|
もちろん、あのゲルニカです。
マドリード・ソフィア王妃芸術センターに所蔵、ダリから始まってピカソに変わる展示室、
その先頭の特別室に展示されていました。
(絵画の配置は頻繁に変わるようなので行かれる方は要注意です)
ピカソ・ダリ・ミロなど現代アートの巨匠たちの作品が常設展示されています。 18世紀の病院を改装、設備はとても近代的でした。 偉大な名作を前にして、仔細な記述で申し訳無いのですが、
特別室の入り口の
「えっ?」 と思ったのは、私だけではなく、多分、居合わせた方全員・・・
実は、この美術館の入り口には
「じゃあ、撮ってやろうじゃないの」とは思ったのですが、
警備員(学芸員?)が軍服みたいな制服で、しかも、あちこちに〜
「当然の自主規制」を求められてる雰囲気で、とてもカメラを取り出す気にはなれず、
周囲を見渡しても、撮ってる方誰もいない。
ということで、写真を諦めて、「ダリ」の部屋を幾つか通り抜けてきた後なので、
特別室の「禁止表示」に、「なんだ、ここ以外は撮ってよかったんだ」
(私を含め)皆さん、一斉にカメラを取り出したことは言うまでもありません。
ダリの部屋へ戻る方も。
外国の方は 「周囲を見て自分の行動を決める」 と日本人を批判されますが、
この場に居合わせたのは、GWと夏休みの間いう時節柄、ほとんどが欧米人か中国人、
自分たちだって周囲を見て自分の行動を決めてるじゃないの
いずれにしても、「ゲルニカ」は撮影禁止ということで、
ごめんなさい
(この方の記述によると、少なくとも昨年の秋までは撮影OKだったようです
私が撮ったのはこちら。
皆さんが隣室から撮影してたので。 でも少々後ろめたかったせいか、かな〜り中途半端
その後撮った作品の中から数点を。
(タイトルとか聞かないでね
1937年、当時のスペイン共和国政府と対立していた、フランコ将軍とナチス・ドイツが、
スペイン・バスク地方の都市ゲルニカを無差別爆撃、一般市民を恐怖に陥れました。
史上初の無差別攻撃と言われています。目的は共和国政府への「みせしめ」・・・
乳母車に乗った赤ちゃんや、杖をついた老人、身動きできない入院患者・・・
こんな人たちまで巻き込む「無差別攻撃」は余りに残忍です。
祖国の惨事を知ったピカソは、爆撃の犠牲となった方々の苦しみと怒りを代弁すると共に
世界中で二度と同じ過ちが繰り返されないことを願って、「ゲルニカ」を描き上げました。 その願いも空しく、2年後に勃発した第二次世界大戦では、当たり前の攻撃手段となり、
東京大空襲、広島への原爆投下と拡大していきました。
刀や槍でちまちまとで争っていた戦争を、大量破壊兵器や生物化学兵器にによる無差別殺人へ進化?させたもの、それは、科学や化学の「進歩」でしょう。
また、軍事的需要が科学や化学を進歩させてきたとも言えるでしょう。
私たちが今使っている、このインターネットも、元を辿れば、
アメリカの国防政策の一環として開発されたものです。
豊富な予算と貴重な「実験」の機会がそこにはあり、
しかも、「お国を守るための研究」が出来るのです。
誰もが平和を願っていることは確かなのに、何故か逆方向に流れて行く世の中、
なんだか、悲しいですね。。
「ソフィア〜」の気持ちよい中庭。 |
スペイン
[ リスト | 詳細 ]
|
スペイン好きの方や、スペイン人の方が読んだら怒りそうな内容です。
あ、若干一名のスペイン在住ブロ友のあの方も(((゜д゜;)))
いわゆる「食通」の方も唖然かも〜
あと、これからスペイン旅行をされる方にも、参考にならないと思いますので悪しからず
