|
小坂に何とかして木を増やそう。出来れば花が咲き、薪炭の材料になれば人々の生活が良くなるのではと考えた人物がいたのでは?・・・・というのが、私が「小坂のサクラ」を撮り続けている理由だったのです。・・・・ここで、缶ビール二本目(500ml)、ブログを書くのも大変ですね。 ↓彼の名前は「地上野星雄」。大正X年、小坂に下級役職員として赴任しました。 ↓彼は明日から勤務するであろう「鉱山事務所」を見て、東北の田舎へ来たものの、以外なほど豪勢な建物を見て「都落ち」と言うわけでもないなと、一人納得しておりました。 実際はですね。この「鉱山事務所」は移築された物でして、実は彼の立っている場所には既に電気精錬所があったと思われます。 ↓この建物の左に「鉱山事務所」があったというのが本当です。 ですから、彼が見た風景というのは ↓このような角度の風景だったでしょう。 数ヶ月生活し、「地上野星雄」は小坂の生活の厳しさに直面します。 彼自身は身体も丈夫な所為もあり、なんともなかったのですが、彼の妻には喘息が起こったのです。 原因は鉱山から排出される「亜硫酸ガス」でした。妻は一時帰京し、彼一人の生活が始まります。 小坂の環境は悪化していくのは、来たばかりの「地上野星雄」にもあきらかでした。 ある時、彼は元山小学校の先生より相談を受けます。 「校庭にサクラを植えて、その下で運動会を子供たちにさせたいものです。」 「地上野星雄」は大学時代の農学部の知り合いに相談を持ちかけました。 彼は答ました。「多分、土壌がかなり酸性化していると思う。それでも、生える木は外来種で(ニセアカシア)か、国内の木では(オオシマザクラ)かな」 もともと理工系の「地上野星雄」は半信半疑でしたが、すがる気持ちで彼に苗を送ってくれるように依頼しました。 「オオシマザクラ」は元山小学校の校庭のはずれ、道路との境に植えられました。 「ニセアカシア」は棘があるので、校庭の木には向かないと言う事で、芝居小屋の前には花の咲く木を植えられていたという故事に倣い、「康楽館」の前に植えられました。 無論、彼が勤めている鉱山会社には内緒のことでした。 何故なら、このことは鉱山会社にとって当時、既に問題になっていた「煙害」を認めることになったからです。 「地上野星雄」は一人で、会社との板ばさみに合いながら、小坂に生育する樹木を探し始めました。 警察署の署長に相談された時は「あまり(晴れの雰囲気)のある木も変ですね。」ということで 「ウコンザクラ」を植えてみようと言う事になりました。 「地上野星雄」は自身の社宅の庭にもいろんな木を植えてみました。 「ハコネウツギ」「エゴノキ」・・・・そして 「ヤエノオオシマザクラ」 しかし、それら多くの木は生育はすれど、目立つほど花付きは良くなかった時期を過ごす事になります。 ・・・・・やがて・・・・時は過ぎ・・・・ 「地上野星雄」は既に小坂を離れました。 小坂町には「ニセアカシア」が生い茂り、「オオシマザクラ」はほかの樹種が生い茂るのを助け、様々な木々が生い茂る地となりました。 かつて、「煙害」とか「鉱害」とか言われた地であることを忘れるほど、緑ゆたかな地になっていました。 以上は、私のフィクションです。 でも、「地上野星雄」のような人がいたのは間違いないでしょう。 私たち小坂町民は「地上野星雄」に恩義があります。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





