|
2000年の秋、中国の西方にあるウィグルを旅した。
漢族が中心部をおさてしまい、元々住んでいたウィグル族がスラムに追いやられていたウルムチを早々に離れ、「カシュガルに来なければ、ウィグルに来たことにはならない」という宣伝文句に引かれて、ウィグル人の町ともいえるカシュガルに向かった。
馬車にゆられて、ポプラ並木を行くと、何百年も変わらない砂漠のオアシスを歩いている錯覚に陥った。
近所の子供が「ハロー!」と声をかけながら、自転車に乗って追いかけてくる。
いかにも外国人旅行客に見えたのだろうと、少し気恥ずかしくなるが、ウルムチで下を向きながら花を売り、お金を稼いでいた7、8歳の女の子と比べて、生き生きとして見えた。
カシュガルの香妃廟周辺は、敬虔なイスラム教徒の農民が住む地域で、朝から家の前をきれいに掃除し、時間には礼拝を行なっていた。
北京に住む漢族の友人は、「ウィグル人は汚くて、野蛮で、泥棒ばかりだ」と言っていた。
出稼ぎ労働者のイメージが強いのと、独立運動が新聞であおられるために、警戒すべき地域として、認識されているのだろう。実際、北京や上海では、ウィグル族の出稼ぎ労働者による犯罪も少なくない。
しかし、ウィグル族の村では、昔ながらの調和と支えあう人々の暮らしがあった。
中国という“形”を維持するという大義名分のために、漢族の人々は本当の姿を見ようとしていない。
違いを認めて、尊敬しあわなければ、異なる文化を持つ同士はうまくやっていけない。
それは、中国で外国人だった自分にも言えることだった。(T)
(写真は香妃廟へ向かう馬車とそれを追いかける子供達、そして香妃廟周辺の農村の様子)
|
中国では、滅多に“ハロー”と声掛けられませんでした。ウィグルはやはり少し違う様ですね。
トラバさせて頂きました。
2008/3/26(水) 午前 10:18
私もウィグル族自治区以外で言われたことないですね。
イスラエル旅行した時にアラブ人の子供から「ハルロー(Rの発音が強い巻き舌になってました)」と言われたことはあるので、地域性なのでしょう。(T)
2008/3/26(水) 午前 11:39
お邪魔します。
ウィグルの記事書いたら、「こんな記事もあります」画面で、
ここに飛んできました。
ポプラ並木が懐かしいですね。
写真も時々アップするかもしれません。
では!
2008/4/2(水) 午後 6:21
Lady Merryさん。いらっしゃいませ。さいたまには、ウィグル料理の店があるんですねぇ。うらやましいっす。
羊肉が食べたくなったので、トラバしました。また来てください(T)
2008/4/3(木) 午前 8:44
こんにちは。
私も昔、新疆ウイグル自治区に行きました。
人々の笑顔が素敵だなという印象をもっています。
2010/7/24(土) 午後 6:08 [ kemukemu ]
こんにちは 「ホータンとカシュガル1日千キロの大往復 西域南道をゆく13 」
をアップしたらあなたの記事が紹介されました。
興味があるのでやってきました。
'''「道をゆく 〜シルクロードと遍路道〜」'''というブログをほぼ毎日公開しています。
2005年と2007年に西安からトルコ・イスタンブールまでの10カ国を2度にわたって、自転車・バス・ラクダ・馬、時にはヒッチハイクもして旅しました。あわせて248日の'''「シルクロード取材ひとり旅」'''です。
シルクロードの延長線のイタリア、エジプト、中近東も訪れました。
また、四国歩き遍路を三度結願しました。
たくさんの人びとや文化、自然との出会いやふれ合いがありました。その様子を'''7万枚'''以上の中から選んだ写真とエッセイでリアルタイム的にくわしく紹介しています。
よかったら訪問してみてください。お待ちします。
2011/7/4(月) 午前 10:32 [ moriizumi arao ]