スペインは食材が豊富で、調理方法も多彩、フランス・イタリアと肩を並べる「食の大国」
もっともっと美味しくてオリジナルなお料理が豊富にあるのは分かっているのです。
でも〜
でも〜
海外に行き始めの頃は気張って「名のあるレストラン」等にも行きました。
でもあまりの量の多さに・・・オードブルでもう満足っていう感じです。
残すのは失礼かなと思いますし、その場で吐くのもWWWWWW
「非アルコール」体質にも原因があります。
私の好きなラテンの国々はいずれもワイン自慢、
それなりのレストランでは、ワインを注文しないとテーブルが様になりません。
でも無理に飲んでその場で吐くのもWWWWWW
なので、同行者と分けて食べられて、
飲み物も「ミネラルウオータ」と軽くいえるような、
カジュアル系レストランを選ぶようになり、 結果、かな〜り貧相というか、ここまで来てこれかよみたいな料理を食べることが多いのです。
それを踏まえてのベスト3とお考えいただければ^m^
第3位 マラガで食べたイタリア料理
何が悲しくて、スペインでイタリア料理?って聞かないで
「一度くらいは、きちんとしたスペイン料理を食べないとね」
ということで、最後の日のランチはホテル近くの気になっていたレストランへ行きました。
緑に囲まれたエントランスが素敵で、ラフな雰囲気だったからです。
今になって気づいたんですが、ちゃんと Pizzeria という看板が(^_-)-☆ メニューを見てたら、pasta、pizza などの言葉が飛び込んできて・・・
するとオーナーと思われる方が近づいてきて「You know?(分かりますか?)」
『何故そんなこと聞くの? 分からないと言ったら日本語で説明してくれるのかい
「スペイン語とイタリア語のメニューですが」
イタリア料理の店でした。 今更出るわけにも行かず・・・・
「食材は地元の新鮮なものを使ってますよ」とおっしゃるし〜
日本でも、小洒落たレストランに行くと日本語の下にイタリア語を添えてることが多いので
何となく分かってしまって・・・あるいは分かった気がして
説明が無くても分かるような説明ですみません。 なんせ、メニューの言葉が(^^♪ オーナーが映画好きみたいで、イタリア&スペインの有名映画や、スターの写真が壁いっぱいに。 って分からないし、ぼけまくってますね(#^.^#)
それにしても、ちょっと「家庭的」過ぎる品々の羅列で(美味しかったんですけどね)
詰まらなかったと思いますので、ここで大サービス!
オーナーが「お写真お撮りしましょうか」と声をかけてくれました。
近年、顔写真を撮るのが本気で嫌になってる私達ですが
ここは素直に、極めつけのポーズで撮って戴きました。
見たい方は、下の空欄をなぞってみてネ!
↓この下辺りをマウスで(左)クリックしながらナゾルと浮かび上がってくるのですが・・・
そんなもの載せるわけが!(^^)!
第2位 アルハンブラ宮殿内のパラドールで食べたランチ
パラドール外観 レストラン レストランからみたテラス席 この雰囲気ですよ〜
かなーり期待をもたれても当然とは思いますが・・・
そうは行かないのが、私の旅ご飯(*^_^*)
あ、余計なこと書きすぎて、既にかなり長いですね。
次回に続きます。 |
|
タイトルはウルルン滞在記風に読んで下さいね(*^_^*)
マヨール広場です。 ヨーロッパの町のほとんどに、このような広場があります。
ベネツィアのサン・マルコ広場のように教会に由縁する広場、
こちらのように王家に由縁する広場、
