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商品名で言えば、「シーチキン」というのが有名ですが、、、
別名、ツナ缶とも言います。
まあ魚肉は一般的に脂肪分が少なくて、鶏肉に近いということで、
シーチキンの名が付いたのでしょう。
無論これは和製英語、英語圏の人には通じません(あたりまえ)。
では、ツナって何???
これは英語そのもので、”tuna”と書きます。
読みはカタカナ英語ですと、『ツゥ〜ナ』となります。
ここで、今日の英語の時間です。
これは何でしょう?
まあじらせてもしょうがないので、即、答え行きます。
日本名「クロマグロ」のこと。本マグロとも言いますね。
何でブルーのひれ(鰭)なのに、クロ(黒)なのって感じ?!
これは、住む地域や民族によって変化する色の感覚の違いに起因します。
よく言われる例では、
日本では、古来より、緑色を「青い」と表現していました。
(蒼いという漢字も有りますネ)
空の色=青色、
木々や草の色=緑色
なんですが、
これらは、一緒くたにして、「あおい」と表現していたわけです。
ジャーマン語(ドイツ語、後に英語など)圏でも、
スペイン・ポルトガル語(現南米など)圏でも、
青色と緑色は区別されてきました。
つまり青と緑の混在は、日本独特の文化であったわけです。
話を戻して、tuna のこと。
どんな色でもその色を濃くしていくと、黒に近くなっていきます。
つまり、濃い青色は、黒く見えてくるのです。
そこで日本人には、マグロの鰭は黒く見えたので、『クロマグロ』と、
表現するようになったようです。
だから、生物の名前でも、色の見え方は千差万別で、外国人には違う色と
見えることは、しごく当たり前のことなんですよ。
さらに、tuna には、訳語が2つあって、
①マグロ
②カツオ
いわゆる、流線型をした、常時泳いで無いと、呼吸ができない魚種の事を指して
tuna というわけです。
だから日本人にとっては、マグロとカツオは別の魚ですが、
米英圏の人々には、おなじ魚と映ったわけ・・・。
つまり、
マグロもカツオも両方とも、ツナ缶なんですよ・・・
ここで、勉強すべきは、こんな単品の知識ではなく、
言語はその使用する民族によって、感覚が異なるっていう面です。
歴史も文化も違う国民が、同じ意識を持つわけは無いですよね。
つまり英語を理解するということは、それを使用する民族の考え方を知るってこと。
単に、言葉だけの特徴ではなく、生活史や文化にも影響を受けて、
言語って進化してモノだという認識を持ちましょう。
特に英語文化は、その宗教的背景にも強く影響されています。
英語を理解するには、キリスト教の知識も必要だといえる
ようですね・・・・・
そんな感じで、英語を勉強していくと、理解がさらに深まりますよ!
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考える葦
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最近読んだ本の紹介です。
わたしは月に5〜10冊くらい本を読みますが、その中で印象に残る
受験生も含め、役に立つと思われる本を紹介します。
今日本人は平均して付き何冊の本を読んでいるか???
文化庁調査によると、年間12〜13冊なので、月にすると1冊程度です。
これは先進諸国のデータに比べると、圧倒的に少ない!!!
