(読売新聞)
開腹せず、少ない負担 医師の高い技術必要
プロ野球・福岡ソフトバンクホークスの王貞治監督(66)が、胃がんのため、腹腔(ふくくう)鏡手術で胃をすべて摘出した。どんな手術だろうか。(医療情報部 山口博弥)
おなかを切り開いて胃を切除し、周辺のリンパ節を取り除く――。これが胃がんの標準的な手術方法だ。
しかし、診断技術の進歩で早期胃がんの発見が増えたのに伴い、体への負担が少ない治療法が広がってきた。腹腔鏡手術(腹腔鏡下胃切除術)もその一つだ。
手術が行われた慶応大病院の18日の記者会見によると、王監督のがんは早期がんだった。胃の粘膜にとどまるがんなら、口から入れた胃内視鏡で切除できる場合があるが、王監督の場合は、胃粘膜の下の粘膜下層に進んでいたため、この手法は取れなかった。
腹腔鏡手術は17日に行われ、胃全体を切除し、周囲のリンパ節も取り除いた。
腹腔鏡手術は、腹部に開けた小さな穴に小型カメラを入れ、拡大映像をモニター画面で見ながら、別の穴から入れた超音波メスや鉗子(かんし)などの手術器具を駆使し、胃やリンパ節を切除する。通常の開腹手術では、腹部をみぞおちからへその辺りまで20〜30センチほど切り開く大掛かりなものになるのに対し、腹腔鏡手術なら小さな傷ですみ、回復が比較的早い。具体的には5、6か所で1・5センチほどを切るほか、胃を外に出して切除するための4〜5センチを切る。
腹腔鏡手術は、わが国では1990年に胆石症の胆のう摘出手術で初めて実施され、翌91年に胃がんで行われた。今では大腸がんや前立腺がん、腎臓がんなど様々な臓器のがんにまで普及している。
長所は、回復が早く入院期間が短くなるほか、傷跡が目立たない、手術後の腸閉塞(へいそく)が起こりにくい、といった点が挙げられる。多くの場合、王監督のような早期がんを対象に行われるが、一部の医療機関では、進行がんに対しても実施されている。
京都府の岩城清一さん(63)は、一昨年10月、早期胃がんが見つかり、藤田保健衛生大(愛知県豊明市)消化器外科の宇山一朗教授の執刀で腹腔鏡手術を受け、胃を全摘した。手術の翌朝には歩いてトイレに行き、約2週間で退院。退院1週間後には趣味の卓球を再開し、1か月後には酒も飲んだ。「こんなに早く元気になれるのか」と驚いたという。宇山教授は400例以上の実績を持ち、今回、勤務した経験のある慶応大へ出張して王監督を執刀した。王監督も、手術の翌朝には病室を何度も歩くまでに回復した。
しかし、欠点もある。〈1〉医師の技術の習得が難しい〈2〉手術時間が長めになる――ことだ。特に技術については、立体感のないモニター映像を頼りに、角度や動きに制限がある手術器具を適切に操作しなければならない。このため、経験が浅いと切断や縫合がうまく行かず、血管や神経を大きく傷つけることもある。
死亡事故の例も
東京慈恵医大青戸病院(東京都葛飾区)の事故は、その典型だ。2002年、泌尿器科医師3人が、前立腺がんの患者に腹腔鏡手術を行った。経験や知識がないのにもかかわらず、指導医は不在で、患者は大量に出血し、死亡した。先月、3医師に有罪判決が言い渡された。
青戸病院の事故などを受け、日本内視鏡外科学会は、医師の技術の向上を図るため、腹腔鏡手術の技術認定審査を始めた。胃や大腸の切除で20件以上の経験を求めているが、有力な医師は「一人前になるには100件以上の経験が必要」と話す。
しかし、読売新聞社が5月に行った全国調査では、胃がんの腹腔鏡手術を実施している施設のうち、年間10件に満たない施設が6割を超えた。
開腹手術に比べて歴史が浅いため、日本胃癌(がん)学会の治療指針でも、早期胃がんについて治療成績などのデータを集める重要な「研究例」として行うよう勧めている。
体への負担が少ない腹腔鏡手術は、患者の生活の質の向上につながり、特に高齢者にとっては有意義な手術法といえる。しかし施設による技術の差が大きい“発展途上の治療法”でもある。手術を受ける場合は経験の豊富な医療機関を選ぶことが必要になる。
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