(周囲を囲んでいるのはフェリペ3世・・・ダレ?・・が1619年に完成させた建物)
フランスのバスティーユ広場は王家を打倒した革命を記念する広場、
そういった権力構造とは無関係に商魂だけで作り上げた広場など、色々です。
多くがスクェアで、カフェとShop(典型的な土産物店から専門店まで)が取り囲んでいます。
そして、あちこちの広場が世界一美しい広場と自称しています
少し謙遜してかヨーロッパ一美しい広場なんていうのも。
でも世界一美しい広場と自称する広場がヨーロッパに有る以上、
ヨーロッパ一美しい広場と世界一美しい広場は同義語ですよね
なので、私は、今、自分がいる広場が世界一美しい広場と思うことにしています。
だから、この日の私にはマヨール広場が世界一美しい広場♪
こんな広場の一角にお気に入りのカフェを見つけてボンヤリと時間を過ごすのが、私にとっての 「旅」 の醍醐味♪、最高に幸せな時間です。
馬に乗っているのがフェリペ3世、その右隣にスペイン王家の紋章 不鮮明でごめんなさい
20代・30代の旅は自分探し、中高年の旅は何かテーマのある旅が多い
こんな新聞コラムを読んだことがあります。
もちろん、今更 「探したい自分」 なんて無いですが、テーマと言えるほどのものも無く・・・
多分、私の旅は 「浸りたい」 かな、なんて思ったりします
ステーキ?・・・忘れました(*^_^*)
印象に残るほど美味しくは無かったということでしょうか
でも、味なんて関係ないです。
広場でくつろいでる人って現地の人も旅行者も皆笑顔です
色んな料理が行き交い、色んな言語が飛び交い、
旅芸人の奏でる音楽が聞こえてくれば、天国にいるような気分〜
広場からはたくさんの魅力的な路地が延びています。
でもこの街の路地は魅力的であればあるほど同じ分量危な気です。
そんな路地を迷いながら、緊張しながら彷徨って、辿りついたので、一層、天国に思えたのかも知れません。
「天国」とは云え私は現世人、永遠に留まっているわけにはいきません。
残る二つの観光スポット(プエルタ・デル・ソル&サン・イシドロ教会)と帰りの道を尋ねるため広場内にあるⅠ(ツーリスト・インフォメーション)へ。
まず 「ブエノス・タルデス」 とスペイン語で挨拶
いつも、ここまでは上手く行くのですが〜
「I'd like to go to〜」 と言い始めた途端、遮るような動作と共に 「Wait!」
『またかい』と思いましたよ。
私の英語力は・・・他力本願型
相手が綺麗な英語を明瞭に話してくれれば、かなりのスピードでも分かるし応じられる。
訛りのある英語を自信無げにボソボソ話されると、簡単な会話でも全く聞き取れず、
私も何も言葉が出てこなくなる・・・
で、この国の人たちの英語は基本的に後者、駅でもホテルでも。
でもここはⅠでしょう
「日本人ですか?」
「はい(そうだけど、それがどうした
「一番左にいる女性、日本語で対応できます」
『ええっ!』と喜びつつも『どうせ妙ちくりんな日本語、期待すまい』と言い聞かせて・・・
でも、その女性―どうみても若くて美しいスペイン女性―の口からは、よどみない日本語が〜まさに御仏に思えました
大学で日本語を学び、更に語学学校みたいな所で今も学んでいるそうです。
「いつか日本へ行きたい」 と目を輝かせて話してくれました。
彼女に詳しく道を聞いて、その後は迷わず
マプエルタ・デル・ソル(太陽の門)広場 中央にあるのはカルロス3世の騎馬像
私の思い入れがマヨール広に場に偏っているのを反映してか地味に見えますが、こちらの方が中心地みたいです。 どちらかというと地元向け?
