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大湯ストーンサークル館の隣に建てられてあった「竪穴式住居」ですが、ストーンサークル館でもらったパンフに何も書かれていないところをみると、これは業者が観光客用に建てたものでしょうね。 大湯ストーンサークルについて、詳しく知りたい方は ↓ http://www.ink.or.jp/~oyusc/oyu%20gaiyou 下の4枚は万座環状列石ですが、この石はいずれ大湯川川原から運んだものとおもわれますが、パンフにある大湯川支流「安久谷川」だとすれば、6kmの距離だそうです。
こんな大きな石もあります。大変なエネルギーですよね。 県道66号線をはさんで南側に野中堂環状列石があります。 野中堂と万座を結ぶ線上に立ち、その西北延長線上には、小坂の高森山http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3f/44/bi7as59/folder/1522503/img_1522503_23065395_5?1162464569が見え、そこが夏至の日没の位置だそうです。そして、逆の方向、東南方向は冬至の日の出位置だそうです。 |
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ストンサークルのHP見てから、またお邪魔します。
2007/9/3(月) 午前 8:02 [ harper3777 ]
古代のロマン感じます。
2007/9/3(月) 午前 10:51 [ - ]
HP行って来ました。やはり、墳墓群だったのですね。野中堂と万座の距離がわかりませんが、このあたりが、縄文期には大集落だったのでしょうか。大変なエネルギーを使ったのでしょう。言われるように「ロマン」そのものです。暦を知る目安にもしていたんでしょうか?
2007/9/4(火) 午前 7:45 [ harper3777 ]
バアムクーヘンさん、おばんです。ここのセンターの方の説明を聞いてみると良いですよ。縄文後期は4000年前頃、温暖な期間が終わり寒冷な期間に入るころです。弥生時代まではもう1000年ぐらい掛かります。ここは、台地ですので冬は厳しいところなんですが、4000年前は今より過ごし易かったという事なんですかね。石は重い物なんですよ。これを川からここまで持って来るというのは、なにか宗教的強い精神がないと出来ない事だと思いますね。それと、優れた体力と。鳥や獣の骨髄まで石で潰しミンチ状にして食べてたそうです。
2007/9/4(火) 午後 11:13
ハーパーさん、お手数かけました。私が下手に書くよりは、と思いまして。昭和6年に見つかって、しばらくはこれが何であるかは解りませんでした。どうも墓地遺跡だと解ったのは、土壌の化学分析が進んだここ20〜30年ぐらいのことです。直径48Mの万座遺跡と42Mの野中堂遺跡の間は90M,双方の直径を足した距離だそうです。ですから、中心間の距離は135M?。歩いた感じはもっとあると思いました。青森三内のように大集落とまでは解っておりません。ただセンターの説明ですと、サークルは12等分になってるとか。ですから、12家族というか、12族と言うか、詳しい事は解っておりません。暦の役割があったのは、間違いないと思います。それは宗教的な理由と、生活上の必要性があったと思うんですが。いくら温暖期の時代といっても、冬にここの台地は辛かったと思うんですが。別に越冬地があったのでは?だとすれば、暦の役割も理解しやすいんですよね。
石は、平均30Kg,最大200Kgだそうです。二つの解っている遺跡の石の数だけで、7200個だそうです。実際はもっとあったろうということです。
2007/9/5(水) 午前 0:29
ペニーさんの解説を読んで、本当に行ってみたくなりました。別に、冬のための別荘を持っている「縄文人」なんて、夢みたいですね。
12家族は、そのまま12族でもおかしくないでしょう、当時としては。この遺跡に立って、想像の世界にひたってみたいですね。10月10日頃、老妻が姉妹と奥入瀬に行くようです。ついていくふりをして、ここに行きたくなってきました。
2007/9/6(木) 午前 1:01 [ harper3777 ]
拙宅と大差ないな、、。夏暑く、冬寒く、、。
2007/9/6(木) 午後 0:35 [ - ]
ハーパーさん、おばんです。10月10日頃といえば、紅葉は八甲田とか八幡平が見ごろでしょう。十和田、奥入瀬は少し早いかも。高速フェリー「ナッチャンRERA」を利用して青森経由でしたら、「三内丸山」を見学するという手もありです。冬里(沢)夏山移住説は私の勝手な説ですが、根拠は冬に何処に住めば安定的に凍らない水を手に入れる事が出来るのか、と言う事からです。冬でも雪に埋もれることもなく、且つ凍らない沢の水がある所というのは、やはり限られた場所だと思うのですがね。弥生時代に入って稲作農業が始まり、定着も始まったと・・・
2007/9/6(木) 午後 11:17
PS,ハーパーさん。道南にもストーンサークルはありますよ。確か?
2007/9/6(木) 午後 11:21
むじなさん、おばんです。まだ、この頃は大量の稲ワラは無かったでしょうが、ススキ(カヤ)葦はあったでしょうから、それほど居住性は悪くなかったかも?。煙かったでしょうけど。食のほうも、いつでしたか、TVでやってましたが、あの土器でゆっくり煮ると栗もとても甘くなるとか、縄文人の知恵恐るべしです。
2007/9/6(木) 午後 11:40
ペニーレーンさん。台風が直撃しそうです。お気をつけてください。
私は、運転できません。老婆ツアーには、酒好き甥っこが運転手で参加しているのが狙い目なんですが、上手くいくかどうか。何せ、超熟女パワーが相手です。
2007/9/7(金) 午後 0:29 [ harper3777 ]
台風のほうは、さほどの事もなく通り過ぎてくれました。あり難いことです。なんか、TVの旅番組みたいな顔ぶれですね。宿は温泉が取れたんでしょうか?ゆっくりとした日程をとることをお薦めします。
2007/9/7(金) 午後 11:36
ストーンサークルには行ったことがありますが、茅葺の屋根の建物はなかったような気がします。あの辺には、リンゴ畑があったように思いますが…大分経つので忘れかけているようです。
2008/5/15(木) 午後 8:00
タケさんが訪れたのはいつ頃だったんでしょうね。画像にありませんでしたが、今は立派な「ストーンサークル館」があり、埋蔵物センターの職員の方がいろいろ説明してくれますよ。いまでも、近くにりんご畑があり、リンゴ屋さんが店を出しておりますよ。
私は「三内丸山」にまだ行ってないんですよ。自分でもなんでいってなかったんだろう?と思ってます。是非、行ってみたいですね。
2008/5/15(木) 午後 10:56
ニュースで見たことあります。ロマンですね。
2008/7/22(火) 午前 6:16 [ 一日一句が一苦に、、、 ]
初めまして千葉県御宿町の金沢です。以前の職場で大変お世話になった友人の本田様からご紹介いただきました。小坂の様子がよく伝わるblogで同県人として共感を覚えます。特にきのこの画像がよかったです。尚小生もblogを開設しており「御宿我隠人」で一発アクセス出来ます。お暇な時にお立ち寄りください。現在ヤフーblogは開設ばかりで手をつけておりません。それでは又!
2010/11/9(火) 午後 6:20 [ かなちゃん ]
自由人様、ありがとうございます。
先日、彼から自由人様のブログ(御宿我隠人)を紹介されました。素晴らしい画像の連続で驚きました。
わたくしのブログは更新の間隔が長いダメブログですが、よろしくお願いいたします。
2010/11/10(水) 午前 0:06