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Ⅹ部隊は1942年11月30日に編成された第6飛行師団=洋部隊所属の定員81名の小部隊でした。
同部隊の部隊略歴には「1943年2月1日から1944年3月31日までウエワク飛行場に展開」と言う記事だけですよ!
これで何が解りますか?
パプアの解明事項:
1 Ⅹ部隊の宿営地はウエワク半島の基部のクワイド=kainde
2 Ⅹ部隊の主任務は飛行第14戦隊=97式重爆撃機戦隊の支援
3 X部隊は主としてウエワク東飛行場に勤務
松の岬から眺めたアレキサンダ−山脈、ウエワク戦時の中地区、一番高い山が田崎山か?
松の岬から見たアレキサンダ−山脈、ウエワク戦時の東地区
4 第12飛行団所属の飛行第11戦隊の1943年2月頃の戦況
(1)戦隊長・杉浦勝次少佐ワウ上空で戦死
(2)第1中隊長・宮林茂徳大尉ワウ上空で戦死
(3)第2中隊長代理・佐藤哲男大尉ワウ上空で戦死
5 X部隊は第14野戦航空修理廠と関係
6 第25飛行場大隊の整備班と関係
7 飛行第11戦隊装備の隼戦闘機=1式戦は米陸軍機p−38戦闘機やB24、B25、B17爆撃機と戦かつていました。B17の撃墜はできませんでした。
ネツトの動画:united states b-25 bombers bombin,
united states 5th air force bombers 1943年8月17日以降のウエワク地区の空襲の状況を知りました。
1943年2月から約半年後にウエワク地区は空襲をうけるようになり1944年3月には日本機の姿は消えた・ホランジャヤ地区に後退していました。
其の事の意味したことは大日本帝国の敗戦の日が日一日と近いていること、大本営は公表しませんでした。1億玉砕へと臣民を駆り立てていました。
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