|
今日は文化の日、詩人プレシェーレンの日です。
広場のプレシェーレン像には花束が置かれています。台座にはプレシェーレン・リサイタルの横断幕が巻かれています。
人ごみが出来ていましたので、近づいてみると詩の朗読が行われていました。
朗読が終わりました。人々から拍手が送られます。
すると、別の男性が手を挙げてまた、詩の朗読を始めました。
私には言葉がわかりませんが、じっと聞いていました。
小さな声、大きな声、明るい声、厳しい声、緩めた表情、毅然とした表情。
周りの皆さんはじっと、立ったまま聞いています。
背中からは、いつものアコーディオンおじいさんの音楽も流れてきます。
すぐ傍の三本橋の車道を走る車からは警笛も聞こえてきます。
教会の鐘も響きます。
人々は男性の朗読をじっと聞き続けています。
私はずっと感激していました、言葉はわからないのですが、うれしいのです。
朗読が終わりました。また、いっせいに拍手が送られました。
小国スロヴェニア、人口200万人の言葉、スロヴェニア語。
ずっと周囲の強国の迫害のなかで、守り続けてきた言葉です。
うれしいですね、言葉に力があります。
私はプレシェーレン像を離れ、ロシナンテを押して歩き始めました。
ああ、なのにこの無力感はなぜなのでしょう。
日本が、スロヴェニアの足元にも及ばないような気がします。
私は国語力がないので、などと言葉を濁してまともな国会答弁をしない大臣をいただく国。
咀嚼をせずにすぐにカタカナ語ですませてしまう国。
きっとこのような国はいつか言葉を失うに違いありません。
いいえ、もうすでにその途上にあるのかもしれません。
(07年2月8日記す)
|