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光明寺は、五つの峰よりなる五峯山にあり(山号ともなっている)、その主峰頂上近くに光明寺の本堂がある。
寺伝によると光明寺は、今より千四百余年前の推古天皇の時代、法道仙人がこの地に来たとき、一老翁が現われ観音像を渡して、「この地は観音さまをおまつりするのにふさわしい霊地である」とのお告げを受けたことから、大衆信仰の霊場として開かれたものである。その後、仁明天皇の勅願寺となり、多数の寺院坊舎を存し、栄枯盛衰を重ねて現在に至っているが、特に足利尊氏と弟直義との戦いであった正平七年(観応三年)の光明寺合戦(1352年)は、歴史的に有名である。
法道仙人作と伝えられる本尊の十一面千手千眼観音、脇士不動明王、毘沙門天を安置した本堂は、鎌倉時代の様式で大正十四年に再建された。その他、文殊堂、鎮守社、常行堂などがある。また、光明寺はお寺らしいお寺のたたずまいに満ちており、全国真言宗七十五名刹の一つに数えられている。(新西国三十三霊場、新しい巡礼の旅、引用)
朝6時30分自宅を出発、近畿自動車道に乗り吹田ICで中国自動車道へ、集中道路工事で渋滞3キロ発生、『行くタイミング失敗したかな?』と思いながら渋滞の列へ、8時過ぎには滝野社ICを降り、お寺の駐車場に付く、参道に向かうと『何やこの坂?』傾斜角度が30度ほどある坂道が現れる。途中一段と急な(45度)坂道が見え出す。本堂までは500Mほど、日頃の運動不足為か、ふくらはぎに痛みが走り出す。息を切らせ、汗とかき山門へ、境内内には、掃除しておられる高齢者の方々がおられた。『おはよう御座います』と挨拶をし、本堂に参拝
参拝後、そのおばさんに『冷たいお茶を1杯』いただきました。
おばさん 『どこからこられたのですか?』
私 『大阪です』
おばさん 『ここの坂、帰りが一段としんどいですよ』
私 『そうですか』
おばさん 『飴ちゃん食べる』と2個コーヒー味の飴をいただいた。
紅葉も少しずつ始まりあと1ヶ月もすれば一面色が染まるみたいです。
おばさんの言っていた『帰りのほうがしんどい』という意味がわかりました。坂が急な為、体勢は後ろのめり、全体重が足の親指に掛かる、靴の先と親指が当たり痛かったです。もちろん途中で朱印してもらい、駐車場に降りたときは親指に痛みが残り、またつりそうになりました。今日も親指少し痛み起こっています。
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新西国三十三霊場めぐりは、以前からずぅーっと行きたいと思っています。病人の介護をしているので出かけられませんが、「思う事は叶う」といいますから何時かは行けるようになると思います。
2008/10/22(水) 午後 7:35
r霊場巡りしたことないですね
紅葉も始まりましたね
2008/10/22(水) 午後 9:40 [ nag**aki095* ]
KUNIKOさんこんばんは
古いお寺、また改築されたお寺色々ありました。
いつか巡礼してください
2008/10/22(水) 午後 9:59
NAGさんこんばんは
紅葉まだ1ヶ月ほど早いみたいです。
来月見ごろだそうです
2008/10/22(水) 午後 10:00
雁の棹へようこそ、おいでくださいました。野鳥、菜園、戸隠暮らし
俳句などの気ままな暮らしです。霊場めぐりも途中で辞めてしまいましたが、再開したいな〜と思っています。
2009/1/28(水) 午前 8:43
t38*4*02さんこんばんは
ぜひ霊場巡り再開してください
2009/1/28(水) 午後 6:45