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 100分de名著『 南洲翁遺訓 第1回 揺らぐ時代 』 
NHKテキスト100分de名著(監修:先崎彰容氏・日本大学危機管理学部教授)で「南州翁遺訓」を読んだ。読んだだけでは物足らないのでYOUTUBE動画(25分×4編)を何度も繰り返して見た。この番組は今年の一月から始まった大河ドラマ「西郷どん」放映に伴い企画されたものと察している。
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司馬遼太郎は「翔ぶが如く」の中で西郷隆盛のことを「島津斉彬の弟子でありながら維新後の青写真を持たず云々」と書いているが、恐らく西南戦争を起こした際の大義のなさがそう言わせしめるのでないだろうか。確かに西郷は一本気で、且つ義理堅い人物であった。奄美大島や沖永良部島に島流しされたときの「西郷どん」の暮らしぶりを見れば、彼の人柄の一端がよくわかる気がする。

但し、彼は単に義理堅いだけの人物ではない。革命家として鬼気迫る一面も有していた。革命家・西郷は儒教を重視した人物でもあった。彼は江戸幕府の組織統治に利用された朱子学よりも、陽明学に共鳴したのである。
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朱子学と陽明学は同じ儒教思想でありながら大義において異なる。朱子学は秩序を重んずる思想で、将軍を筆頭とした江戸幕府のヒエラルキーを維持するのに、とても都合の良いイデオロギーであった。これに対して陽明学は天人合一天と人とは理を媒介にして一つながりと考えるもの)で朱子学との共通点を見ながらも、知行合一知識と行為は一体でなければならないという思想)を礎とした思想である。西郷こそは新しい時代を造るがゆえに、危険性を帯びた陽明学を百も承知で、思想の礎に置いたと私は考えている。
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西郷は先日紹介した佐藤一斎(幕府の教育の中枢機関・昌平坂学問所で儒教を説く)からも大きな影響を受けた人物であった。佐藤一斎は陽明学への共鳴を表明できない立場ながらも、根底において陽明学を信奉したとされる。彼の代表的著物「言志四録」から引用した言志四録手抄101箇条は西郷が死ぬまで肌身離さず身につけていたものとされる。

また西郷は三島由紀夫にも影響を与えた人物であった。理想を抱くだけなら誰にでもできる。但し実行を伴うということになるとそうも行かない。三島由紀夫の壮絶なまでの死生観には、西郷の信条とする敬天愛人(天を畏れ敬い、人を敬う志向)、知行合一思想との接点を見る気がする。さて前置きはこれくらいにして、今回のシリーズで印象に残ったフレーズを箇条書きでいくつか掲げたい。

※以下「南州翁遺訓」から抜粋(現代語訳:猪飼隆明)
陽明学的な見地:天から与えられた道を実践する者には、災厄はつきものであるから、そんな時、そのことがうまくいくかどうか、その身が生きるか死ぬかといったことなど、どうでもいいことなのだ。
敬天愛人思想:道は天地自然の道なるゆゑ、構学の道は「敬天愛人」を目的とし、身を修するに克己をもって終始せよ。
政治家として持つべき理念:君に忠に、親に孝に、人を思いやり慈しむという徳目の実践を促すことこそ、政治の基本である。
政治を司る者が守るべきこと:節操を守り、義理を重んじ、恥を知る心を持つこと。このような姿勢を持たないなら、国は維持できない。
列強に対して持つべき姿勢:国のために、正しくて道理のあることを実践して、後は国とともに倒れてもよいと思うほどの精神がなかったら、外国との交際はうまくは運ばない。
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横町挨拶
歴史を考察するのにもっともいけないのは先入観を持つことです。私はこの本を読むまで西郷隆盛のことを、古色蒼然とした頑固が取り得な人物として捉えていましたが、読本によりそのイメージを払拭するのに十分な内容が得られました。彼は、日本が列強から植民地化されないことを真剣に考えた人物でした。それがゆえに思想的に革命的危険因子を含んだ陽明学と結びついたと捉えています。

