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たま〜にこのトロフィーを見て過去の栄光!?(・・という程のモノではないが 笑)を思い出す懐古主義のタニーであるが、先日、久しぶりに安心院サーキットを走ったときに、このトロフィーを取った時代の自分と比べ、如何に今の自分の腕が落ちているかを痛感した!(ブレーキングのキレがイマイチでした!) これから走りこんで、昔の自分に少しでも近づきたいところが(できれば昔より速くなりたいが) ちなみにトロフィー取ったレースを含め私の過去の公式カートレースの全戦歴は下記のとおり 95年SL長崎シリーズ開幕戦 T・T4位 / 決勝3位 第3戦 T・T7位 / 決勝6位 第5戦 T・T3位 / 決勝リタイア ヤマハカップミーティング(夏)T・T2位 / 決勝3位 (秋)T・T1位 / 決勝2位 96年SL長崎シリーズ開幕戦 T・T2位 / 決勝2位 第2戦 T・T5位 / 決勝リタイア 第3戦 T・T1位 / 決勝1位 第4戦 T・T2位 / 決勝2位 *SL(ヤマハのカートレース) T・T(タイムトライアル) これが、過去の戦歴であるが、96年の第4戦以来、レースから遠ざかり、カート走行自体からも遠ざかっている 今回のレンタルカートをきっかけに、またレースに復活したいもんです!
しかし、トロフィーの埃の凄いことが・・・・ |
カート
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今回のフランスGPでライコネンはエキゾーストパイプ、通称エキパイのトラブルによりエンジンのパワーダウンに見舞われ、失速し、優勝を逃してしまったが、それでもよく2位をゲットしましたよね〜 あのマッサに抜かれ方を見て、こりゃリタイアやなと思ったけど、よくペースをそれなりに回復し、ゴールまでマシン持っていったよね あと数ラップ走ってたら持たなかったらしいですね とにかく奇跡の2位入賞と言えるでしょう エキパイのトラブルも拙者もカートレースで経験あるんですよね 2枚目の写真は現在のマイカートだが、写真のマフラーとエンジンの中間にあるのがカートのエキパイ 96年のSLカートレース長崎シリーズの第2戦でこのトラブルに見舞われたんですな この日は朝から雨で、得意のウエットコンディション! フリー走行から2位に0.5秒以上の大差を付けてのトップタイムで周回してたけど、タイムトライアル直前に急激にタイムダウン! エンジンパワーが突如なくなり、2秒以上遅くなるトラブルが起き、まさかの最下位! タイトラ終了後、ピットでチェックするとエキパイとエンジンを繋ぐ部品が吹っ飛び、そこから排気が漏れてのパワーダウン スペアを持ってなかったので、サーキットのショップに行くも、当該部品は取り寄せないと無い! 仕方なし、ガムテープで応急処置施して、予選ヒートに臨むも、効果なく、コーナーでは詰めるのだが、立ち上がりで見る見る話され勝負にならず、断腸の思いでリタイアした。 ストレートでぐんぐん離されては話にならんからですな ホンマ、得意のコンディションだっただけにリタイア後、悔し涙を流したが、思い切ってエンジンを交換した次の第3戦ではリベンジの初優勝を遂げた! 悔しい思いがあればこそ、それが成長の糧となり、次に繋がるんやな〜とこの時ほど思ったことは無かった ちなみに3枚目写真は最後の出場レースとなった第4戦の決勝直前のマイマシンと私♪ チーム名はこのときフェラーリのシンボルにあやかり「ブランシングホース」!そしてマシンはフェラーリカラーであった なお、今回エキパイと聞いて、最初に頭に思い浮かんだのはADLさん同様、ワカパイこと井上和香であった・・・
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部屋の大掃除したついでに倉庫で眠らせているマイカート君の手入れをしてきました。 しばらく走りに行ってないので、サビが付かないように、CRCで吹き上げたり、キャブを掃除したりしましたが、中古で買ったときに既に、サビが若干、付いてたんで、新たに付かないようにする程度ですな。 しかしタイヤの劣化(写真1枚目)は避けようもなく、エアを抜いて、ビニールでくるんで保管しても1回使用したら、経年劣化していくんで、練習走行は走れても(当然、タイムは出ないが)、レースではニュータイヤ履くしかないですな。 レース自体はもう10年出てないけど、今年は1戦だけ、スポット参戦したいな〜と考えてます。 マークしてるのは熊本の中九州カートウエイのシリーズ戦か大分の安心院サーキットのシリーズ戦のPRDクラス 中古マシンなんで、雨でも降らない限り、上位入賞は望めなそうだが、参加することに意義ありで、とりあえず今年1戦参戦 数年後に新車を買ったら、勝ちに行くという計画を密かに立てている。 写真2枚目はエンジン周りだが、搭載してるのは台湾製のPRDエンジン 以前はヤマハのKTエンジンで走っていて、レースも当時のKT83クラスで10戦ほどレース経験があるが、PRDではまだレースに出たことがない。 このエンジンはKTと比べれば中低速のトルクが太く、大村湾サーキットで走ったときはKTの時のタイムより1秒は速かった。 ちなみにエンジン後ろにあるスプロケットはギアの役割で、直線重視、ストレート重視のセットの場合、小さいスプロケを用い、直線は伸びるが、コーナーの立ち上がりは苦しくなる。 対して、大きめのスプロケはコーナーの立ち上がりはレスポンスがいいが、ストレートは伸び悩む 大体ウエットレースの場合はコーナー重視となるので、ドライ時より2枚は大きめのスプロケを使っている。 写真3枚目はステアリング周りだが、カートの場合、サスがないので、ステアリングで曲げようとしても、ステアがきれないので、ブレーキングで前方に荷重がかかったときにちょんとステアを入れてやると、よく曲がってくれる。 GW辺り1回走り行って、夏のレースにスポット参戦したいですな しかしエンジンはオーバーホールは必至及びニュータイヤ購入なんで、予算との戦い次第ですが・・
