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これは20歳くらいの時の話です。
当時会社員として働き始めたばかりの僕は、都内からの通勤に大変さを感じ、職場近くの2Kのアパートに引っ越したのです。場所は埼玉県某市。都内から電車で1〜2駅ほどの工場と倉庫ばかりの決して治安の良いとはいえない所でした。 アパートは会社から徒歩1分の近さでしたが、家賃は全額会社負担(借り上げ)だったため、風呂無し、汲み取り便所の築30年超の古い木造アパートでした。 しかも大家が葬儀屋を経営していたこともあり、僕の部屋の真下は葬儀の花輪や祭壇などを置く倉庫だったのです。 仕事が22時に終わり、23時で閉まる銭湯に行くため取るものも取らずチャリで急ぎました。すると車がやっとすれ違えるような細い路地に路駐している軽自動車が一台停まっていたのです。 チャリでその車に近づくにつれ『あれ?人が乗ってるのか?』と感じる程度に車体がかすかに揺れていました。 ところが側を通り過ぎる瞬間車内から「キャー!」という悲鳴が聞こえ車体が激しく揺れだしたのです。 なにごとか?思った僕はチャリにまたがったまま車内を凝視しました。するとあきらかにカー○ックス真っ最中です、とばかりに男女が重なっていました。 『こんなとこでよくやるなぁ』 と思いながら銭湯に急ぎかけた時、「やめてよぉ!」と女性の声が。 『ん?レイプ?それともそういうプレイ?』 そういうプレイにしては演技が迫真過ぎる。「バシッ!」っと叩くような音も聞こえるし。 僕は迷いましたよ。ここで関わってたら銭湯に行けないし、帰ってビールも飲めない。かといってレイプなら放っておくわけにもいかないし。 僕は決めました。 「おい!何やってんだ?」・・・反応は無く相変わらずドタバタやってる。 「おい!警察呼ぶぞ!(さらに声のトーンを上げて)」・・・まったくシカト。 仕方ない・・・僕はチャリから降り後部ドアを力の限り蹴りました。すると車内で上に乗っていた男が初めて気がついたらしく、慌ててドアを開け外に出てきました。 すぐさまズボンを上げベルトをカチャカチャ。 「お前なにやってんだ!レイプか?」・・・30代くらいの小柄なおっさんでした。何か言いたそうでしたが180㌢超の僕を見上げるとダッシュで逃げていきました。 さて取り残された女性。 「大丈夫?」 泣いています。 「警察行く?それとも救急車呼ぼうか?」 相変わらず泣いています。 「男は知り合い?」 「知らないひとです・・・」 「そっか、でも大丈夫だよ。車置いて逃げたからすぐに特定されるから。」 「・・・・」 「家まで送っていこうか?」 「大丈夫です・・・車で帰れますから。」 「この車って君の?」 「・・・はい」 「あ、・・・ドア蹴ってしまってゴメン・・・」 連絡先(家の電話)を交換して別れました。 後日彼女の親から御礼の電話をいただきました。 「あの・・・犯人の車だと勘違いして娘さんの車をボコボコに蹴ってしまいましたが、修理代をお支払いします。」 丁重に辞退されましたが・・・ ゾッとしますね。 |
実際にあった怖い話
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年に数回しか着る機会がない喪服。
出来れば着なくて済めばそれにこしたことがないけど・・・
ちなみに去年は身内や近隣、親類など・・・10件近い不幸がありました。
去年、あまりに続くので「クリーニングに出すのがもったいないって思ってると、立て続けに不幸が起こる!」って認識しました。
にもかかわらず忘れてしまうんですね。
先週の話です。今月初め93歳になる叔父が亡くなりました。大往生でした。
喪服を出しました。そして着ました。
近いうちにクリーニングに出そうと考えました。いや、すぐに出すべきでした。
おととい知らせがありました。
同級生が亡くなったと・・・・。
今は仙台に住んでいる同級生でした。ちなみに中学で2年間同じクラスでした。
殴り合いのケンカをしたこともありました。
中学を卒業してからは付き合いも無く、今どこで何をしているかさえもわかりませんでした。
でも一昨年、突然「再婚するんだ!」って。相手は同級生でした。もちろん俺も知ってる女性でした。おたがい再婚でした。
それ以来何度か顔を合わせ、おたがいに近況報告などしてきました。
仙台に住んでいて仕事も忙しそうでした。
ある日突然「心筋梗塞」で逝ってしまいました。今日火葬でした。眠っているような感じで、触れたら今にも起きてきそうだったけど・・・奥さんは泣き崩れていました。
奥さんに聞けば数年来に渡り求婚されてたみたいです。一度結婚に失敗しただけに、そこは慎重になってたのかもしれないけど。
東日本大震災を経験し、独り身の寂しさややがて訪れる老後を考えると、この人と死ぬまで一緒に暮らすのもいいかも、と決断したらしいです。
実質1年あまりの結婚生活でした。
残された奥さんの哀しみを思うと涙があふれてしまいます。
それが寿命と言われれば、その寿命を決めた神様を俺は許しません!
