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今朝の雪です。
湿った重い雪でした。
春が近い、と感じさせる雪でもありますが
その量が多すぎますね。
↓梅の花が満開という所も多いというのに
↓桜の木にも花が咲きました。雪のね。
毎年よ
彼岸の入りに
寒いのは
・・・・・・・・・子規
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一年が経ち、
新たに多くの被災の事実や様子がテレビで報道されています。
ようやく、「あの日の事」を話せるようになった人がたくさんいるのですね。
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この日
私は数枚の画像を撮っていました。
しかし
そのままになっておりました。
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この日、東北の殆んどは停電になりました。
多くの人が、蝋燭、電池を買い求めて走り廻っておりました。
我家は幸いな事にチョット・・・かなりかな?・・・古めの生活様式なので
こういう時は助かりました。
まずはストーブですね。
↓旧式の芯上下式の石油ストーブを3台使える状態にありました。
左のファンヒーターは100V電源が必要ですので、このような時には使えません。
この石油ストーブは余程寒い時に使うぐらいですね。埃がついてますね。
少しの埃ぐらいは問題ありません。
普段は主力の暖房ではありませんが、少しでも良いから補助用に使用しておく事です。それが一番の”お手入れ”方法です。
たとえ電池が切れていても、マッチや着火用ライターで着火できるのですが、最近の若い人はそのやり方も知りませんでしたね。電池、電池と大騒ぎしている人の半分ぐらいは、そのような人達でした。
↓情報はラジオで、灯りは蝋燭で。
燭台は仏壇から借用しました。仏様、ごめんなさい。
「18時1分、15、0度」という表示が見えますね。
災害にあった人達に比べたら・・・・これで、寒いなんて言ってられませんでした。
↓唯一、最新兵器・・・ワンセグTVです。
ポータブルのカーナビなんですが、普段から私用の「枕元TV」として使っておりました。
大津波の状況は停電の中でも、割かし早く知っていました。
「画像」の力は大きいですね。
この日のニュース情報で不満を感じたのが
仙台市周辺、福島市周辺・・・・合わせて2〜300万人ぐらい住む東北の都市の災害情報の少なさでした。
数日後の「ブログ」の情報で、これらの地域の事は詳しく知る事ができました。
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↓古い物で、意外な活躍をしたのが・・・これです。
黒電話です。
耳が遠い母でも電話が鳴ったと分かるように、ファックス電話と回線で繋がっております。
ファックス電話は100V電源が無ければ使えませんが、黒電話は停電でも使えるのです。
もっとも停電していない遠くの地域からの電話か、黒電話を持っている同地域の方の電話しか繋がりませんが、
助かりました。しかし、すごい埃が付いてますね。こんなには・・・・フラッシュの所為でしょうね。
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家をオール電化にした知り合いは、
趣味のキャンピングのガスコンロで急場をしのいだそうです。
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近くの神社の使い古しの蝋燭(短くちびてるが、太いので炎が大きい)は、近くの老人施設で役に立った。
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ちょっと古め・・・・がこのような時には強い。
そう思いながら、いつもより早めに就寝しましたね。
「この日」は・・・・
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空いているウィークデイにと思っておりましたが・・・・・
とても、今までは天気が悪く・・・
そんな気になれませんでしたね。
昨日(3日)今日(4日)は、
皆さん、待ち望んだ好天で
1,800人とか、1,700人の入場者があったみたいです。
40〜45分待ちの行列の末、ようやく入場できました。
山下清
テレビドラマの「裸の大将」で多くの方の脳裏に、そのイメージが植えつけられているんでしょうね。
しかし
チョットちがってたみたいですね。
まず、放浪の理由ですが・・・・
山下清自身は、仕事を見つけ
施設「八幡学園」をちゃんとしたカタチで出たいと思ってたみたいです。
そして兵隊になるのが、そうとう嫌だったようです。
母親は、区切りとして満21歳で徴兵検査を受けさせます。が・・・・
幸いに・・・・と言っては、なんですが
不合格。
”病気”(本人曰く)の放浪の旅に出ます。
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ドラマでは、その地でお世話になった御礼に”貼り絵”を残して去りますが
実際には
スケッチをもとに、記憶を頼りに
学園に戻ってから作品を作ったそうです。
大変な”記憶力”の持ち主でした。
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線路を歩いたのは本当ですね。
理由が書かれておりました。
こんな風に
「道を歩いてゆくと次の角を右にとか左に曲がれとかそんなことは言われてもわからない
線路ならまっすぐ行けば隣の駅に着く」・・・こんな風に日記に書かれています。
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「」の中の文に句読点がありませんね。
これについても
彼は
ちゃんと答えています。
「人がしゃべる時てんとかまるとかはしゃべらないかっこもしゃべらない」
なるほど
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ちなみに
彼の文章はきちんとした文字で
漢字も旧字体を使い
間違いも無く
ハガキほどの大きさの手帳(旅の日記帳みたいなもの)にびっしりと
書かれております。
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山下清展は、作品が年代別に展示されておりました。
初期の作品ほど
稚拙で、荒削りで、
一見下手な貼り絵に見えますが
なにか
惹きつけるものがあるのでしょうね。
多くの方が、足を止めて見入っておりました。
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山下清に思いも掛けない事が起こります。
昭和28年(31歳の時)にライフ誌の記者が来日し、彼を捜し始めます。
それを知った朝日新聞社が、記事にして彼を捜し始めます。
翌29年1月、彼は鹿児島で”発見”されます。
彼の幸せな放浪は・・・・終わりました。
↑展示されていた作品のなかで
私が特に気に入ったのが、この2点。
「長岡の花火」貼り絵、25年
「ぼけ」油彩、昭和26年
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いづれも29年以前の作品ですね。
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世間に騒がれるようになって
彼は
幸せだったろうか?
昭和46年7月12日永眠。
最後の言葉
「今年の花火見物はどこに行こうかな」
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お近くで「山下清展」がありましたら
是非・・・・
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