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北の民話散歩1
「人馬一体」を味わう
栗山町史編さん推進員
阿 部 敏 夫
長沼町に「子連れ馬」という民話(『北長沼昔噺(むかしばなし)』)が伝えられている。
農作業も忙しくなる春のある日、常次郎さんは良い馬をさがしに栗沢に出かけた。前日、うわさに聞いた堀田さんの馬を見るためだった。堀田さんの家に着くと早速、馬の話が始まった。やっぱりうわさ通りの五カ月の子連れ馬だった。常次郎さんはその馬を見て、ますます手に入れたくなった。その熱心さに打たれた堀田さんは、親馬だけを手放すことにした。そして、親馬が「猿(さる)ぐつわ」をかけられ、外に連れ出されるとき、仔馬は離れまいとするのだった。だが、すぐに小屋のなかに連れ戻された。なかでは親馬を呼ぶ仔馬の声がいつまでも続いていた。親馬も何度も何度も振り返った。
家に着いた常次郎さんのところでは、今日買ってきた馬の話でもちきりであった。やがて始まった夕食のときも、自然と馬の話になるのであった。
夜中になって、馬小屋の方で大きな音がした。常次郎さんは急いで行って見ると小屋から飛び出した馬は、栗沢の方に向かって一目散に駆けていた。そして、夕張川のほとりに出た馬は、川に飛び込み激流を泳ぎ始めるのが見えた。その激しさを川岸で見ていた常次郎さんは、ただあっけにとられるのであった。同時に、「母馬の仔馬を思う心がそうさせたのだ」と思うようになった。
その夜、まんじりともしないで夜を明かした常次郎さんは、翌朝早く堀田さんの家を訪ねるとそこには仔馬に寄り添う母馬の姿を見た。その後、常次郎さんは親馬を仔馬のそばに、しばらく置くように相談して、家に帰ったという。
親が子どもを思う愛情は、人間世界にも通じるものがある。
「馬」は、北海道開拓の担い手として農業、漁業、林業、交通、炭坑内の運搬作業などで重要な役割を果たして来た。それ故に、人びとは馬への願い、尊敬と感謝の気持ちを込めて「絵馬」や「馬頭観世音菩薩(ばとうかんぜおんぼさつ)」として祈願、慰霊の祭祀(さいし)が各町村で行われて来た。
馬は四千年もの昔から人間と付き合ってきた。その間、馬はひたすらに人間に献身的に奉仕して来た。その馬を評して「馬が合う」「馬を殺すと七代祟(たた)る」「馬を水辺に導くことはできるが、馬にその気が無ければ水を飲ませることは出来ない」「馬の耳に念仏」「馬車馬のように働く」「馬齢を重ねる」「名馬に癖あり」「老馬の智」などと人びとはことわざとしても語り伝えている。
「人馬一体」ということばがあるように人間と馬の交流が説話や信仰、ことわざなどを生み出して、現在まで語り伝えられている。
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