身辺雑記そして…

新しい職場にも慣れ、そろそろ自分のカラーを出したいなと思う今日この頃。

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思いがけない出会い。
表紙の絵にもあるとおり、小学校高学年の部の課題図書。
6年生のクラスで授業参観があり、たまたま本棚をみてみたらこの本が置いてあった。
「はるかなる」と「アフガニスタン」という言葉に惹かれ、担任に断り土日と貸してもらった。

一言で言うと、アメリカの少女とアフガニスタンの少年の文通の物語。
だが、きっかけは全くの偶然。
アメリカの少女アビーは、小学校の6年だが成績が非常に悪く、落第を宣告されてしまう。
それを回避するための特別の課題として、外国人と文通し、そこから学んだことを発表するという機会を与えられる。
しかし、手紙を受けたアフガニスタンではけっこうな騒ぎになり、宗教上の理由からサディードの妹が形だけ返事を書き、それをサディードが翻訳・校正し、やりとりをすることになる。
しかし、アメリカとアフガニスタン。
子どもたちの気持ちとは裏腹に、思わぬ方向に話が進んでいくことになる。

世の中って、どうしてこんなにめんどくさくできているんだろうと、子どもならずとも思ってしまう。
外の世界に関心が高いのは、世界共通だと思う。
山なんて見えないイリノイ州に住むアビーが山岳地帯のアフガニスタンに興味を持ち、不毛な土地に住むサディードがトウモロコシ畑を「神のほほえみ」と表現する。
そしてお互いが、それぞれつまらないと思っていたものを見直す機会となる。
しかし、手紙にアメリカの国旗がデザインされていたことからサディードが危険な目に遭い、アビーはアフガニスタンの国旗をはり出したことから非難を受ける。
歴史とか環境っていったい何なのか。
人を縛り付けるだけのものなのか。

勉強が苦手だったアビーがアフガニスタンに真剣に向き合い最後に発表しても、友人は何も興味を示さない。
当事者でなければ、外の世界はただの風景に過ぎないのか。
話は飛ぶが、マザーテレサは「愛の反対は憎しみではなく無関心だ」と言った。
正にその通り。

『はるかなるアフガニスタン』。
西洋諸国にとって、アフガニスタンは、遠い。



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全国を漫遊したという水戸黄門こと徳川光圀。
その実像は、漫遊などしないし、もちろん各地で名裁きなどしない、放蕩者でありカブキ者であったということは、もちろん知っていた。
しかし、ここで描かれる光圀像は、それを遙かに超えるものだった。

戦国の世をひきずる父頼房に、命を失うかもしれないほどのスパルタ教育を受け、兄頼重を差し置いて水戸家を相続したことを、生涯をかけて償おうとする光圀。
というより、儒学でいう「義」にのっとり、苦悩しながらも道を正統に戻そうとする光圀の姿が、描かれているといった方がいいのかもしれない。
「義」とは何か。
正しいかどうかはわからないが、長幼の序や物事のありかたを正しくしようとする「秩序」なのかなと思う。
水戸家を継いだ自分が、後継を兄の血筋に戻すこと。
それを「大義」と思った時、すでに「大日本史」の萌芽は生まれたのかもしれない。

冒頭で、忠臣を刺殺するシーン。
それが物語の最後につながっている。
「武」を措き、「文」に邁進しながら、正統たる「国史」を綴ろうとした時、世のあり方に疑問を思う。
そして、それが徳川の世に対する反逆であることに気づく。
光圀は「行き過ぎ」であると感じるが、意を受けた家臣は「正統」に拘る。
悲劇はそこに起こる。

骨太の筆致で、よくぞここまで描いたと思う。
僕が読んだのは、電子書籍版3巻だが、終わりに近づくのが残念だった。
作者の次の作品に期待する。



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ストーリーにそんなに大きな起伏はないけれど、何だかじんわりと心が熱くなるような作品だった。

青春時代というのは、いつの世代にも懐かしいものだ。
確たる道も見えず、ただがむしゃらに生きている時代。
放恣であったり、放縦であったり(似たようなことか)、だが一途に何かを思っている時代だった。
友人との関わりだってそうだ。
就職してからの友人は、呼び捨てできるほどの間柄はほとんどいない。
だが、学生時代の友人は、いつだって懐かしい。

