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バリ島に来ると必ず行くクタスクエアへ今回はcabeさんのブログで知った
カフェデュランへ行き(以前にもここへは行っていたのですがcabeさんのブログで
見てまた行きたくなりました)大好きなピサンゴレンとカプチーノを頂きました。
お値段はカプチーノ1、コピ1、ピサンゴレン1の合計で確か日本円にして300円位だったかなぁ
クタスクエアはインタナショナルなショッピングエリア。
インドネシアで一番大きなデパートマタハリやケンタッキー
色んなブランド名が並ぶショップ(商品は殆どがインドネシアライセンス物やコピーが
多いです(笑))そして今回テロにあったカフェ…ラジャ。
デュランはラジャのお隣だったかな…
色んな国の人達がお喋りをしたり道行く人を眺めたり
美味しいインドネシア料理やインターナショナル料理を楽しめるカフェです。
同じ並びにあるセントラルクタと言う両替所(支店)で円をルピアに換金。
9月30日の両替レートは1万円が89万ルピアになりました。
その日はDFSやプラザバリ、クタスクエアでお買い物&軽食をとり
リッツでの最後の夜を過ごす為早めにビラに戻りました。
翌日10月1日…ホテルをチェックアウトし頼んでおいた車に乗り込むと
私達は次の宿泊地ウブドに向かって出発。
午後2時頃だったと思いますがジンバランを通るバイパスに出ると
反対車線をインドネシア軍のトラック、戦車オートバイ、トラックの上には
迷彩色の制服を着込んだ軍人さんが何十人も機関銃を肩に乗りこんでいます。
以前、サミットの前にヌサドゥアに滞在していた時にも軍の人たちと
一緒に記念撮影などをしましたが、その時の彼らはとっても暖かい笑顔で
私達と写真を撮っていました。
しかしこの日の彼らの表情は固く…カメラも向けづらい雰囲気。
実はこの時点でヌサドゥアやジンバランのホテル近辺に爆弾が仕掛けてあると言う
事で軍隊は爆弾撤去の為に動いていたらしいです(後で教えられました)
かなり沢山の偽爆弾などもあり撤去されたとの事。
何も知らない私達は呑気に「演習でもあるのかしら?セレモニー」「それにしても
随分沢山の戦車やトラックねぇ…それになんか顔が怖いね」と、言いつつ
ウブドに向かいました。
ウブドでは以前宿泊した事のあるマヤ・ウブドのデラックスルーム
お値段は3連泊割引で約3万円位(一日一部屋1万円の計算ですね)
朝食付(バッフェスタイル)このホテルの朝食は種類も多く和食も充実していて
朝から無料でモーニングシャンパンも出ますが私達は二人とも下戸の為飲めません(笑)
一部屋に一日4本のサービスミネラルウォーターも付いています。
チェックインを済ませると早速ウブドでも安くて有名なデルタデワタという
スーパーへ叔母のお気に入りの石鹸を買いに行きました。
買い物が終ると待たせてあったホテルタクシーでモンキーフォレスト通りまで
向かいます。ホテルタクシーはウブドの街中まで均一3万5千ルピア(400円位?)
モンキーフォレスト通りに着くと早速街中をジャランジャラン(お散歩)
アタのランチョンマットやフランギパニのお香などを購入。
ランチョンマットは値切って2枚1000円位。このアタが結構目が細かくて良いのです。
お香は80円位でした。
夜7時半から王宮で始まるレゴンダンスのチケットを二人分購入すると
取り合えず時間まで足のマッサージに(1時間3万ルピア400円位?)安くて上手です。
レゴンダンスの途中雨が降り出しましたが最後まで見ると、白タクと交渉してホテルに戻りました。
(白タク代金2万ルピア250円位ですね)
お部屋で二人バスを使ったりバルコニーで夜空を眺めていたりしていると
電話が鳴っています。叔母が「東京からかもねぇ」「そっかぁ電話するの忘れてたね」
呑気に電話を取ると…受話器からは初めての声。それも男性の「○○様ですか。こちら
○○旅行社の○○です。」「ハイそうですが」「お連れ様のお名前と○○様のお名前を
フルネームでお願い致します」私は二人の名前をフルネームで・・・「安否確認の
ご連絡です」「えっ!」「お二人ともお怪我などはありませんか」「何かあったんですか」
「ニュースをご覧になっていませんか。先ほどクタ、ジンバラン、ヌサドゥアで同時多発
テロが発生しました。皆様の安否確認を急いでおります」ここで初めて事の重大さを
「テロですか」「今現在情報が錯綜していて正確な事は掴めていませんがクタ地区のクタスクエアに
あるカフェとジンバランのフォーシーズンズホテルそば、ヌサドゥアのウエスティンが
爆破されましたので今夜は決してそちら方面へのお出掛けは控えて下さいね」・・・・・
何??どうして???そう言えばこちらに来る途中軍の車に出会ったんだ・・・
実は本当に情報が錯綜していてヌサドゥアのウェスティンは被害に合っていませんでした。
あの時点では日本政府もチケットなどをお願いしていた旅行社も正確な情報を把握していない
状態でした。電話を切ってすぐにテレビをつけると血だらけになった人を運び出す映像などが
インドネシア語の為言っている意味はわからないまでもトンでもない事が起こっていると
すぐに東京に電話をかけようとしたけれど電話は全く繋がらず何度かけても駄目だったので
叔母に「パソコンルームに行ってネットで調べてくるね」と…
そしてブログを開くとすでに日本ではニュースが流れていたんですね。
皆様のご心配の書き込みを見て…本当に嬉しかった・・・
写真は移動途中の景色とウブドでの滞在先マヤ・ウブドホテルのお部屋やお庭などです。
明日はウブド近辺のカフェや景勝地(テガララン、キンタマーニ高原、ティルタエンプル等です)
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