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場所は大館市新沢地内の小坂線の踏切そばにあります。この右側には新沢の部落の墓地があります。昔は部落のはずれだったのですね。 車がひっきりなしに通るところなんですが どうです。なかなかインパクトのある神様でしょう。 菅江真澄の紀行文にものっていますが、その頃には白い着物(かたびら?)が着せられてありました。菅江真澄がここを訪れたのは、今から200年ほど前のことでした。 口にはご飯となにか?ニンジンのような赤い粒が混じったものが詰めてあります。そういえば・・土偶の口も丸く開いたようになってましたね。 腕がありませんが、以前はちゃんと付いていたようです。 ↓同じ新沢の小坂側にある道祖神です。地元では「どんじんさま」と呼ぶそうです。 裸に腰みののスタイル。腰みのは「ザンバラ」と呼ぶ地域もあるようですが、秋田で、この小正月の季節に行われる裸参りのスタイルと同じですね。 この記事は長くなりそうですので、追々修正で入れていきます。あしからず。 |
なんだべな〜?
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いつか菅江真澄氏の日記・紀行文を読んでみたいと思っています。秋田は長く居られたようですね。こんな風俗を書き残すセンスを江戸時代に持っていたというのが,信じられないです。
それにしても,色白な方のおおい秋田において,この赤さは何なのでしょう?
2008/2/24(日) 午後 7:04
さすが、そのはし師匠。よくご存じで。菅江真澄の終焉の地は角館(かくのだて)です。赤い色はたぶん「べんがら」だと思うのですが、今度確かめておきます。病を寄せ付けない「赤い色の魔力」を信じていたのかもしれません。
2008/2/25(月) 午後 11:41
「どんじんさま」と「べんがら」(みごとな赤)勉強させて頂きました。
TBさせて頂きましたので、よろしくお願いいたします。
2010/4/8(木) 午後 3:54
甚七さん、おばんでございます。
こんなに遠くまでお出でいただきありがとうございます。
TBまでして頂き、ありがとうございます。
なぜか?この地域はこのような双体道祖神や鹿島様を祭る地区が多く存在します。その地域よって「神様」の表情も変わっております。大変に面白いものなんですよ。
ナマハゲなんかも何処がで繋がっているような気がしますがね。
2010/4/8(木) 午後 11:20