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写真を整理していたら、昔のカートレース参戦時代の写真が見つかりました 95年の長崎シリーズの最終戦(12月)に撮ったものですが、この頃はまだ痩せてました! カートは体重がやはり軽い方が有利なので、身長は176ありますが、この頃は体重60キロで頑張ってました。 あれから12年!2年前に78キロまで増えた体重も、現在68キロまで落としましたが、まだまだ 髪も白髪の方が目立ち、オッサンへの道を驀進中ですが、気持ちはこの頃と変わりなく、いつかはレースにまた出て、優勝を狙っていきたい気持ちは変わることはありません このときのマイカートはヤマハのKT100Sというカートレース入門用のマシンですが、100kmのスピードが出るモンスターマシンでもあります。
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現在のF1ドライバーのほとんどは最初はレーシングカートから始めている。 カートでドライビングの基礎を学び、その後フォーミュラーにステップアップしているのが現状である。 そのため、カートは という位置付けになっている。 私も94年からカートを始め、95年と96年はヤマハの長崎シリーズに参戦していた。 初優勝は2年目の96年7月14日に行われた長崎シリーズ第3戦であったが、何クラスかに分かれて行われていたが、私はFP-4という83タイヤのクラスに出場した。 前年に引き続き、このクラスに参戦し、優勝争いできる自信があったが、開幕戦はトップを追い回しながらも途中でアクセルワイヤーが切れるというアクシデントにより2位 第2戦は得意のウエットコンディションになるも、エンジントラブルでリアイアと、なぜかツイていなかった 第3戦を迎えるにあたり、エンジンをオーバーホールしたが、これが当たり、タイムトライアルで今季の初のポールポジションを獲得 緊張のまま予選第1ヒートを迎えることになった カートのレースの場合、各シリーズによって形式は若干違うが、まずタイムトライアルは10分間全体で走行し、最後の3分間でタイムを計測し、予選ヒートのグリッド順位を決める。 その後、予選ヒート、つまりレースを2ヒート(各10周)やり、決勝ヒート(20周)の最終グリッドを決め、決勝ヒートで最終決着をつける 予選第1ヒートは慣れないポールからのスタートだったため、後者のプレッシャーにまいり、極端のブロックラインを取りながらの走行だったが、途中で1台に抜かれ、2位で第1ヒートを終えた このときすぐ後ろに迫っていたチームAGOの選手をブロックしたとして、AGOのオーナーから猛烈なクレームを受ける始末で、やや精神的に動揺していた。 ところが第2ヒート前に雨が降り出してきたため、全車レインタイヤを装着し、ウエット仕様にセッティングを変更していたが、私は動揺していたのか、レインタイヤを装着しただけで、スプロケもトレッドもドライ仕様のままレースに出てしまった。 2位からのスタートだったがmスタートで前に出て、トップ走行となったが、なんせドライ仕様のままだったので、車が スプロケはドライ仕様の直線重視だったので、ストレートはべらぼうに速いのだが、コーナーでの立ち上がりは鈍い上、アンダーステアーがひどいため、厳しいレースとなったが、得意の雨ということもあり、体を使って、カートを曲げていくドライビングでトップのままチェッカーを受け、第2ヒートは終了した。 そして午後からが決勝ヒートであったため、昼休みに休息を取ったが、緊張感からか、飯が入らず、バナナ2本食っただけであった。 そして午後からは灼熱の夏の晴天となったため、再びドライタイヤを装着 決勝を待った 気温はグングン上がり、暑さはひどくなってきたため、タイヤの空気圧を下げ、レース中盤から発熱してグリップを上げるセッティングにかけた。 路面温度が高くなってくるため、最初から空気圧を高めしていると、途中から高くなりすぎて、タイヤがへたるため、最初低めにしておけば途中からいい感じで発熱し、いいグリップが得られるとの判断である。 空気圧を下げると最初の2〜3周はグリップが得られないため、スピンしやすくなるが、マシンコントロールには自信があったため、このセットに賭けた カートのスタートはF1の様なスタンディングスタートではなく、インディの様な で最も緊張感が高い瞬間でもある。 こうしてスタートがきらえたが、少しスタートに失敗し、後続車に並ばれたが、なんとか抑えきり、トップを堅持した。 序盤は予想通り、グリップが不足し、マシンバランスが悪かったが、中盤からグリップし出したのと、オーバーホールしたエンジンのアタリがつきはじめ、中盤以降は2位以下を引き離し、独走状態となっていた ところがカートの場合、バックミラーがないため、後続との距離感は振り向くか、エンジン音などで計るが、初優勝のプレッシャーから振り向くことが出来ず、そして自分のエンジン音を後続車のものと勘違いしていたため、ファイナルラップまでテールトゥーノーズの接近戦と思っていた。 そしてチェッカー寸前に後ろを見ると この瞬間、優勝を確信し、そしてチェッカーを受けた瞬間、 まさにセナが91年に母国ブラジルで初めて勝って、嗚咽したように・・ カートをやっていて、良かったと思った瞬間であった そしてチェッカーの際、クレームをつけてきたAGOのオーナーも拍手してくれたのも、とても嬉しかった ちなみに2位に入った箕野由大選手はこのとき、高校生であったが、その後、全日本カート選手権までステップアップし、現在は北九州のKENSHO モータースポーツというカートショップの店長をやっている なお、緊張のあまり水分補給をしていなかったため、私は脱水症状を起こし、仕事を2日間休むはめになった・・
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本山選...





