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どーも、皆様いかがお過ごしでしょうか?
巷でちょっとした関心事なのは、別に逃走犯が捕まったとかそんなことではなく、防衛相に民間人の
森本敏拓大教授が起用された事ではないでしょうか?
まぁ一般人からすれば、同様の民間人とはいえ階層の違う話ではないかと思いますが
野田総理にしてみては混迷した現在で正に“苦肉の布陣”ともいうべき起用ではなかったかと思います。
では以下はネットニュースの抜粋です。 過去2代の防衛相が知識不足などで混乱を招いたことから、安全保障の専門家に託した形だ。 ただ、国防の責任を民間人に負わせることを懸念する声もあるほか、国会対応をめぐる課題も
指摘されている。
「国会議員ではないが、解決することについて、ハンディキャップを感じているわけではない」 森本氏は4日の就任記者会見で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題について問われ 防衛政策の専門家としての自負を語った。
民主党内では「一川保夫氏、田中直紀氏と2人続けて『素人閣僚』が失態を演じたのだから、即戦力の 専門家に頼るのは仕方ない」と、安全保障問題に精通する森本氏の起用を歓迎する声が出ている。
防衛政策に詳しい政策研究大学院大学の北岡伸一教授も「安全保障については最善の人材を
起用すべきで、選挙の洗礼を経ているかどうかより見識が立派かどうかの方が重要だ」と指摘する。
野党からは、自衛隊の文民統制に関連し「政治家でない以上、軍事的な出来事に政治的責任はとれない」 (自民党の石破茂元防衛相)などと批判が出ている。
これに対し、野田首相は4日、森本氏を防衛相に任命した際、「自衛隊の最高指揮官は首相(なので)
指揮監督権はきちっとしている」と森本氏に伝え、問題はないとの考えを示した。
・・・・・
今回の様な民間人を国務大臣に任命するというのはそれ程珍しい事ではなく実際に「民間人閣僚」という
言葉もあります。
民間人閣僚とは、呼んで字の如くで任命時において国会議員ではない国務大臣を指します。
一般的に議院内閣制を明記する日本国憲法施工後成立された内閣での話で、議員でない軍人が
陸海軍大臣たることが制度化されていた大日本帝国憲法下ではほとんど用いられなかったそうです。
また日本国憲法第68条において、「その(国務大臣の)過半数は、国会議員の中から選ばれなければ
ならない」とされていますが、逆にいえば“半数未満”であればその人数には制約がないことともとれます。
しかし「民間人閣僚は議院内閣制に反する」という考えがあるのも事実で、実際に任命後の野党の物言いも
ここら辺を基盤としたものがほとんどでしたが、民間人を起用しなければ政治が立ち行かないという状況を
政権をとった民主党に限らず政治に関わる政治屋が認識していない事に政治の腐敗以上に危機感を
持ってしまうのはどうしてだろうと思います。
また、「政治家でない以上、軍事的な出来事に政治的責任はとれない」という自民党の石破茂元防衛相の
発言がありましたが、森さんが任期の間に自衛隊の運用に対する責任をとらなければならないような有事が
ある事を前提で話しているところが現在の政治の有り様を露呈していると思いました。
そもそも自衛隊等の諸問題よりも、山積した問題の解決というより大きなハードルがありますが、現行の
政治家ではそれらに決着をつけたり突破口さえ穿つことが出来ないから、逆にいえば「専門家」に
頼んでしまったという見方しか出ませんし、本来やるべき仕事を関係ない人に“丸投げ”してしまったと
自分達の立場を恥じるべきだと思います。
最後に、今回の起用で全てが解決するとは思いませんが、政治の専門家である各種議員の
あまりの認識不足、危機感の欠如、そして責任という言葉に対する実際の責任のとり方の認識の欠如には
選挙権を持つ国民の1人としてただ恥ずるばかりです。