その昔、1億総白痴化!なんて言葉が流行りましたが、
まさにそれを裏づける結果です。
日本の将来を危惧すべき、由々しき事態といえるでしょう。
さて、本の紹介に戻りますが、、、こんな本です。
https://www.amazon.co.jp/dp/4788715945/ref=pd_luc_rh_ts_crc_01_01_t_img_lh?_encoding=UTF8&psc=1 (amazonのリンク先)
って本です。
紹介文の抜粋:
内容紹介東京のど真ん中に
学校の常識をみんなひっくり返している 公立中学校長がいる! NHK 「おはよう日本」で紹介! 宿題は必要ない。固定担任制も廃止。中間・期末テストも廃止。 多くの全国の中学校で行われていることを問い直し、本当に次世代を担う子どもたちにとって必要な学校の形を追求する、千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長。 自ら学習し、将来を切り拓く力は「自律」。 大人が手を掛けすぎて、挙句の果てに、何でも他人のせいにするようなことにならないよう、中1から中3までの授業や行事を組みかえる。 生徒や保護者に強く支持される学校づくりの全貌がここに。 【本書内容より】 現在、取り組んでいる千代田区立麹町中学校での実践の多くは、ありがたいことに、注目を浴びつつあります。 「宿題を出さない」「中間・期末テストの廃止」「生徒主体の体育祭」…。 初めて聞く方は、おそらくびっくりされると思います。しかし、なぜこうした取り組みをしているのか、その考え方を話すと、皆さん、たいてい納得して下さいます。 「目的と手段を取り違えない」 「上位目標は何か」 「自律のための教育」 「進取の気性」 私は、こうした言葉で麹町中学校の取り組みを説明しています(その一部は、学校のホームページにも資料として掲載しています。ぜひご覧ください)。 これらは、昨日や今日、思いついたことではなく、山形で教員を始めた頃の考えや、その後、東京都の中学校の教員となり、目黒区、東京都、新宿区の教育委員会で指導主事等として経験してきた中で、ずっと考え続けてきたことでもあります。 それは、自分自身の習慣や考え方を「剥ぎ取る」作業でもありました。 (はじめにより抜粋) 内容(「BOOK」データベースより)「みんな仲良く」と教室に掲げても、子どもたちは仲良くなりません。他者意識のない作文、目的意識のない行事すべて、やめませんか。宿題は必要ない。クラス担任は廃止。中間・期末テストも廃止。何も考えずに「当たり前」ばかりをやっている学校教育が、自分の頭で考えずに、何でも人のせいにする大人をつくる。
さあ、読みましょう。
大人も子供たちも、中学生以上であれば十分に読みこなせます。
特に現役高校生には、読んで欲しい本です。
無論その保護者にも読んで欲しい内容です。
そして、何より、
現場の教師こそ、読むべき本です! てめえ、教育で飯食ってるくせに、
不勉強でどうすんだ??? 真剣に仕事せぇ〜〜〜や!
って感じ・・・
たくさんの見識を得ましょう。
自分の頭で、深く深く考えましょう。
それが貴方の脳を鍛えることになるのです。
今すぐ、本屋さんへ直行するように・・・・
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自分が所有する自動車(以下、車という)の価値について考えてみたい。
ひとつは、所有する喜び
次に、運転する喜び
車が単なる移動手段だと思う人は、読み飛ばして下さい。
自分が好きで、運転してると楽しいと思える、あなたの1台を選んで下さい!
まずは、車選びですね。
好き度(惚れ度)、
予算、
かっこ良さ、
ステータス、
利便性、、、など
要は、魅力度で買っちゃいますよね。
買って自分のものになった後で、出てくる問題もある。
思いのほか、狭かった、
思いのほか、視界が悪かった、
思いのほか、燃費が悪かった・良かった、
思いのほか、整備性が悪かった・良かった、
、、、など
自分で選んだ1台が、気に入ったらOK、気に入らなかったらNGみたいな感覚・・・
で、とにかく、手に入れた1台を楽しむためには?
『運転していて、楽しいか?』が重要と思う。
運転すること自体が、目的になっている人は少ないでしょう。
(職業ドライバーを除く)
無論それも正しい選択です。
でも、殆んどの人は、移動手段に他ならない。
その時間を、どう過すかで、人生の貴重な時間の価値が決まる。・・・のだと
さて、車の価値とは???
その時間が満足できるものか?
その時間が快適なものか?
走る楽しみとは?
走る楽しみも、各人各様であり、その求めるものも多様です。
自分の場合、それは思い通りに走らせる事ができるかどうかである。
つまり、自分の支配感!
思い通りに車が動いている状態であるかどうか?、ですね。
いわゆる、運転させられている感が問題となる。
僕は、この支配感を重視する。
車の価値は、これで決まると思っている。
皆様は車に、何を求めますか?
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さて、続編です。
毎日が化学だった日々、教科書に載っていない知識をむさぼっていた頃でした。
高校2年生になり、そろそろ志望大学を決める時期になってきた。
大学の募集要項を読んでいて、ショックを感じた!
