|
今月の中ごろから 日本へ来ています。
85歳になる母が手術を受けたので、その看病のためです。
結婚して25年。こうして親の面倒を見ることはなかったので、会社設立で忙しい時期ではありましたが、精一杯看病させてもらって今とても嬉しいです。
タイに残してきた主人と次男には忙しい思いをさせてしまって申し訳ないけれど、感謝しながら 母の面倒を見させてもらっています。
手の痺れとめまいがひどかったので、母は主治医の先生に頼み込んで手術を受けました。腰の骨が悪かったり、緑内障、白内障の目や耳の病気、長年のリュウマチで握力や筋力ががとても弱い母ですが、気丈夫な女性です。「私は昔の人間だから、痛みに負けないしがまんづよいのよ。」そういっていた母。
一人暮らしを12年続けて、ここ数年はやっと生活をしている状態でした。病気をいくつも抱えてつらいだろうに、楽な道を選ばずいつもがんばっている母。
頚椎を3箇所削る2時間半の手術に、自ら挑んだ母。40年続けているコーラスをしたいから、前向きに考えたのですね。
手術を終えて戻ってきた母は一回り小さく見えました。この小さな体で2時間半の首の手術をしたのだと思ったら、涙が出ました。主治医の先生いわく、手術が終わった後 朦朧とする中、母は「先生ありがとうございます。」と何度もお礼を言っていたと。若い先生は、85歳でいろいろな病気を抱える母に手術は耐えられないとなかなかOKを出さなかったといいます。
そして、手術は成功しました。でも手の痺れは治っていません。心配ではありますが、若いときから頚椎に異常があったのできっと回復に時間がかかるのだと思います。手術後の首のレントゲンの写真はほかの人のものかと思うくらいきれいなものでした。
看病をしながら、母の前向きな姿に接することができて感激しています。母は強しです。私はまだまだかしら。そして 昼食に出た菓子パンのひとつをとっておいて、「あなたにあげようと思って取っておいたの。食べなさい。」といわれ・・・ありがたかったです。ベットから起き上がることもままならないのに、私に何かしようとしてくれている母に完敗です。 私も母のようになりたい。
母は大正生まれで、17歳のときから小学校の先生をしていました。私を生む直前まで教師をしていて、
いまだに教え子からはがきが届きます。偶然62歳の教え子から電話をもらうことがあり、母の入院をとても心配してくださりました。50年経った今でも教え子から 先生!と慕っていただく母。これまた一本やられた、という感じでした。
戦争を一緒にくぐりぬけてきた先生と生徒は強い絆で結ばれていたのでしょうね。
母が元気になって、また趣味のコーラスに復帰できることを切に願う娘でした。
|
そして、立派な母親から生まれた、あなたもまた立派です。
性格、心を受け継いでいるのだから。
2010/3/1(月) 午前 8:50
心配性なところは母ゆずりです。そして肝が据わった強い母は私の目標ですね。
2010/3/1(月) 午前 10:46
まいちんさん、お久しぶりです☆
日本に帰ってるんですね。寒くて辛いでしょう。。。
お母様は、まいちんさんがそばにいてくれてどれだけ心強くて嬉しく思われている事か!
お母様、素晴らしい方ですね。強くて優しい。まいちんさんは、しっかりとその血を受け継いでいますね。
2010/3/2(火) 午後 5:40
きんちゃん、こんにちは。・・母のようになれるとしたらいいですね。そしてそれが私の息子たちに是非受け継がれてほしいです。、
2010/3/3(水) 午前 9:42