そして俺は改めて思いました・・・
葬式が終わったら即刻、喪服はクリーニングに出すべきと!
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続きです。
震災前はよく釣りに出かけてました。
陸前高田市にも大船渡市にも。
陸前高田市の釣具屋、おにぎりやサンドイッチを買ったコンビニ、帰りに立ち寄ったラーメン屋、トイレで手を洗わせていただいた道の駅・・・
すべて跡形もなく流されていました。
家族に「また釣りに行くの?どうせ釣れないんだから」なんて言われて、結局釣れなくて、小言を言われるのが嫌だから・・・帰りに魚を買いに寄ったスーパーが、
この有様でした・・・。何度か俺の釣果に協力してくれたスーパーです。
夕方まで釣りをしてると小腹がすきます。そんな時に帰りに立ち寄ったコンビニです。唐揚げが美味かった。
ほとんど復旧されてない状態の陸前高田市です。
市役所がどうなったとか、体育館がどうなったとか・・・でもね、俺が釣りの餌を買いに行った釣具店。お昼を買いに行ったコンビニ。帰りに食べに行ったラーメン屋。魚を買ったスーパー。毎年ハゼがいっぱい連れた防波堤。
俺がお世話になった場所が無くなっているとね・・・涙が溢れてしまうんです。
おそらく顔見知りの方も何人か亡くなられてると思います。
女房と釣りに行ってワカメをくれた漁師さん。干して財布に入れれば金持ちになれるよ、って生きたタツノオトシゴをくれた漁港のおじさん・・・どうなったのかなぁ。
陸前高田市は今は更地になっています。鉄道こそ復旧していませんが徐々に力をつけ始めました。
しかし宮城県の南三陸町はまだまだです。気仙沼市もまだまだです。
国は真剣に復興をしようとしているんだろうか?
そんなことを、選挙を目前に考えてしまうんです。
阪神大震災が起こった時は社会党政権だったし・・・今回の大震災は民主党政権です。
色んな政党が乱立しては消滅し合併し選択に困るでしょうが、美しい日本を取り戻すためには選挙にいきましょう!
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PCの中を整理していて、膨大な画像を「保存」「廃棄」と区別していたら、去年の東日本大震災の画像が大量に出てきました。
・・・そういえば地震大津波があった頃って、俺自身このブログも休止してたなぁ、って思い出しまして。
忘れてはいけないことなので、実際に俺が足を運び目にした凄まじい現状をあえてアップします。
岩手県陸前高田市
じつはこの陸前高田市には叔父が住んでいまして。
海からかなり離れた所に住んでいたので、たぶん大丈夫だろう!と当初は勝手に思い込んでいました。
父親が「探しに行こう」と俺を誘い、ちょうどその頃勤務していた会社も大きな被害を受け、仕事にならないから自宅待機をしていたこともあって、ガソリン不足の中何度か一緒に陸前高田市に出向き撮影した写真です。
この陸前高田市というのは近くに漁港というものが無く、海抜も低く広い土地に商店や公共施設、住宅が密集する街でした。
まず驚いたのが、海がそばに無い所なのに「なぜ?」と。ここは陸前高田市竹駒町という場所です。近くに気仙川が流れていて、津波は川を逆流し気仙町や竹駒町、そして矢作町までもが被害に遭ったのです。
避難した多くの方々が犠牲になった、市中心部に位置する体育館です。おそらく叔父もここに避難したのでしょう。地元の方に聞けば・・・洗濯機の中みたいに体育館に入り込んだ海水が渦を巻いたとか。
これは国道45号線沿いにある市の雇用促進住宅です。4階まで波が襲ってきたのがわかりますか?
ここは市内から山側に抜ける坂道の途中にある酒造会社「酔仙(すいせん)」があった場所です。緑色の巨大な物体は酒樽です。それこそあちこちに流されていました。この100mくらい先は被害がありませんでした。
足を運んだ当時は大きな道路だけがガレキ撤去されていて、他は手付かずの状態でした。
その後話題になった「奇跡の一本松」にはとても近づける状態ではなかったです。
後編に続く
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久しく更新しなくてごめんなさい |

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