化学専攻の場合、色弱者はダメとの記述があった。
子どものころから、赤緑色弱で視力検査の際には、あの本になっている色んな色の混ざった点描画みたいな
検査本が見えず、違和感を感じていた。
無論、色覚異常は自然に治癒することは無く、近視に乱視にさらに色弱・・・と
日常生活には殆んど影響は無いが、研究者としては不適格との烙印をいただいたのである。
今考えると、的確な色の判断が出来なくても、実は化学の道に進めたのであったが、
短絡的思考力しかなかった当時、もう目の前が真っ暗になった気持ちで一杯だったあの頃・・・
そこに次の波が押し寄せてきた、、、
平凡を極めていた物理学の台頭であった。
それまで平均点前後をさまよっていた物理に光明が見えた。
それは次元解析を習った瞬間だった。
次元解析とは?・・・
理科で使用する『単位』を体系的に理解する手法であった。
単位には独立単位と組立単位というものがあり、組立単位を使うと、物理量と物理量の間の
関係が浮かび上がってくる・・・。
それに気付いた時、単位の悩みが氷解した。
それまで不得意だった物理の計算問題が、いきなり解かりだした。
それ以降は、物理は満点以外は考えられなくなっていた。
高校2年生の二学期頃のことであった。
はじめて物理が解かったのだった。
化学への挫折感と、同時期に来た物理が手に取るように解かる快感・・・
これを同時に経験したわたしは、物理の虜になっていたのである。
結果、物理学科へ進学することになった。
(その2へ続く・・・)
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私を数学の道に導いたのは、父でした。
今は亡き父に、この記事を捧げます。
〜
今から約40年前、私は小学6年生、
算数は特別苦手ではなかったものの、得意ではなかった。
背伸びしたい時期の少年であったから、父の本を引っ張り出して読んでみた。
そこには、√の記号が出ていて、好奇心で一杯の少年は父に問うた。
これがすべての始まりなのかもしれない・・・。
父は喜んで教えてくれた。
『ある数を2乗(同じ数を掛け算すること)した数の元の数を表す記号だと、、、』
このとき、なぜこんなことに興味を持ったのかは今となっては解からない。
しかし、『知りたい』そう思ったのだった。
さらに、√4=2 のように、整数になっる数だけでなく、小数(無限小数:無理数)になる場合もあって、
たとえば、√5は、小数で表すと、2.2360679・・・、であると。
確かに計算したら、2.2360679*2.2360679=4.9999996となり、ほぼ5であることがわかった。
そこでまた私は父に問うた。
どうやって、この数は求めたの???
父は開平法を教えてくれた。
しかしその方法は複雑で、普通の筆算より難しく、奇異なものに感じた。
が、好奇心には打ち勝てず、そのやり方を何度も練習し、マスターして行った。
中学生になった頃、1年生の時、
はじめての数学の試験は得点44点他の科目に比べ、悪い方だった。
無論成績は中のやや下、・・・
√を知っているという自負を打ち砕く結果だった。
2学期となり、1次方程式が登場、、、
そのときも無論、2x + 7 = 11のような簡単な方程式も解けなかった時代である。
ここでまた、父に問うた。
とにかく『移項』がわからない。
父は一言、、、『=(イコール)を飛び越えたら、符号が変わる!!!』と教えてくれた。
移項の原理は理解不能だったが、これなら理解できた!
この一言で、私は1次方程式が解けるようになり、数学の面白さに気付いていったのだった。
もう解けない1次方程式は無かった!
この快感に私は数学のとりこになっていったのである。
中2の中ごろ、学校の図書館で、三角関数と微積分の本を読み漁った。
これらの本は私の人生を決めた本となった。遠山啓先生の本だったと記憶している。
多分この本と出合わなかったら、今私は数学教師はやっていないでしょうね。
同じく2年生の後半頃、徳島駅前にある大きな書店で、代数と幾何の本を買った。
自分で勉強の本を買ったのはこれが最初だったかなぁ〜〜。
その後、中3のとき、同じ本屋で『理化学辞典』に出会う。
もともと化学大好き少年だった私は、受験勉強は全くせず、毎日この本を読んでいた。
そのころは、化学者になりたかった。
あの白衣、試験管を振るしぐさ、何もかもがカッコ良かったのだ。
将来はノーベル化学賞を取るぞと心に決めた。
子ども時代の浅はかな夢だった。
しかし本人は極めて本気、化学者になる夢をもって、高校に行ったのである。
続編あるかも?!
きょうはここまで・・・・・・。
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