ウメボシの種 〜Seed of Pickled Plum〜

目標32ヶ国訪問!(現在24ヶ国済:日本含む)

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12月2日は残念ながら日本にはいなかったので、
味わえなかった、浦和レッズの優勝!

それをやっと今日、味わえました。

苦節14年!

そう14年間レッズを応援し続けてよかったと、今思います。

俺は、日本リーグ時代はフジタ(現・湘南ベルマーレ)に知り合いがいたので、
フジタを応援していたのですが、Jに参入しないって事で
Jリーグが出来るとき選手名鑑を見ながら、
家から一番近いチーム、そしてこのチームのエースが俺と同じマサヒロという名の
日本代表・福田正博が所属しているってことでなんとなく親近感が沸いたので
それ以来レッズ一筋で、今日まで来ました。

でもほんとJ初期は、レッズサポだって口じゃ言えないくらい肩身の狭い思いをしていて、
始めの2年間は勝った試合の記憶はほとんどなかったな。

ギドやバイン、そしてオジェックがレッズに来て、
やっと勝利の味を味わえる状態になって優勝がちょっと身近に感じられるようになったけど、
結局「これを勝てば!」ってとこで必ず負けるそんなレッズだった。

いつもV川崎(現・東京V)、横浜FM、磐田、鹿島っていうチームが
遠い空のかなたにあるチームのような、チャンピオンシップなんて
他人事のような、客観的にしか見られない夢舞台にしか思えなかった。

J初期10チームの中で始めてJ2に降格したのも浦和レッズ。
今でも原ヒロミ氏が監督していれば、降格はしなかったのだと思っている。
ア・デモスがレッズをエース福田を冷遇したことが、降格した最大の原因だと思っている。
でも、レッズはJ2に行った事で変わったように思える。

J2は苦しかった、札幌には一度も勝てなかった。
それでもなんとしても1年でJ1に復帰するという思いの中で戦ってくれた事で
その思いが土橋のゴールに乗り移った。

J1に復帰してからは、はっきりと優勝を目指すための布陣に変わっていった。
そこからは毎年のように一度は優勝争いに絡んでいった。
でもやっぱりレッズの勝負弱さってのは抜けきれず、
8連勝の後は全敗だとか、ここ一番で負け続けた。

それでも、結果は伴わなかったけど、オフトがしっかりとした基盤を作ってくれ
ナビスコカップでレッズの初栄冠をもたらし、
ギド・ブッフバルト監督になってからは、
常勝軍団を義務付けられたチームへと変貌していった。

2004年、2005年、あと一歩のとこで逃してしまった

“Jリーグチャンピオン”

それをやっと今年手に入れることができた。
ほんとうれしいね。

来年はACL、これも勝たねばならない。
来年はクラブW杯に出なければならない。
そのために、来年もレッズを応援するつもりです。

でも、俺はレッズとともに「サッカー」が好きなので、
日本のサッカーが活性化するためにもっとJも強豪リーグになって欲しい。

なので、Jの中では金を持っているレッズの応援に行ってレッズにお金を落とすのもいいけど、
それ以上にお金のないチームに俺の金を有効活用して欲しいので、
来年のJリーグに限っては、はあえてレッズ以外のチームの試合を
メインに見に行こうと思ってます。

そして、もっと広い視野で日本サッカーを見てみたいなと思ってます。

それでも変わらず、

「心はレッズ」

です。

とりあえず天皇杯は決勝まで、参戦予定です。

そして、今度は優勝に立ち会いたい。


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