サン・イシドロ教会 あのフランシスコ・ザビエルを祀る教会として建立
その後、聖イシドロ(幾多の奇跡を起した農民)を祀る教会に。by地球の歩き方
17:00を回っていたので、今度こそ中へ入れると思ったんですけどね〜
こちらの午後の部は19:00からだそうで
御仏に出会えた一番のご利益は、アトーチャ駅まで行くバス乗り場を教えて貰えたこと。
マドリッドの美しい街並みをのんびりと眺めながらの帰路は楽しかったです♪ 熱帯植物園の中に駅がある?アトーチャ駅 アトーチャ駅からホテル迄は私の足でも5分強
まだ明るかったので、欲を出して、前日行き損なったプラド美術館へ
緑の並木が素晴らしいプラド通りを抜けて いかにも、もうすぐ美術館という雰囲気 ここまでは来たんですよ。 Museo del Prado(プラド美術館) ほとんど入り口です。
2000年に団体旅行で来た時一月一日の休館日で見損なって、
その雪辱を晴らすための旅でもあったのですが・・・
今回も、ここ止まりでした。。
休館日? いいえ。。 閉館時間? 2時間は観れたと思います。。
いつか理由をお話できる日があると思います。。 |
|
スペイン滞在最初の地は首都マドリードです。
マドリードで宿泊したホテル。 何故か「和」のインテリアでした。 今回唯一の★★★★です。
第一日目
アトーチャ駅から 「ゲルニカ」 のある 「ソフィア王妃芸術センター」へ
「プラド美術館」 も行く予定でしたが、一日雨の上、衝撃のハプニングが〜
というこで、第一目については、またの機会に
第二日目
王宮〜デルカルサス・レアレス修道院〜サン・イシドロ教会〜プエルタ・デル・ソル〜マヨール広場 : いわゆる市街地観光です。
お天気は良かったのですが、出だしからつまずいてしまいました。
ホテルがアトーチャ駅の近くで、徒歩で行くのは無理。
階段が苦手なのと治安の不安もあるので地下鉄は利用する気なし。
バスはわけ分かんない・・・つまり、苦手なタクシーしか選択肢がありません。
何故タクシーが苦手か? パリで2回、イタリアで1回、ボラレタことがあるからです。
でもこの際しょうがない、ホテルから乗れば大体安全だと書いてあったし〜
ホテルの目の前にタクシー・スタンドがあり、それなりの数のタクシーが待機、
でも、どの車にも運転手さんがいない。
ようやく一人発見、しかも女性、ラッキー♪
しかし近づく私たちに気づくと、両手で大きく×印、
以下、スペイン語&ボデ・ラン語の推測会話(*^_^*)
「私、運転手じゃない! お父ちゃんなんだけどさ〜 いないよ〜」
そう言われても、私たちも困る。 大体、まだ午前中でシエスタには早いでしょ!
立ち去らない私たちを見て、ため息をついて「お父ちゃん」を探しに〜
暫くして戻ってきて
「しょうがない。私が運転する。でも英語分かんないからね〜」
「王宮までお願いします」
お安い御用と云う感じで頷いてくれたけど・・・
猛スピードと急ブレーキの繰り返し、もしかして無免許〜
20分くらいで視界に王宮らしきものが入ってきて一安心
まず前庭の広場を通って、正面入り口へ。
でも急停車して、しばし入り口付近を覗いた後、「×▲○△●だから庭で良い?」
何せ×▲○△●部分が分からないので、「Si (はい)」と云うしかない。
凄いUターンで庭まで戻ってお別れ
『道路工事かなにかで車が止められないのかしら』
正門まで、車ではすぐでしたが歩くと結構距離が^^;
何か紙が貼り出してあって
・・・私的なパーティ開催中のため入場できません・・・
王様なら国の利益第一でしょ!(入場料とるのです)
日曜日にパーティなんてやらないでよ!
庶民の声は届かず・・・
こういうのが観れたはずなんですけどね (上二枚、借り物です) 入場できなかった王宮正門です。 また前庭まで引き返して、少し見学。
さすが王宮の庭、広いと思っていたら、これは序の口 見えているのはカンボ・デル・モーロと呼ばれる「庭」だそうです(多分 続いて 「デルカルサス・レアレス修道院」・・・舌を噛まずに言えますか〜
これが中々見つからない。
聞くと、揃って「すぐそこ」みたいな返事が戻ってくる。
地図で確認してもらおうと思っても、「そんなの見るまでも無い」という感じ〜
路地が入り組んでいる上に、まわりに凄い建物がありすぎて目立たないのです。
多分これです こちらも、お借りした写真です。
16世紀に創立された女子修道院で、内部は華やか、17世紀のフレスコ画で飾られた大階段、ルーベンスの下絵によるタペストリーなどなどby地球の歩き方