さておき、どんなスポーツでも基本的な動作やそれを劣化することなく定着、増進する鍛練法があると
思いますが、手に何かしらの得物をもって行うスポーツ(武道も含む)には、関連して「素振り」という鍛練法が
あることは、各スポーツを志している方には周知の事と思います。
私の場合は「剣道」「剣術」で様々な得物を振るいますが、その中では個々人の工夫など様々な用法が
あると思います。
今回はその何例かを紹介したいと思います。
「素振り」というと野球でのバット振りやゴルフのクラブ振り、バトミントンやテニス、卓球から様々な
スポーツに導入されている修練、鍛練法ですが、こと「剣道」や「剣術」「居合」などではその用法に
若干ズレが生じていると思います。
本来「剣道」は「剣術」の一用法であり「居合」もその補足業ですから、その最終到達点にズレが生じている
というのは自身が志しているものか、他の用法に変質が起きているのかもと推察すべきだと思いますが
一般的に嗜んでいる方にとって、自身の志す範囲というのは狭く、それ以上の広がりにも目を向けないほど
固執した世界で満足してしまう傾向なので、実は最近嫌気がさしていました。
やりもしないで達人の様な事を平然と話せるというのは、そうした達人の書した本を読んだからだろ・・・と
突っ込みたくなります。
まぁそんな方とは“それなり”に交流するとして、私は自分の先生から受けた教えに加え、自分で実際に
やってみて考察した用法を積み重ねていこうと思い、今回の「素振り」では特定の用法を踏まえた方法と
考察を書きたいと思います。
そんな中でひと際異彩を放つのが、画像の様な「竹ぼうき鍛練」です。
用法をしては2本を使い、刀法で必須な“手の内”と握りの柔軟、堅牢性を高めるために行います。
云うよりも実際にやってもらえば解ると思いますので、用法としてこの画像の様な感じで思い思いの素振りを
行います。
私の場合、正面に振るのに少し飽きてきたので、横一文字に振ったり・・・
逆袈裟方向に振り上げたり様々です。
私の流儀では「逆袈裟」は要ともいえる部位なので、その昔鍛練を始めた頃は素振り用の木刀に鎖を巻いた
ものを一回の素振りで何千回と振り続けたものです。
この用法で必要な認識として、力まず振り被りは「肩」を中心とした周辺筋と広背筋を意識して一動作を
完結して行うことが大切です。
よく木刀以外の素振り系得物を用いた方が“遠心力”を活用して振っているのを見かけますが、これでは
折角の素振りの鍛練が行えません。
勿論何かしらの考えがあるとは思いますが、小30分も同じ動作をしているのを見ると、本当に何か
考えているのかな?と思ってしまいます。
この鍛練では、他に握っている間は絶対片手で行うことと、地面に「ほうき」の先端をつけてはいけないという
ルール以外はどんな事をしても良いと思います。
ただ気を抜くと、2本の「竹ほうき」が互い違いになり、握力が無い方は手を痛めますし、手首や肘、肩にも
何らかの影響が出ると思います。
そして2例目の用法として、上半身だけを使った「刀力」アップの素振りのなります。
全て見てもらえば解説は必要ない用法ですが、簡単な解説をします。
よく素振りにおける鍛練部位の代表格が腕や肩と上げられますが、年中腕や肩で得物を振る用法は
武道、武術ではありえません。
それは特定の部位の能力過多で自滅するおそれがあることと、必ずしも理合や想定に沿って相手は
動くものではないので、基礎と呼ばれる幅をより広げる必要がある・・・というのが基本的な武道の考え方と
なります。
それに習い素振りで力強く、素早く得物を振れる様になるには、そこに必要なもう1つの要素“持続性”という
同じ動きを何度でも行う用法が必要になります。
この鍛練(素振り)では、その点を考慮した動作体系がとられています。
まずは素振りの基本「正眼」からの・・・
振り被り、そして間髪いれず・・・
振り下ろし・・・以上となります。
・・・・・!?