それと、司馬遼太郎は西郷のことを「日本で最初の野党的な立場の人物」とも述べていますが、野党には政治の腐敗を牽制し、防止するという大切な役割もございます。然らば、国の将来を想い己を律することができる西郷だからこそ、司馬遼太郎はそういうイメージを受けたのでは?と考えています。

さて、大河ドラマ「西郷どん」も、いよいよ佳境に入ってきたようです。私は時間があったら時折見る程度ですが、維新後に同じ東北の藩である庄内藩に対して優しい対応で臨んだ西郷には殊のほか親近感を抱いています。(薩摩の征討監督参謀の黒田清隆は西郷隆盛の指示によって、庄内藩主・酒井忠篤を処刑せず、磐城への転封にも寛容なる対応をもって接した。)

100分de名著の第一回でも紹介されたように、実は「南州翁遺訓」を書いたのは旧庄内藩の人物でした。西郷の人情の厚さが東北の庄内の人の心に響いたのです。内に激しいものを秘めながら、それを周囲には感じさせない。それが今尚続く西郷の人気の秘密であり、懐の深さなのかも知れません。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。
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  • 顔アイコン

    横町利郎様へ
    今、拝見しました。西郷隆盛の先見性を感じます。明治維新から大分たちますが。今の時代を批判している気すらします。良く政治の世界で政策を発表します。例えばですが。消費税。これについて海外ではもう行われていると言われる政治家がおります。もっての他である。海外で既に行われているという言葉は逃げ口上でしかない。これによる日本の疲弊はもう限界であると私は思っております。西郷さんはそのあたりに既に気付いている。政策がこの国家、国民のためになっているのか。それを考えている。利便性だけを追ってはダメであると説かれていると私は感じます。現在にこの方のような想いを持った方が現れてくれればと願うものであります。勉強になりました。ナイスです。有難うございます。

    不あがり

    2018/7/7(土) 午後 1:46

    返信する
  • > 不あがりさん
    西郷隆盛は人情家でありながら、自分に厳しかった。大久保利通とは相対する生き方ですが、人間のスケールという視点では問題にならないものを感じます。こうした人物が現れた背景には幕末という切羽詰った状況があったわけで、飽食の時代には現れない人物という印象を受けました。

    某は今の自分に恥ずかしいものを感じるわけですが、その手本となるのが西郷隆盛の筋の通った生き方にございます。然らば、今暫くは彼の生き方を己の瞼に焼き付けるべく考察に及ばねばならないと心得ます。貴兄のおはからいにより、本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

    横町利郎

    2018/7/7(土) 午後 5:42

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  • 顔アイコン

    激動の幕末にまさに真摯に理想と行動を貫いた
    西郷どんだったのですね。
    これは凡人にはとても及ばない領域でその筋の
    通った生き方で幕末維新をリードしたのが今回
    の記事で理解出来ました。

    [ ことじ ]

    2018/7/7(土) 午後 6:14

    返信する
  • > ことじさん
    西郷隆盛は義理人情に厚いながらも、自らの命と引き換えに時代を変えようとした。ここに非凡なものを感じています。情に絆され流されるのは多くの常人の定めですが、彼はけして流されなかった。ここに薩摩男児の心意気を強く感じます。

    貴兄のおはからいにより、本日もお励ましを頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

    横町利郎

    2018/7/7(土) 午後 6:29

    返信する
  • 今晩は、
    三日間、降り続いた雨も当地でも夕前に止みました、
    広島や鳥取や愛媛では大きな被害が出ています、
    被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます、

    さて、西郷隆盛は鹿児島が誇る歴史的英雄とか気が優しく
    力持ち・・と言うイメージしか持っていませんでした、

    国の基本を定める事や藩から国へのビジョンを進言し
    新時代を見直し今の時代を後世に残してくれた偉大な思想家
    だったのですね、
    改めて西郷隆盛なる人物に興味が湧きました、

    [ 雲MARU ]

