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北海道利尻郡鬼脇村・・・私の出生地の住所です。 父は、1997年に経営破綻して世間を驚かせた、某都市銀行鬼脇支店の支店長でした。 何故、そんなに小さな村に、大銀行の支店があったかといえば、 春になると、大量の 「ニシン」 が産卵のために鬼脇村沿岸に現れたからです。 以前はもっと南で獲れた魚で、小樽の豪華な木造建築、ニシン御殿は有名です。 温暖化と乱獲を逃れてニシンが北上してきたと聞いています。 そして鬼脇沿岸でも同じように乱獲され、結果、ロシアへその産卵場所を移してしまいました。 その途端、支店は閉鎖となり、父も札幌に近い他の町に転勤になりました。 引越しのため、稚内行きの小さな連絡線に私たち一家が乗船すると、浜辺に大勢の村人が集まってきました。 「お見送り」 のためではありません。 私たち一家に向かって抗議の旗が振られ、罵声が飛び交っていたのを、 まだ5歳にもなってなかったはずですが、漠然と覚えています。 ただ、母にその記憶を話をしても 「そんなことあるわけないでしょ! 本の読みすぎ、妄想だよ」 と一喝されてしまったので、私の記憶については自信がありません。 ただ、ニシンがすべてだった村がニシンに見放され、新しい糧を得るために、最も銀行を必要としていた時期のはずです。 その銀行にも見放されて、村人がどんなに困窮したかは、充分想像できます。 上京して少し生活が落ち着いた20代後半、自分の出生地を見たくて利尻島を訪ねました。 船を降りて眺めた鬼脇の村は (当時、既に合併により「東利尻町」と名前を変えていました。 現在は更に名前が変わり 「利尻富士町」と呼ばれているようです) 私の記憶そのままでした。 左右に続く広い原っぱ、すっくと立つ灯台、広い通りの先に美しくそびえる利尻富士・・・
ただ、この記憶さえも母や姉たちに否定されています。 「5歳になるかならないかよ。 覚えてるわけ無いじゃない。 写真や私たちの話からイメージしてるだけ」 そう言われれば、そうかな・・・と思うタイプです。 それでいながら、信じて貰えなかった悔しさを未だ根に持っています(^^♪ 利尻富士に行こうと思ってタクシーに乗りました。 運転手さんが 「お客さん、東京から?」 と尋ねました。 「はい」 とだけ答えました。 「東京みたいに面白い所はなんにも無いけどね。景色だけは綺麗だと思うよ」 のんびりと、そう語る運転手さんに 『東京からきましたが、この村の出身です』 と続けたかったのですが、どうしても言い出せませんでした。 小さな村です。 もし言えば名前や島を離れた理由を聞かれ・・・あの銀行のとなれば・・・ 引越しの際に浴びせられた罵声を、母がどんなに否定しても、私はやはり覚えているのです。。 ところで、故郷の海は、私の記憶を超えて綺麗でした。 南紀伊白浜を訪れて、暖かな水色の海に感動しました。 故郷の海は濃紺に澄んで、水底を赤サンゴが覆っていました。 「こんな綺麗な場所で生まれたのだ」 という感動が、 故郷を訪ねて、故郷といえない寂しさを、多少なりとも拭ってくれました。。
何故、今こんな話を? もうすぐ産まれた日がやってくるからです。 23回目かしら(^^♪ 決して、プレゼントの催促記事ではありません(*^_^*)
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故郷(北海道)
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北海道と言えばジンギスカン、ジンギスカンと言えば北海道、オマケに姉の家は庭自慢。 (わ!姉が見てたら怒りそう) お客様(私のこと)迎えたら、やらないでかなBBQ! で、義兄が炭をおこして準備中。
私の中に芽生え始めているブログ魂、カメラを向けたが、暗いので中々上手くいかない。
何故そんなものが普通の家にあるのかわからないが、2メートル近い照明をセットし始めた。 姉と姪がやってきた。 「まだ網があったまってないじゃない」 文句言いつつ楽しげに準備する姉。お肉はラム(子羊)と牛。 専門店で丸ごとタレに付け混んであるものの切りおろし、野菜は自宅で取れた物も混じる。
紙コップが配られ、さぁビールと言うところで姪が衝撃の一言。
皆で一斉に立ち上がる。 一年に一度、夜の数時間しか咲かない「月下美人」が今夜咲くかもという話は聞いていた。 BBQエリアとは少し離れた場所で、見事に咲いていました。 もちろんカメラを向ける私。 すると義兄は又ライトを移動してくれる。 「やっぱり僕も撮ろう」ご自慢の一眼レフをとりに家の中へ。 「撮り出したら長い。ほっといて、早く食べよう!」 姉の言葉にジンギスカンエリアに復帰、女3人でビールで乾杯! 私はアルコールがダメと言ってもコップ一杯のビールなら美味しいと思って飲める。 でも義兄はまったくダメ、だから乾杯の席に義兄がいなくても問題ないのだ。 私を含め4人姉妹の結婚の条件No1は「お酒飲めない、タバコ吸わない」 姉3人は見事そういう相手を射止めた。私は○○○○♪ 金網に並べたお肉からいい匂い。
「いけない! 昨日の手巻きの残り、焼こうと思ってたんだ」と姉 「お寿司ご飯でおにぎり作るって言ってなかった?」と姪 二人はバタバタと家の中へ。 行き違いで義兄が戻ってきた。 「ほっといて食べましょう」 義兄の言葉に有り難く食べ始める。美味しい!
