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こんなお話をすると自ずと歳がばれてしまいますが、このまるでスクラップ(見ての通りですが)こそ
僕が一生で初めて自分で作った宝物の真空管式のラジオの一部分です。
どこかの押入れか物置小屋に置いてあったものが、数度の転宅、家の建て替えにもめげず、こうして生き延びて今に至りました。残念なことに左奥の真空管が一本行方不明になっていて、電源を繋いでも音を発することはできません。
勿論、千日前のジャンク屋で替え球を見つけられたら、アンプも健在なので、アナログ放送が終結するまでは立派にあの柔らかいこの世のものとも思えない音を聴かせてくれるかもしれません。
手前の小さなバリコンが一つしかないので、これはFM専用の受信機だと分かる方もおられると思いますが、いきなりこれを作ったのではありません。
太平洋戦争が終わって、しばらくして、りんごの歌や青い山脈、題名は忘れましたが、”緑の丘の赤い屋根、とんがり帽子の時計台、鐘がなりますちんこんかん・・・ラジオから歌が聞こえるようになって、ラジオブームがやってきました。僕の家は母子家庭で貧乏だったので高価なラジオを買うなどは夢のまた夢。だから最初は<鉱石ラジオ>を組み立ててイヤホンで聞きました。小さな小さな音でNHK第一放送を聴くのがやっとでした。
僕はお母さんや姉さんにも聞かせたくて、お小遣いを貯めたり、ラジオマニアの先輩の家に連夜お邪魔して、余った部品をもらったりして、遂に並3という真空管ラジオの組み立て方を教わりました。その後、混信の少ない5球スーパーラジオの組み立ても経験しました。
レコードもSPからLPへと進化し、やがてAMだけでなく、音質の良いFM放送が始まりました。
高校に入ったころには、もうこのFM受信機やアンプが僕の愛機になり、僕は毎日、毎晩、名曲の数々を
聴いて、その素晴らしさに酔いしれていました。
大学を卒業して就職し、月賦で〔テク二クス〕のAM、FMステレオを購入するまで、この機械は机の下や
本棚の下で、僕の青春を支えてくれていたわけです。
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すごいですね〜!こうやって見ると、やたらにモノを捨てられなく
なっちゃうんですよね(笑)。chachaさまの物持ちのよさにポチ!です。
なんて冗談は置いておいて・・・。確かに今のように音楽を再生する
ものが溢れていなくて、レコードプレーヤー、カセットプレーヤーと
お金をためて買った記憶があります(ちょっと時代はずれますが。。。)
そのぶん音楽(音)への感謝があったし、大切に聴いていた気がします。
今は音が溢れかえっている感じであまり有り難味を感じている人は
少ないかもしれません。
2008/1/16(水) 午前 1:43 [ Bagpuss ]
うわっ、まだ書き終わってないのに、驚いた〜〜。
買ったものなら、とっくに捨てていると思いますが、この世に一つしかない分身みたいなものなので、お棺に入れるよう遺言書に書いておこうかなと思ったり(笑)・・・
2008/1/16(水) 午前 2:02
専門用語がいっぱいで、私には分からない部分もありますがchachaさんの思いはとても伝わってきました♪
私にはここまで思い入れられる物ってあるかな?と思うと、今の時代の方が貧しい感じがしますね〜。
2008/1/16(水) 午前 11:22
素晴らしいモノが世の中に溢れ、人々の感性もより洗練してきていることは事実ですが、その逆を行く現象も広がってきているのかも知れません。徐々に世の中が贅沢になれ、感動を素直に喜び、素直に感謝する心を育むことが難しくなってきているのでしょうか。
2008/1/16(水) 午後 7:34
はじめまして。
ラジオの歴史を感じました!
真空管ラジオとはまた風流な(ぇ
2008/9/24(水) 午後 7:24
コメントありがとうございます。
分岐路って言われましたけど、昔は新しい=進歩、向上、発展だと思ってました。最近は=好い物が心ならずも地球上から失われていく時代になりました。悲しいです。
2008/9/24(水) 午後 7:46