    2018/7/7(土) 午後 6:52

    返信する
  • > 雲MARUさん
    西郷の人間の大きさは東北にも十分伝わったものと認識しております。今宵は私欲を捨て、大きなビジョンを持って新時代のフロンティアとなろうとした彼に惜しみない拍手を送りたい所存です。

    貴兄の采配により、本記事の趣旨を察して頂き痛み入っております。本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

    横町利郎

    2018/7/7(土) 午後 7:06

    返信する
  • 今晩は

    まだ雨は降り続いますが 少し小康状態に

    西郷さんの人間性の凄さ寛容さ すべてが魅力的ですね
    ナイス☆

    62まき

    2018/7/7(土) 午後 7:38

    返信する
  • この番組見ましたよ…。
    大河の「西郷どん」も見ています…。。。
    その純真さと器の大きさには、ノックアウトですね…。。。当然のことながら、私の矮小さとは、比べ物にならないです…。。。笑。

    boubou

    2018/7/7(土) 午後 7:54

    返信する
  • こんばんは。
    西郷さんのイメージは懐が大きく気持ちが優しい、というようなイメージがありましたが
    行動的で意思が強く視野の広さも記事を読んで感じました。先入観だけでは知りえない事を知れて大変勉強になりました。ドラマは時々見ていましたが更に興味深く視聴できそうです。

    joeyrock

    2018/7/7(土) 午後 8:28

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    「西郷どん」ほぼ見ています。
    今までは、全く知らなかったのですが、
    TVを見ていて、人情に厚く、慕われている人と言う印象です。
    植民地化されないことを真剣に考えていたのですね。
    もう半分終わってしまいましたが、楽しみです♪

    布遊〜〜☆

    2018/7/7(土) 午後 9:01

    返信する
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    こんばんは。

    「南州翁遺訓」抜粋の中から特に3と4が言い得ていると思います。西郷隆盛は同じ九州人という事で今までになく親しみを持ってドラマを見ています。
    庄内藩主を助けたというところや遺訓を書いたのが旧庄内藩の人物だった等知ると西郷隆盛と言う人物が浮彫りにされ温かい気持ちになりました。益々ドラマが興味
    深く見れそうです.有難うございました。

    [ suisyou ]

    2018/7/7(土) 午後 10:26

    返信する
  • > 62まきさん
    私欲に走らず、ひたすら大義を貫いた西郷の生涯でした。こういうタイプの人物を他に挙げるのは難しい気が致します。

    今回も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

    横町利郎

    2018/7/8(日) 午前 4:03

    返信する
  • > boubouさん
    「南州翁遺訓」は西郷の死後13年を経て、旧庄内藩の関係者によって書かれた本でした。本人が書いたものならば、司馬遼太郎は「青写真を持たない人物」という評価をしなかったのでは?と察しております。

    逆に言えば人物の評価は難しく、研究が進むにつれ変化するものと察しております。先崎彰容氏は最新の研究をされているだけに西郷への視点が違うなと感じました。

    この番組のいい部分は短い時間で著名な人物や思想の概要を知ることができるという点です。某はDVDやブルーレイを使っていませんが、YOU TUBEで何度も繰り返して見れることに感謝しております。

    今回も有意義なご意見を聞かせて頂きました。ありがとうございます。

    横町利郎

    2018/7/8(日) 午前 4:12

    返信する
  • > joeyrockさん
    日本を植民地化されないように尽力したという視点で西郷を捉えると、西南戦争における大義とは異なったものが見えて参ります。
    人物の大きさという意味において、幕末から維新にかけて近代日本の礎を造った人物という気が致します。

    西郷像について知れば知るほど、多くの執筆家が書きたくなる気がよく理解できます。今回も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

    横町利郎

    2018/7/8(日) 午前 4:18

    返信する
  • > 布遊〜〜☆さん
    数箇月前、偶然会社の朝礼テキストで佐藤一斎のことを知り、西郷が思想上で大きな影響を受けた人物であることを知りました。