顔を見合わせる私と義兄。 すぐそこにいた、ミミちゃんが。 姉か義兄のどちらかが家を出るとき鍵をかけ忘れたのだろう。 ここの家の二匹の猫は、ドアノブに乗っかってドアを開ける技術を習得しているから、鍵をかけないとダメなのだ。 「彼女はまだいいんですよ」ミミを抱き寄せながら義兄が言った。 「こうやって、僕達のいるところに来るから。でもハナはどっか行ってしまうので大事になってしまうんです」
「バスケット取って来ますから、ミミ抱いててくれますか?」という事で再び家の中へ。 行き違いで姉達が戻ってきた。 私がミミを抱いているのを見て事情を察したららしい。 「バスケット取りにいくよりミミを家に戻せばいいのに」 ごもっとも・・・ 姉がミミを抱いて再び家の方へ。 私と姪とで、ホタテやイカを焼いて、頬ばっていると姉とバスケットを抱えた義兄が戻ってきた。 バスケットの中にはミミとハナ! 「彼女達も表にいたいんですよ」 義兄は本当に優しい。おまけに長身でハンサム、姉はどうやってこんな人を・・・ とにかく、やっと落ち着いて食べることが・・・無言でお箸を運ぶ面々。 不意に何かがおかしいと思った。なんだろう?
私の叫び声に全員がバスケットを見て、全員が立ち上がった。 「ミミ〜」 「ハナ〜」 BBQは猫探しに豹変、いや猫変? いかに旭川とはいえご近所はある(ワ!旭川の人怒らないで) お隣の庭に入り込んだりしたら大変なのだそうだ。
皆、満足そうな表情してたので、それぞれに、いつかは、食べてたんでしょうね(^▽^)/
姪が「4匹いた子猫の中から貰い手のなさそうなのを2匹選んだ」というだけはある。 特にハナは名前とはほど遠い容姿の持ち主。 つい「クロ」と呼んでしまいあわてたけれど、気付くと姉も時々「クロ」って呼んでました(^▽^)/ |
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すみません。ゴロを面白くするためにタイトルが不正直になってしまいました。
手打ち蕎麦、茶きり蕎麦、柚子蕎麦・・・色々ありますが、蕎麦の実を摘むところからやっているお蕎麦やさんて、 希少だと思うんですけど、そんなことないですか。 旭川近くの江丹別という町のその名も「江丹別」というお店です。 江丹別町の入り口には「日本一の蕎麦の町」と書いてありました。 旭川滞在も四日目。 初日は飛行場から「大雪の見える峠」経由で姉宅へ、 二日目は、前回ご紹介した美瑛、 三日目は層雲峡、帰りは温泉にまで入りその後バーベキュー。 日頃そんなハードな行動派じゃないので疲れ果て、 義兄から「今日は何処へ行きましょうか」といわれ「ネコと遊んでたい」と答えておいたのですが・・・ お昼頃、姉から「お蕎麦食べに行こう、すぐそこだから」といわれ、他に食べ物無さそうだし、つい頷いてしまいました。 義兄が車の用意をしている。 「エッ、車で行くような所?」 「この辺だと、東京みたいに近くに色々ってわけにはいかないから」と姉。 「歩けばそれなりにあるけど、車だからすぐですよ」と義兄。 その義兄が明らかにスピード違反の速度で突っ走り、結局一時間強はかかりました。 (教師がこんなことして良いのだろうか) ま、途中、鹿さんにも会えたし、運転してもらって、文句は言えません。 子供の牡鹿です。雌鹿はよく見かけるけど、牡鹿はめずらしいとのことです。
で、そのお蕎麦屋さん。 畑を持ってるからといって「今朝、摘みたての蕎麦です」という訳にはいきません。 収穫時期というものがあるので。それは蕎麦の花が実に変わる9月です。 「つまり、今が一番、味が落ちる時期かな」と義兄。 でも9月になれば当然、蕎麦の真っ白な花は見れないとわけです。中々、思い通りにはいかないものです。 私はザル蕎麦を食べましたが、今まで食べた事のないようなスッキリした味、 見た目もツヤツヤしていて、やはり新鮮なんだろうと思います。
タレも蕎麦湯(私はタレと混ぜないで蕎麦湯だけ飲むのが好きです)もvery delicious! 義兄が付け加えて言いました。 「味もそうなんだけど、モリ蕎麦とザル蕎麦の値段が同じっていうのも気に入ってるんですよ」 これすごく同感。
自宅から海苔持参で行って、モリ蕎麦にさりげなく掛けたりしたら、いけないものなのでしょうか。
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15年前にも同じ場所を訪れてます。 その時は正直「ただのお花畑、近くならともかく遠くから行くほどの場所じゃないな」と思いました。 だから、今回も行くといわれて「あそこはパスしても」と言ったのですが、聞き入れられず・・・ でも行って良かったです。 随分と整備されていて遠くから訪問しても「行き損」は無いと思います。気鋭の美瑛町(言ってしまったオヤジ・ギャグ)です。 その秘密がこのMAP?
