父と離婚する事になったのである。僕が3歳の頃であった。
男ばかり4人の子を連れて母は旧姓の旅田姓に戻った。
そこでめでたく僕は旅田卓三に変身した。
成人して後、姓名判断にうるさい母の勧めで
名も卓宗と改める事になった。
離婚した母は4人の子供を連れての生活がよほど苦しかったのか
僕を手放すことになった。
その母に手放されたが故に、後に母と僕の絆は
兄弟の誰とよりも強くなったように思えてならない。
僕は母の姉、井上きみ枝に引き取られ兵庫県の但馬の
山深い栗栖野という小さな村で暮らすことになった。
きみ枝は土地の山林王、井上家の当主の妾であった。
正妻には子供が無く、しかも病弱であった為に、
その時代よくあったように、きみ枝は正妻以上の存在であった。
僕はきみ枝叔母のことを実の母と思い、
井上家の当主のことを実の父と思って育てられていった。
何しろ井上家は山林王である。
僕の将来は保証されていたようなものだった。
その運命が突如、暗転してしまった。
井上家の当主が脳溢血であっけなく亡くなってしまったのである。
にわかに家中が騒がしくなり、親戚中の人々が駆けつけて来た。
でもそれらの人々の視線が一変していた。
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