|
闘病記・転載など
[ リスト | 詳細 ]
|
生き延びて、いまもひとりで悶々と苦しんでいる。
なぜに神様は私を殺さずに生かしておいたのか?
親兄弟による虐待に終わりは無いのだろうか。
なぜ私がターゲットになってしまったのか。 単に小さかったからだけなのか?
心臓が苦しい・
|
****
みなさんは、「一番初めにその行為を行った状況」を思い出すことが出来ますか?
私は、個別の場面を想起することはできても、いつ下剤を使い始めたか、思い出すことができません。
吐いたのは、入院で2週間縛り付けられて、腸閉塞になったときです。
35キロ前後だったと思います。精神科医がアパートの一室に侵入し、母と叔父と三人で羽交い絞めにし、デポ剤をうって病院に搬送しました。
摂食障害で私より痩せた過食嘔吐の女性たちが4〜5人、入院していたと思います。
でも、親の承諾を得た医師が、磔の刑を課したのは、私一人でした。
手足をベッドに縛り付けられ、寝返りもうつことができない状態で 2週間、24時間、高カロリー輸液。 尿カテーテルも太ももに縫い付けられました。
そして、その後、体の中のものを全部上から吹き上げてしまった・・・
患者さんが、心配そうに私の周りに集まっている、あの光景が忘れられません。
その日、母は私立医大の「立ち食いパーティー」へ出かけていった。
「お疲れでしょうね」という看護婦さんの問いに対して「ええ、全く眠れませんでした」と答えた直後、看護婦さんが退室するや否や、母が姉に言った言葉「Kちゃん、ぐっすり眠れたよね」
・・・あの瞬間、私は死を決意しました。
***
その後はもっと苛酷な虐待行為が続きます。
今も、続いています。
私は旅行に行くことも趣味にお金を使うこともできない。歯医者さんの治療さえ、まともに受けられない。
生きている心地がしないのです。
殺人的な医師も許せないけれど、私は、どうしても母と姉を受け入れることができません。 心を失った生き物としか思えないのです。
DV家庭からの逃亡生活も30年目に突入しました。
今でも、医療不信、男性恐怖・・・そして人間不信は変わっていません。
|
|




