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学―後援会事務所開き

椿原町政しっかり受継ぐ
栗山町長選挙
佐々木学後援会が事務所開き
 【栗山】椿原紀昭町長の引退に伴う栗山町長選挙は4月3日告示、8日投票が決まり、佐々木学後援会(北輝男会長)は4日午前10時から元ダイソー跡で後援会事務所開きを行った。
支持者200人ほどが集まった。神事のあと、北輝男会長、橋場利勝会長代理のあいさつのあと、佐々木学氏が「椿原町政をしっかり受け継ぎ、町民の笑顔あふれる政策を全身全霊で訴ていく」と立候補への決意を述べた。

4町の予算

南空知4町の新年度予算
南空知4町は、平成30年度の予算を発表した。新しい事業は次の通り。
栗山 一般会計  8 1 億9千万円で前年当初に比べ2.3㌫増、国保、介護、事業会計など特別会計を合わせ総額で137億4,810万2千円の0.9㌫の減となった。
主な事業は次の通り。
〔防災〕▽防災用備蓄倉庫の新築4,985万1千円▽瞬時警報システム(Jアラート)受信機をデジタル化248万4千円▽防災ガイドブック作成188万円
〔消防・防災〕▽第2分団消防ポンプ車を更新3,038万4千円
〔スポーツ〕▽スポーツセンターのトイレの一部を様式化73万8千円
〔高齢者福祉〕▽介護予防・生活支援対策のため、地域の生活実態のニーズ調査や分析9298千円
〔障がい者福祉〕▽町外就労者支援事業所への通所の精神障がい者への交通費一部補助11万8千円▽手話奉仕員の養成体験講座75千円
〔情報共有と町民参加〕開拓130年・町政施工70周年記念事業2228千円
 
由仁 一般会計476,2609千万円で前年当初に比べ16.8㌫減、国保など特別会計を合わせ総額84億2794万6千円で前年当初に比べ12.0㌫減となった。
▽町立診療所の運営4億2308万5千円▽介護老人保健施設運営1億154万9千円▽除雪トラック更新4216万2千円▽瞬時警報システム145万8千円▽由仁神社線神楽橋架け換え6100万円▽西谷地線道路防塵処理
▽町営住宅実施設計96万7千円▽公営住宅工事監理197万4千円▽あけぼの団地建設9167万3千円▽北栄団地解体600万円▽火災通報装置本体交換48万6千円▽ゆにガーデン厨房レンジバーナー取り換え11万2千円▽ローズガーデン東屋階段設置ほか12万9千円▽小学校特別支援教室設置11万9千円▽小学校プログラムタイマー取替え35万7千円▽町立診療所スプリンクラー設置3170万1千円▽ヤリキレナイ川改修支障工事3831万円▽経営体西三川地区支障水道管取替え2772万6千円
長沼 一般会計81億1千万円で前年当初に比べ0.9㌫増、国保など特別会計を合わせ総額13616154円で0.3㌫の減となった。
▽街路改良―栄町2丁目線1億242万6千円▽東4線、西北道路舗装4326万9千円▽ 就業者リフォーム助成500万円▽空き家対策86万4千円▽広報無線更新714万5千円▽瞬時警報システム26万8千円▽子供・子育て支援給付89909千円▽林業専用道路整備
長沼ブランド・プロモーション推進5882千円▽小学校統合関係323万円
南幌 一般会計5445927千円で前年当初に比べ0.9㌫減、国保など特別会計を合わせ総額8127182千円で5.4㌫の減となった。
▽防災設備整備70179千円▽消防団指令車7643千円

変わりゆく街79

変わりゆく街 79
栗山町郷土研究員 中嶋 了之
由仁町の移り変わり
 夕張川と橋 〔その2〕
明治20年代多くの人々が、夕張郡アノロ原野を目指して川幅の広い夕張川を渡るためアイヌ人テッピリア(和名・夕張鉄五郎)の船頭による丸木舟で夕張川を渡った。その舟も一人しか乗れずそして大水や流れがきついと大変危険だった。
明治21(1888)年5月16日泉麟太郎が率いる夕張開墾起業組合の第一陣が、室蘭から千歳を通って馬追原野に入り、すでに入植していた下国皎三=明治19(1886)年=入植(現在の由仁町古川)の家で雨が上がるまで泊まることを薦めたが多人数のため断わり、夕張川の近くで雨をしのぐ程度のねぐらを作り天気の回復を待った。
やっと天気が良くなった明治21(1888)年 5月16日、テッピリアにお願いし夕張川を渡ることになった。しかし、「…もしものことがあっても女でありせめてもの犠牲にもなろう。母子共々流されてはならない…」と言った浅野幸七郎の奥様が最初に丸木舟に乗り水かさの多い中テッピリアの櫓(ろ)さばきで無事アノロ原野に一歩を記した。
この場所を栗山町は史跡に指定し「角田渡船場跡」と書いた史標が立てられている。由仁村から通じ夕張川を三日月へ渡って角田市街を通過して栗沢・岩見沢に達する道路が国道43号線となった。
道路の補修費も国費となりその道路をつなぐ橋を架けて欲しいとの要望が高まり由仁村と角田村の多大な寄付を基に国を動かし、その後夕張橋の着工し明治42(1909)年 5月15日竣工した。
国の賞勲局総裁から両村から多大な架橋材料の寄贈を受けた事への感謝をこめて国から金杯1個を下賜され、この金杯を両村で交互に保管し両村の慶事の時に使用したと旧栗山町史=昭和46(1971)年発行=に記録され今も大切に保管されていると思われる。
11年間、人々や荷馬車の往来で賑わったこの橋も大正9(1920)6月自然腐朽で通行不能に陥り、再び渡船場の開設となった。両村の幾度となく北海道庁を通じて国に橋の復旧の陳情を行った結果、大正10(1921)年月に新夕張橋が竣工し、橋の長さ608尺(182㍍)で北海道でも有数の長大橋となり空知管内で第1位の橋となった。
昭和8(1983)年月の夕張川の大洪水で橋脚の一部が流失し、夕張橋の架け変えを昭和9(1934)年月に行った。この橋の三日月側に今も住まわれている山崎進氏のおばあさんは「…家の前に由仁から来る夕張橋があって少し坂になった道を、自転車に乗った若者が馬力を出しすぎブレーキがきかずそのまま家の前に飛び込んできた。また角田方面から由仁に向かう花嫁を乗せた馬車の行列が橋の手前で1頭の馬が何かに驚いて暴れ行列の馬も調子を狂わせ馬車がひっくり返り本当に恐ろしかった…」思い出話をされた。

後援会事務所を設置

後援会事務所を設置
栗山町長選挙 佐々木まなぶ後援会
【栗山】4月11日で任期満了に伴う栗山町の町長選挙に立候補する佐々木学副町長の後援会(北輝男会長)は18日、旧空知種苗跡に後援会事務所を設置した。
 

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