    我が国における近代思想は、藩政時代の儒家から影響を受けたものが多いと認識しております。逆に言えば、思想まで欧米ナイズドされれば植民地化されやすくなるという危機感もあったのだと思います。

    西郷は陽明学という思想で武装し、これに対抗したわけでその懐の深い生き様には圧倒されるものを感じています。キャストもはまり役が多く本日も放送が楽しみですね。今回も有意義なご意見を聞かせて頂きました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

    横町利郎

    2018/7/8(日) 午前 4:26

    返信する
  • > suisyouさん
    自分は昨今の我が国の倫理観の低下を嘆いていますが、3と4は今の政治家・官僚のみならず、一部の教育者や各種の講演、セミナー、講習会をされるかたにも聞かせたい(読ませたい)内容です。

    三浦梅園は「知識というものは、それが学習者の心に同化し、かつその人の性質に表れるときにのみ真の知識となる 」と知識に溺れる者を戒めていますが、礼節や仁のない人物はいくら論理的なことを述べても、真理とは認められない(権威や体裁に拘るあまり、建前と本音に食い違いを生ずる傾向に走りやすくなる)と自分は考えています。

    今回も有意義なご意見を聞かせて頂きました。おはからいに感謝しております。ありがとうございます。

    横町利郎

    2018/7/8(日) 午前 4:36

    返信する
  • 顔アイコン

    こんにちは

    動画拝見しました。
    また何度も見たくなる動画ですね。

    庄内に住んでいますので しかも南州神社の近くにおりますので西郷隆盛のことは目に耳に入ります。
    戊辰戦争後の寛大なはからいにもどうしてだったんだろうと常々思っていました。
    戊辰戦争後は薩摩まで 庄内藩の若者が勉学に赴いていたようです。
    「南州翁遺訓」が庄内藩で書き記されたというのも
    凄いことですよね。

    未だに南州神社では遺訓の勉強会が行われています。

    [ つや姫日記 ]

    2018/7/8(日) 午後 3:08

    返信する
  • > つや姫日記さん
    いい質問を頂戴しました。姫の問いに答えるべく、或るサイトを見て参りました。https://rekishizuki.com/archives/1116
    幕末の洋学者で、酒田の本間家の分家筋に本間郡兵衛(号は北曜)という蘭学者(葛飾北斎にも師事)がおり、西郷が郡兵衛から恩義を受けていたらしい(薩州商社草案を起草したり、薩摩の若手に英語を教えた)のです。

    西郷は義理堅い人物ゆえ、恐らく恩を仇で返したくなかったのでしょう。庄内と薩摩は戊辰戦争以前から交流があったと見ていいと思います。薩摩参謀の黒田清隆に「羽州庄内の酒田湊は本間北曜先生の生まれた土地ゆえ、政府軍は勝ちに乗じた醜行があってはなりませんぞ」と命じたらしいです。これは佐高信の『西郷隆盛伝説』からの引用ゆえ、信頼性の高い話と捉えています。

    おはからいにより、本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

    横町利郎

    2018/7/8(日) 午後 4:34

    返信する
  • 顔アイコン

    さっそくの回答有り難うございます。

    佐高信氏も酒田に実家があります。
    なるほど
    戊辰戦争以前から本間家筋の交流があったのですね。
    これは納得できますね。
    このお話からも西郷隆盛の人となりがうかがい知ることができます。

    「西郷どん」の戊辰戦争以降がどの様に描かれるか
    楽しみになってきました。
    有り難うございます。

    [ つや姫日記 ]

    2018/7/8(日) 午後 5:01

    返信する
  • > つや姫日記さん
    佐高信氏は酒田出身なのですね。庄内と薩摩とは様々な交流が行われたようですが、鹿児島市と鶴岡市は姉妹都市になっているようで関連性を感じています。

    本日の「西郷どん」は楽しみですね。本日は重ね重ね厚誼を頂戴しました。ありがとうございます。

    横町利郎

    2018/7/8(日) 午後 6:11

    返信する

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