亀じゃ!

オジ〜の生きざまを綴ります。

全体表示

[ リスト ]

 仏教哲学は難しいものです。まず興味を抱くことが稀である。現代人にとって仏教に近づく事は、日頃、遠ざけている『死』に近づく事のように思われている。それは思い違いもはなはだしい。本来、仏教はよりよく生きる為のものです。私は経典に何が書いてあるのか少し調べてみましたが、私なりに感じた事は、経典というのは、料理で言うならレシピなのです。だからその料理の味そのものは伝わりません。イメージで味わうというか、想像するにとどまります。作って食べてみてこんな味がしたとお釈迦さまが言っていたと弟子が書いたものです。私達は小さな時から本を読んで色々な事を学んできました。しかし、体験でしか学べない事も多く経験してきたはずなんですがきっと、そのような学び方は忘れてしまったのでしょう。その意味において両氏の著書からは体験の事実がぷんぷんと匂ってきます。両氏の場合、まず禅の修行から始まりました。想像を絶するほどの修行をして宗教体験をしています。そこで得た精神世界を人々に伝えようと文字にしました。講演や大学で講義もしています。学問として学びやすい形にしたようです。禅の世界では不立文字(ふりゅうもんじ)(文字では表現出来ないの意味)とよく言われますが矛盾ともとれる行動ですが、西田幾太郎氏の言葉を借りれば矛盾的自己同一を行動化した一例だと私は理解しています。文字では伝えきれない体験の世界を文字にしたのです。経典もそのようにして書かれたものだと推察します。ですからやたらと抽象的な表現になったのです。色(しき)とか空(くう)とかです。私自身の宗教体験も文字で表現するなら自己否定の極限で起こった自己肯定の世界観としか表せません。そこで起こった身体的精神的変化は大きなものでしたが、測定できるものではないのです。いつ、どこで、突然に起こるか分からない事など測定することは出来ません。しかし、その瞬間は分からなくても修行の深まりと共にその者に起こっている変化を指導者は見落としません。分かるものなのです。指導者自身も体験してきた事だからです。禅や仏教に縁がない人でも身近にある程度深まった方がみえれば、人格的な変化は感じる事が出来ると思います。昔は乱暴者だったが最近は人格者と言われる人となったとか。感謝できる人になったとかでしょう。他人の事は分かりませんので自身に起きた心の変化についてもう少し触れておきます。心情を詩にしてみました。ご推察ください。 
 
あさましい あさましい あさましい
ありがたい ありがたい ありがたい
潮の満ち引きのように現れる
海は一つ
なむあみだぶつ なむあみだぶつ なむあみだぶつ
 
なむがあさましいで あみだぶつがありがたい
なむが引き潮 あみだぶつが満ち潮
なむが機であみだぶつが法
なむあみだぶつで機法一体
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏を生きる
 
なむあみだぶつが私で
私がなむあみだぶつで
いつしかひとつのなむあみだぶつ
自他の区別がなく自他一体
こだわりなき、さしさわりなき心境をいきる
なむあみだぶつ なむあみだぶつ なむあみだぶつ
 
自己の内に眠っている仏を覚醒させ
自己が仏になる 仏が自己になるのである
その過程、ルートは数々あれど
頂上は一つ
禅もあり、千日回峰行もあり、念仏もある
どの道を選んでも命を捨てきるほどの覚悟で臨むのである
生きて帰りたいのであれば辞めたが良い
捨てても、なお捨てきれない自己の本来の姿を
知る事が、しがみついている自己から手を離す術なのだ
それには死に迫る自己否定が必要である
それほどに人は自己から離れられない
何故なら手を離したらどこに墜ちて行くのか分からないからだ
だが安心して手を離すがいい
墜ちきったそこは阿弥陀仏の御手の内なのだ
それを体験することが絶対他力を知るということである
あふれる感謝と共に自己の生きている意味をも知ることになるであろう
悲哀無き者は求道心が起こらない
興味だけで求道してもなかなか続くものではない
しかし、生きていることが辛いほど苦しむ者は求道せよ
求める者には与えられる

閉じる コメント(2)

顔アイコン

こんばんは^^
私には難しいことはわかりませんが・・・
求道は必要のようです。
よくわかってませんが・・・
ありがとうございます。

2015/5/5(火) 午前 1:29 登羊・なのはな

顔アイコン

> 登羊・なのはなさん
お久しぶりですね。お元気でしたか?
内容が難しくなってしまいましたが、私自身は何も変わっていません。でも、後何年生きていられるのだろうという思いに駆られて、ここらで長年にわたり考えて来たことをまとめておきたいという衝動に駆られ暇にまかせて書いています。ある意味遺書のつもりで書いています。私が死んだ後にでも息子たちが読んでくれたら、親父はこんな事を考えて生きてきたのかと分かってもらえば良いと考えています。私自身、両親を看取りましたが、どんな思いで生きてきたのか知りたいと思った事がありました。人は何を考えどのように生きても良いのです。だから私はこう生きたて幸せだったと伝えたいたいのです。

2015/5/5(火) 午前 3:48 [ ちくりん ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事