本作は、新大久保駅で起きた乗客転落事故で亡くなったカメラマンをモデルにしている、ということだ。
横道さんだったけかなと思って調べてみたら、関根さんだった。
この方の人生をモデルにしたかどうかまではわからないが、一緒に亡くなった韓国人留学生の扱いと大きく差をつけられているのは、残念なことだ。
ただ、韓国人留学生のせいではないことは確かだが。
政治家だって、留学生の葬儀には顔を出し、日本人の葬儀には目もくれないというのじゃ、いったい何なんだと思う。

それはさておき、どんな平凡な人にも、人生はある。
けして忘れてほしくない人生が。



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最近読んだ歴史書の中では出色のものだった。

書き始める前に、画像は本体とはずいぶん色合いが違う。
不本意ではあるのだが、本筋ではないのでそのまま書き進める。

まず、本書のきっかけは、大和地方の霊地に、出雲系の神々が祀られているところから始まる。
そこから記紀の解釈に至り、結論は表出のようになる。

魏志倭人伝の表記が曖昧なため、邪馬台国の位置は議論百出した今もまだ決着がつかない。
しかし、九州から東漸したのを、瀬戸内海ではなく日本海としたら、疑問は瞬く間に氷解する。
その結果、邪馬台国は大和であったという結論に達する。
しかし、筆者は邪馬台国と大和朝廷は連続しないと論ずる。
九州で起こった新勢力が、大和に攻め入ることによって、政権の交代が行われたとする。
それが、「国譲りの神話」であり、滅亡に至らずに出雲系の勢力から大和政権に権力が委譲されたとする。
結果、大和地方を巡る山々には、出雲系の特徴である磐座(いわくら)信仰が残り、大和の神々と共存することになったという。
記紀に卑弥呼が取り上げられないのは、政権が連続していないのだから当然であり、邪馬台国は滅亡したのだという。

何と斬新な、と感嘆した。
各地の神社の縁起を繙くことによって、その謂われをたどり、出雲系民族の足跡をたどる。
これほど綿密に、かつ斬新な発想をもって行われた古代史研究は、これまでなかったのではないか。

もちろんいくつもの疑問は残る。
九州で起こった政権が、なぜ大和に攻め入らねばならなかったのか。
出雲系の勢力が大和で覇権を持ったのはなぜか。
そもそも、なぜ日本史の中心が大和になったのか。

それらは、これから解き明かされることであろうと思う。
何より、視点を変えることでこんなにも説得力のある学説が生まれてくることに感動する。
発刊からわずかであるのに、版を重ねていることもうなずける。
さて、これからどう展開していくか。



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いつもながら、有川浩の小説には感動する。
はっきり言って、登場人物なり設定なりは、予定調和のワンパターンなのだが、それでも意表を突く展開にやられてしまう。

今回は、全く意図せぬ事故でパイロット免許剥奪となった主人公が中心となる物語ではあるが、あくまで中心。
登場人物すべてが主人公と言っても過言ではない。
その中に様々な風刺がちりばめられている。
若干自衛隊寄りと言えなくはないが、世の中の風潮を考えれば、これでもバランスがとれないくらいだと思う。
その他にも、マスコミの姿勢、男社会で働かなければならない女性、出世と仕事など、考えさせられることがストーリーの中にたくさん出てくる。
極めつけは、3月11日とその後の日本。
被災者でありながら災害救助に尽くしている人たちが、どれだけたくさんいることか。
自分の家を流されてしまって、家族を失ってしまっても、それでもなお他人のために尽くしている人たちが…。

現実は過酷だ。
だが、それを大きな声で言わないからまた、共感する人たちが出てくるのも事実だ。
今でも続いている現実として。

ところで、有川浩の小説は、登場人物が成長していくから好きだ。
挫折することがあっても、振り返ってばかりだったら、そこからは余生じゃないですか。
そんな意味のことをスカイが言う。
身につまされる言葉だと思う。
いくつになっても青春。
死ぬ時だって前のめり。

そうありたいものだと思う。



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