それだけ?と思われると思いますが、ここで重要なことは、決められた形を決められた本数の間
決められた“刀法”に元ずく振り方で木刀、「刀」を同じスピードで振り続けることです。
「正眼」からの振り被りは、力まず腕が肩が上がる方向に丹田の力反発力で上げ、振り被った得物は
後頭部の上方約45度角で一端静止して形が整っているのを確認したら振り下ろします。
振り下ろしは、最短距離を得物が通る様に振り下ろし、むやみに“円運動”を取り入れないように真っ直ぐ
振り下ろします。
人体の構造上、人が“動く”という動作の中にはすでに“円運動”が加味されているので、それに輪をかけて
「円だから丸く」なんて素人の様な意識で動かないで欲しいですね。
また、一連の動作には、地面を捉え、位置エネルギーとして素振りの力に変換する“丹田”の動きを
感じなければいけません。
もし感じられないで何百回、何千回と振っても、刀法としてはあまり役に立たないと思います。
数振りはスポーツの発想で正しい振りが同数振れるのであればまだマシですが、鍛練をしよう、修練を
しなければと思っている人が基礎そっちのけで突然振り始めても、“悪癖”をつける要因になるだけで
効率的ではありません。
経験上、人が様々な認識の中で素振りの様な鍛練を行う場合、最低で1セット約100回を目途にしてた方が
良いと思います。
これなら自身の動きを確認しながら体調に合わせた鍛練が出来ると思います。
体調が良い時には少し多めにセット数を行うことが出来、1セット毎の確認作業も集中力が持続した中で
行うことが出来ます。
そして刀法の“手の内”を常に体現するために、得物を握る姿勢(握り方)と指先の力というのは
必要不可欠な要素となります。
「剣道」では俗に「クソ握り」と呼ばれる握り方が、本来の刀の実用的な握り方の1つとされているのは
近年の専門誌での研究でも実証されていますが、それを自然に握り、所定の動作の力を集約するための
“手の内”は、鍛え過ぎということはありません。
私は鍛練だけに約10年程費やしましたので、普通の素振り用木刀では用を成さないのでウッドデッキなどで
使用する2×4材の角材を長尺のまま、握りも握り易く削ることなく使っています。
単に“握る”という動作は力を込めて握るだけではなく、どう力を抜くかという点に“手の内”や握りの用法の
真髄があると高名な某武道家からお話を受けたことがありますが、より鍛え上げられて、熟練していくにつれ
様々な入れ所、抜き所の妙というものが必須になると思います。
とはいえ、まず始めにやらなければならないこととして、自由にこれらの鍛練で身につけた力を連動した
ものに変えていくための基本が必要になります。
それが素振りの用法の根幹であり、向かわなければならない方向だと思います。
こうして鍛えた事は別に志す武道に限らず、日常でも役に立つ用法なので、無理くりな力を必要としない
人体工学に元ずく理想的な動作の1つとして役に立つと思います。
そのためにはある程度無理が必要になります。
努力や根性というわけではありませんが、執念をもって鍛練する・・・
自身の欠点と向き合って、認識した上で修正していく気持ちと行動のために、素振りの用法を活用して
良い修練、鍛練をして欲しいと思います。
今回はこの辺いて失礼致します。
でわまた!! |

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数ばかりの素振りを繰り返して、かえってそれが変なくせがついて、試斬に影響したことは数知れず・・。
身にしみて読ましていただきました。 また、しっかりとした手の内にするため、握りつらい木刀や棒を使うことは、柳生流? 天然理心流??(どちらもちがっていたらすいません) の木刀の稽古でみた記憶があります。
自宅前にて大手を振って素振りができないのは痛いところ
です (通報されそうで(笑)
ほうきによる鍛錬は近日ためしてみようかとおもいます。
うちの流派ではほうきはもっぱら水平斬りの鍛錬につかわれるのですけど。 普段の生活からすべて鍛錬につながるように意識しております。
2012/6/5(火) 午後 3:23 [ ペリカンネコ ]
ペリカンネコ様 いらっしゃいませ!