尼さんなら昼寝してないで神様に祈ってないと〜
これは言いすぎですね
続いて、コースとしては「サン・イシドロ教会」&「プエルタ・デル・ソル」、でも、こんなに分かり難いんじゃインフォメーションのある「マヨール広場」へ先に・・・これもまた見つからない。
幾つかの魅力的な広場を素通りして、 (こんな場所にイチイチ寄ってたら、ますます分からなくなる)
楽しげなショッピングストリートも無視でようやく目的の広場へ〜
表題の 「天国」 は辿りついた 「マヨール広場」 の印象です。
難儀の末に到着したからでしょうか、華麗な広場が天国みたいに思えて・・・
おまけにそこで 「御仏」 に出逢ったのですが、
既に結構長いので、次回に続きます。
ええと、なるべく日数空けないで書きますので、見放さないでね
|
|
グラナダのタブラオ(フラメンコ専門のライブハウス)へ現地ツアーで行ってきました。 スペインを象徴する一つであるジプシー、 その中でも「ロマ族」と呼ばれている人々が居住していた洞窟を利用してのショーです。
入り口は窮屈ですが、中は広々としていて、夏は涼しく、冬は暖かく、快適だそうです。
彼等が住んでいた頃から、こんな風に、台所用品が飾ってあったか否かは知りません。
フラメンコそのものもロマ族の歌や踊りが起源とか。
踊リ手たちも黒髪、黒い目。 やはりロマ族の血を継いでるのでしょうか。 食事付きなどもあるようですが、私たちが参加したのは飲み物だけが提供されるシンプルなものです。
終了が12時近く、またタブラオのほとんどがアルバイシンと呼ばれる美しいけれど治安のよくない場所にあり、観光客が個人で行くのは危険・・・ということで、ホテル送迎尽きのツアーで行くのが一般的です。
私たちが宿泊していたホテルに最初に来てくれたので、バスの先頭席を確保、
当然、タブラオでも一番良い席に座れるはずだったのですが、
遠慮深いというかトロイと云うか(*^_^*)
私たちの次に乗ってきた10人以上の団体さん(日本人)に良い席を取られてしまいました
なので決めポーズは後ろ向きが多く、皆様がお好きな尻〜ズに 時々こちらも向いてくれるのですが、動作が早くて思うように撮れませんでした。 フォトショップで中途半端な加工したような画像ですが、何もしてません
観てる分には十分に堪能できましたが♪
典型的な 「観光客向けショー」 ですがフラメンコとしてのレベルは低くないそうです。
(by地球の歩き方)
彼女たちの力強い手拍子が踊りの開始を告げます。 足裁きが格好よかったです。 歌い手さんたちも踊ります。 中年以上かと思われますし、体型もご覧のようにご立派で^^;
二人、横に並んで踊りだしたときは 「足を踏まれそう」 と思って身構えたのですが 信じられないほどしなやかに通り過ぎてくれました
時々スカートをめくって見せる足も、鍛えられた見事な脚線美です。
やはり哀愁を帯びた曲が多かったですが、最後は、若者カップルも加わって、
結婚式の踊りかな? 明るく華やかなフィナーレでした。 私にはフラメンコのレベルなんて分かりませんから、
楽しいか楽しくないかだけでの視点からしか言えませんが、楽しかったです
ショーが終わった後バスで市内観光、アルバイシン地区で下車して、サクラモンテのジプシー居住区まで徒歩(かなり痛んだ石畳の坂道を20分近く、私の足は悲鳴をあげてました)
途中にサン・クリストバル展望台があり、ライトアップされたアルハンブラ宮殿が・・・
別な日本人ツアーがいてガイドの女性(日本人)がかなり大声、
私たちのツアーも日本人がほとんどでしたが、日本語がほとんど話せないガイドさん、
英語も怪しい(ベネゼェラから旅行してきて、そのまま住み着いたそうです)
なのでガイド役を放り出して、その日本人ガイドにお任せ状態(*^_^*)
「函館の夜景に似てますね。 神戸?神戸はもっと綺麗でしょう」 なんて言ってました。
私は 「変な比較」 と、少々引き気味で聞いていたにも関わらず、
彼女の 「さあ皆さん、バスへ戻りますよ」 と云う掛け声に、その気になって後を・・・
同じツアーの日本人もこぞって後を・・・ベネゼェラ人ガイドがようやく職務を思い出して
「日本人の皆さん、そちらは違いますよ〜」
送迎込みで一人28ユーロ(約3千円)です。
アルバイシン地区。 雰囲気は素敵ですがかなり危険地帯なようです (by地球の歩き方) |




