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泣きたいと思う日もあれば ただただ…涙があふれてくる日もある。 泣けない日もある。 どんなにつらいと感じることがあった日も 体の力を抜いて 大きく息を吸って 生きていることを感じて 生かされていることに感謝して 1日1日を 大切に 生きる。
みんな命が限られていることを知っています。 だけど、それがいつなのかはわかりません。 それが明日なのか、1年後なのか、10年後なのか 普通に暮らしていて、そのことを考えることはほとんどありません。 そうやって毎日暮らしています。 自分の余命を知った時、実感した時、 自分がどうなるのか、何を感じるのか、わかりません。 ただ、余命を知り、受け入れることができいれば、 自分が最期の時までどう生きるかを考え、 少しかもしれないけど、そう生きようとすることができる。 余命を伝えた方がよいのか、最後まで伝えない方がよいのか どちらが幸せなのか。 少しつづ変化していく身体の異変に気付きながら、 その変化を受け入れきれず、誰からも聞かされず 刻々とその時が近づいてくる。 そんな不安に耐えている姿を見ているのは 正直とてもつらいものがあります。 最期をどこでどう過ごしたいのか 最後まで戦うのか 余命を伝えなければ、そのことを聴くことさえできません。 考えている今も、その時は近づいてきます。
身体の向きをかえたあと、あなたは「もう行くの?」と言いました。 その日はとても忙しく、その時も他にやらばければならないことがありました。 あなたはそのことに気が付いていたかもしれません。 だけど力を振り絞って発したその一言が気になり、私はしばらくそばに付き添いました。 何をするわけでもなく、そばにいて右腕をさすっていました。 ただそれだけでした。 しばらくして、私がそばを離れる時、 「ありがとう。ありがとう。ごめんね。」 といいました。 最後まで、全力で生きていました。 全力で生きていたあなたの姿を忘れません。 最後まで、周りの人のことを一番に考えていました。 そんなあなたのことを忘れません。 一人で逝かせてしまって、本当にごめんなさい。
帰る場所がある、親がいることは、とてもありがたいこと、幸せなことだと思う。 今の生活は、ありふれた当たり前のことではなく、 キセキに限りなく近い、尊いものなんだと思う。 あることがあたりまえじゃない、 いてくれることがあたりまえじゃない、 生きてることがあたりまえじゃない、 すべてキセキなんだと気づくと 今ここにいること、いてくれること、生きていることが とてもありがたく、感謝の気持ちでいっぱいになる。
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