まったくおっしゃる通りで、現在鍛練目的で素振りを行う方の
盲点として“数振り”依存が顕著といえます。
私の先生曰く「正しい素振りなら数なんて10本でもいいんだ!」
との教えがありましたし、私も実際我が剣道会の子供会員に同様の
話をします。
剣道を始め剣術や居合でも、一端付いてしまった“クセ”を完全に
取り除くのに鍛練で費やした何倍もの時間と労力が必要だと
知らない方が多く、そうした方は大抵“素振り万能説”を唱える人が
常ですね。
とりあえず“素振り”でもしとくか、という安易な考えで
正しい用法かも解らずに何百本も素振ることで、気が付かないうちに
基本からも外れている事に気が付かないまったく“鈍感”な認識で
よくそんな事をしようと思っているな!と感じます。・・・NEXT
2012/6/6(水) 午前 4:25 [ benimaru0413 ]
・・・続き
私が素振りに求める事は単純明快で、不慣れな得物に馴染むことと
特定の技術の継続的な反芻です。
そのためには、自身の肉体的感覚よりも、合理的で工学的にみても
理に適った力の伝達が行える用法を、常に正確に行える様に
“身体すり込み”を基本とした素振りを心掛けています。
ただある程度の負荷も加味しないと鍛練をやる意味がありませんので
以前知人を介して道場で拝見した理心流の用法を真似させてもらい
あえて握り難い得物を用いています。
私の流儀は神道無念流なので「力」に関しては、一角ならぬ思いと
こだわりがあるので、個人で出来る事はどんなことでも取り入れて
鍛練を行っています。
「竹ほうき」に関しては、どこかの流派では実際に武器として用いる
という話を聞きましたし、中国でも確か鍛練で使うことがある・・・
と聞いたことがありますし、鍛練とは道具や用具がそろわなければ
出来ない・・・という考えを持った時点で“自主性”がそがれて
しまうと思います。
常に貪欲で、それでいて繊細で正確な技術を指向することが重要だと
思います。・・・NEXT
2012/6/6(水) 午前 4:42 [ benimaru0413 ]
・・・続き
「竹ほうき」鍛練は、中々良いと思います。
「ほうき」自体の重さもさることながら、ゴミを掃き集める先端が
空気抵抗になって素振り時の程よい抵抗になっていると思いますし
何より思い通りに振ることが慣れないと難しいという点も重要です。
でも最近思うのは「刀法」とは日常においても便利な技術だな!と
思います。
どんな用法や技術にでも転用可能で、しかも効率的なので疲れる
ことはありませんし、これもこうした鍛練の成果?なのかな?と
思います。
コメントありがとうございます!!
2012/6/6(水) 午前 4:55 [ benimaru0413 ]
居合いをする人の素振りを見て、ハッとさせられることがあります。
抜刀からの無駄のない動きと、ヒュッと鳴る素振りの早さ。
僕なんか久しぶりに素振り刀を振るうと手首の筋を痛めてしまいましから、インチキ3段ではまだまだダメなんですよね。
2012/6/6(水) 午後 5:38
黒騎士様
間隔のあいた返信コメントにて失礼致します。
居合などで行われる素振りは、「刀」を用いた用法なのに実は
“刀法”とはかけ離れた用法が元になっているとしか思えません。
従いまして剣道の様に一貫性のあるものではなく、安に“風鳴”を
起こすように振るので、例えるならゴルフのクラブを振っているのと
同じで(逆にゴルフの方に失礼ですね)、単に振り回しているだけ
といえます。
本来刀法においての必要な“鳴り”は、振り下ろして得物が止まる
数cmの間に鳴るのが理想的といわれています。
ですが私の流儀では、出来るだけ音をさせないように振る事を
基礎として習います。
まぁ“音”については諸説あるので何とも云えないのが現状ですね。
それよりも手首の方は大丈夫でしょうか? 急激に根を詰めて
素振りなどをすると、どうしても体への負担が大きくなって
しまいますので適度位が丁度良いかもしれません。
体をご自愛頂き、段位関係なく頑張って欲しいです!!
コメントありがとうございます!!
2012/6/8(金) 午前 4:10 [ benimaru0413 ]