お一人様500円で坂の多いお花畑をぐるぐる回ってくれます。 トラクターが引っ張っているのがユニーク。 車運転できない、自転車もダメ、飛行機の操縦なら(できるわけないよね)の私は、この手の乗り物大好き! でトレインつながりでこんな写真も。
一周100円くらいです。100円でアンドロメダまでいけるの、この「汽車」だけです(笑) 途中、鉄橋も踏み切りもあります。 さすが子連れじゃないと乗りりにくくて年中みてますが未体験です。 りおん様、これがR君と子リオンちゃんを乗せたい「汽車」です。 マダムK様もお孫さんと一緒にいかがですか? あ、ポニョコさんも一歳になったら大丈夫だと思いますヨ。
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羽田空港へ行くのはざっと10年ぶりです。 (最近は東京国際空港というらしいですね。知らなかったし、よそよそしいので羽田で通します) 昼間だったので猛烈な暑さでしたが車内は涼しかったし、 高速から見る風景はビルが沢山増えていて、まさにTokyoという感じ。 ビッグサイズの東京タワー (すみません。レギュラー・サイズが正しいと思います。我が窓から毎日ミニチュア版をみているのでこう言いたくなってしまうのです) レインボーブリッジ、お台場海浜公園・・・そして宝くじに3回連続して当たったら買いたいと思っている、 憧れのマンションの最高層の部屋も見えます。
『なんで旭川くんだりまで行こうと思ったのだろう。お台場のホテルでのんびりした方が楽しそうだ』 姉不幸な事を思った私です。 旭川空港では義兄が迎えてくれました。 「お天気が良いから、少し遠回りして大雪みて行きましょうか。」二つ返事で頷く私。 その日に始まって滞在中、帰り間際まで5日間ドライブしっ放し。 後でわかったのですがこの義兄の「ちょっとそこまで」は小一時間、 「小一時間」は大2時間、「少し遠いかな」は一日がかり、もちろん車でです。 旭川周辺はとにかく緑・緑・緑です。
その緑のダンダラ模様の中に8月の様々な花、蕎麦の花・向日葵・ブルーサルビア・百日草などなどが 鮮やかな彩りを添えていました。 雲の上に浮き上がったように見える雪を頂く旭岳(大雪山嶺一の高峰です)も感動物でした。 姉夫婦の家も庭が広くて良く言えばイングリッシュ・ガーデン風。
圧巻は最後の日に訪れた、姪の働く旭岳ビジターセンターへ続く深い山道。 狐・鹿・蛇・鷺もみかけました。
旭川空港のまん前のお店で「絞りたて牛乳」製のソフトクリームを食べました。 こののどかさは羽田じゃ考えられませんよね。
羽田へ戻り、空港を一歩出るとムッとする暑さ。 ボンヤリしていたら誰かがドンと肩にぶつかって追い越していきました。 あ、ここは東京なんだと自覚した瞬間です。 来た時と同じ高速を通って帰りました。 もちろん見える風景は同じ、いや、時刻は丁度夕方から夜へ向かう時間、Tokyoが一番美しく見える時間です。 それなのに、何故でしょう、来た時のトキメキがありません。 タワーもただの鉄塔にしか見えません。 鉄とコンクリートの無機質な街、お台場は人工の不自然な海、 あんなマンション、宝くじが4回連続で当たっても住みたく無い、 人間があんな高いところに住むなんて不自然なこと。 こんな場所で私は暮らしていたのか、 毎日、幸せに感じていた物すべてが色あせて、空しさと疲労感が押し寄せてきました。 でも心配しないでください。こう感じたのはその日一日限りのことです。 翌日にはTokyoも悪くないなと思っていました。 そして今は、またTokyo大好人間に戻っています。 渋谷ハチ公前のスクランブル交差点を誰にもぶつからずスルリと渡り抜け、 カウンター席で一人エスプレッソを飲む「スタバの女」に戻っています。 自分の住んでいる街、好きじゃなかったら辛いですからね。 すみません。私は自分の文に酔う悪い癖があります。 「スタバの女」という言葉は吉田修一さんが「パーク・ライフ」という小説の中で孤独な? (そう感じるかどうかは読み手次第と思いますが) キャリアウーマンを表すのに用いた言葉で、戻るには年齢的に無理が・・・ 旭川の爽やか〜な風景は写真見ながら一人で楽しみます・・・なんてね。 ちょっとだけ坂井泉水さん似の姪の話も交えて、折々公開していきたいと思っています。
☆一番上の綺麗な夜景は借り物です☆ |



