過食嘔吐の理由:こころの痛みを置き換える
April 18 [Thu], 2013, 8:46
■「過食食嘔吐は早くやめたほうがいい。でも敵じゃない」
過食嘔吐はかなり体に負担がかかります。
嘔吐を繰り返すうちに、歯がボロボロになります。
(私は虫歯で1年以上歯医者に通いました)
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胃腸も弱ります。
最初は食べたいだけ食べて吐けていたのが、最後には食べたくても食べられない状態になります。
嘔吐している間は、耳鳴りや蓄膿症(鼻炎)、顔面痛など、いろいろな体のトラブルに見舞われました。
だからやめられるなら、できるだけ早くやめたほうがいい。
でも一方で、過食嘔吐は《敵》じゃないとも思うのです
◆「過食嘔吐でこころの痛みを置き換える」
リストカットなどの自傷行為には、体に痛みを与えることで、つらい感情と置き換えて耐えやすくする
という効果があるようです。
過食嘔吐にもそういう一面はあるんじゃないかな、と個人的には思っています。
「食べ物をムダにしてもいい」と肯定するわけではないけれど、
「ダメな人間!」と自分を責める
↓ だけではなく、
過食や嘔吐などでつらい感情を置き換えなければいけない《ほど》、こころの痛みを抱えている自分に気づく
ことは大切ではないかなと思います。
過食嘔吐しながらでも毎日がんばっている。
ちょっとずつやめようと努力している。
そんな自分の《いいところ》を見つめることも必要です。
■どうやって治った? 体験談
◆吐血してこれはヤバい、治さなければ!と思った
病気療養中に彼氏ができて「病気が治った!」と思った矢先、すぐに関係がうまくいかなくなって、かつてないほどの過食嘔吐がはじまりました。
3食全部吐き、さらに間食も吐いていました
やめなければ、やめなければ…と思うのに、気がつくと食品棚を開け、何を食べようか、どこで食べ物を手に入れようかと考えていました。
(アルコール依存では、これを探索行動といいます)
さすがに「自分はおかしい」と思いましたがコントロール不能でした
そしてある日、吐血。三日三晩の激しい胃痛。
「これはヤバい、治さなければ…」と本気で思いました。
※ただし依存症の治療において、このような「底つき体験」は必ずしも必要ないと言われています。
◆「やめた」のではなく、「忘れて」治った
それから必死にやめる方法を探し続けました。
でも「買いだめをしない」「嘔吐をガマンする」などは、一時的にはよくなっても結局はダメでした。
そして再就職も失敗して、実家に戻りました
それからはいつもそばに愛犬がいました。家族もいました。
ちょっとずつお花教室、韓国語教室、ヨガスクールへ行き…過食嘔吐だけがお友達という状態がなくなりました。
「来週のお花教室、何を作るのかな」
「今度までに新しい単語覚えなくっちゃ!」
と思っているうちに、毎日の嘔吐が、2日に1度になり、一週間に1度になり、そのうちに過食嘔吐することを忘れました。
何か特別な努力をしたというよりは、
「必要がなくなったので自然としなくなった」
という感じです。
「やめよう、やめよう」と思っているうちはやめられないけど、過食嘔吐のことを忘れたら、自然とやめられるのかもしれません。
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