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正義の医師を守れ!

 患者に無断で薬の臨床試験を行ったことを巡る裁判で、患者側にたって証言・公益通報をされた金沢大学産婦人科講師打出喜義先生のご了解をいただき、関係資料等の公開をいたします。
 「患者のための医療」という正義を貫き、組織からの不当な弾圧と真っ向闘う打出先生の勇気と高いモラルを、ご訪問くださる皆様にも是非知っていただきたいと思います。

以下、打出先生からのメッセージです。トラックバック歓迎します。


 ◆内部告発なんかしなくて済むために◆

  金沢大学病院産婦人科では、患者さんの同意のない「高用量」抗がん剤の臨床試験が行われていました。1999年6月、その臨床試験の被験者にされた患者さんのご遺族が提訴なさった際、私はご遺族側の証人となりました。その結果、この7年ぐらいを大学病院の中で「内部告発者」として私は暮らすことになりました。

 この「内部告発」という言葉は、報道する側からすればインパクトのあるキャッチーなフレーズですが、何だか、「組織」の中の「仲間」を売るというイメージが先行して、どちらかと言うと、嫌な言葉だと思われているようです。でも、「内部告発」という言葉に、なぜそのような暗い響きがあるのか、私たちは考えてみる必要がありそうです。

 たとえば、家庭という「組織」の中では、「内部告発」の言葉は似つかわしくありません。子供が「うちの親父は何時も酒ばっかり飲んで・・・」と祖父や祖母に「内部告発」する、そんな話は聞いたことがありません。では、親父の兄弟に「内部告発」する、これもないでしょう。となると「内部告発」は、もう少し大きな組織の中で、それも、他人同士の繋がりの中で行われることなのかと思います。
 このように、私たち一人一人がこの「内部告発」のフレーズの含意を考えることは、取りも直さず、私たちそれぞれが所属する「組織」の、その「本来の姿」を自問することに繋がってくるのではないでしょうか。

 私の場合、もし私の所属する今の組織が「公」のものでなかったとしたら、私はこの組織の中に「内部告発者」として、おめおめと7年も踏みとどまっていなかったと思います。たぶん、そんな組織からさっさと足を洗って外部から、「金沢大学病院はこんなに酷い組織だ!」と一生懸命訴えていたと思います。しかし私は踏みとどまりました。「公」がこの組織の「本来の姿」だと思い、この組織に公理、公益、公正を願ったからです。

 やはり「内部告発」と言うのは、その組織にその本来の姿を保たせるためにあるのでしょう。病院なら患者さんを中心に、マンション販売会社なら入居者中心に、自動車会社ならカスタマー中心に、官僚機構なら、他国の利益ではなく、我が国を中心に据える、そんな本来ある姿の組織おいては、「内部告発」なんてあろうはずはないのです。

 しかし昨今、其処此処で「内部告発」が増えて来ました。これは、組織にとっては由々しい事態です。でも、それが組織の本来を慮ってのものであったとしたら、組織は冷静にその告発に耳を傾け、決してそれを咎めてはいけないでしょう。

 この4月から施行された「公益通報者保護法」には、組織として咎めてはいけないこと、それに加え「内部告発」の作法が記されていますが、まだまだ、この法律にもいろいろと瑕疵があるようです。
 例えば、「是正措置等の通知」の中の「書面により公益通報者から公益通報をされた事業者は、当該公益通報に係る通報対象事実の中止その他是正のために必要と認める措置をとったときはその旨を、当該公益通報に係る通報対象事実がないときはその旨を、当該公益通報者に対し、遅滞なく、通知するよう努めなければならない」と記された第九条を見てみましょう。
 この条文のままでは、「通報対象事実の中止」や「その他是正のために必要と認める措置」は、それをしようがしまいが事業者の自主に任されている、「当該公益通報に係る通報対象事実の有無」を認定するもしないも事業者次第、と「内部告発者」の私には読めてしまいます。
 「公益通報者」を育むため、と言うより、組織が組織を健全に保つためにも、「公益通報者保護法」をさらに善きものとしていただけたらと思います。

 この「公益通報者保護法」の施行で、医療現場でクローズアップされてくる問題は、「医療者が患者に事実を伝える(公益通報する)ことにした時、どんな困難がつきまとうのか?」でしょう。また、「医療事故が起こったときの患者と遺族の苦しみと同様に、医療事故を起こした医療従事者の苦しみも、お互い理解しあう社会になるには?」の問いも切実です。

 その一つの答えとしてのこれからの発言は、これまで医局内で苦しみを味わってきた「内部告発者」だからとお許し頂きたいのですが、まず、医療に「ミス」(これは、患者さんのお立場からの言葉としてですが)は付きもので、例えその医師が一生懸命手術したとしても、もっと技術の優れた術者なら助かったかもしれない命が、無惨にも亡くなってしまう場合もあると私は思います。そこで考えますが、果たして、この「ミス」は「ミス」なのか?

 ほとんどの善き医師は、心中ではそれを自分の「ミス」として、自分を責め立てることでしょう。でも患者さんご家族の前で「一生懸命しましたが、力、及ばずでした」と素直に謝罪することは、なかなか出来ないと思うのです。

 もし、そんなことを言ったら責められるのが目に見えている、「ミス」を認めるなと言う圧力がかかるかも知れない、だから、謝罪の言葉は抜きにしてひたすら屁理屈をこねなきゃならない。
 こんな所に、いまの医療の「医療者が患者に事実を伝えることの困難」や「医療事故を起こした医療従事者の苦しみ」の一端があるのかとも思います。

 最近、医師に過失がなくても補償しようとする「無過失賠償制度」を医師会が提唱したようです http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060111-00000166-kyodo-soci 。
 こんな流れが大きくなれば、素直な謝罪も可能でしょう。事故を隠蔽したり、資料を改ざんする必要も無くなります。
 そうなれば、内部告発なんかしなくてすみます。
 相互に信じあえる関係が築けます。
 医療現場は、患者と医療者が共にスクラムを組んで病魔と闘う戦場です。ですからこの戦場には、相互の信頼が絶対必要なのです。


 以上、「内部告発者」の独白でした。

閉じる コメント(2)

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現在、原告側意見医師を探している最中なので、特に興味深く読みました。厳選した専門医全国30名以上から断られ、医療弁護士団体全国30数箇所への問い合わせも意味なく、心ある医師からの紹介で決定直前までいくも、所属する大学病院の院長からストップがかかり、僕に自由になる時間がもう少しあればと、自分の能力不足を残念に思っています。

2006/5/13(土) 午前 8:32 [ トチロー ]

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トチローさんのお住まいはどちらでしたっけ?全国各地で医療に関するシンポジウムや講演会が開かれていますから、ネットワーク作りも兼ねて足を運ばれてみるのも有効ですよ。やはり基本はデジタルでなくアナログの活動が一番だと思います(^^

2006/5/13(土) 午前 10:55 ber*tta*d*10*rap

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